日本財団 図書館




1999年(平成11年)

平成9年第二審第31号
    件名
貨物船みやらび機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成11年5月24日

    審判庁区分
高等海難審判庁
原審那覇

養田重興、吉澤和彦、松井武、葉山忠雄、雲林院信行
    理事官
降幡泰夫

    受審人
A 職名:みやらび機関長 海技免状:一級海技士(機関)
    指定海難関係人

    損害
主機A列全シリンダの吸気カム及び排気カムが欠損

    原因
業者の整備不良(燃料噴射ポンプ組み立て時)

    二審請求者
受審人A

    主文
本件機関損傷は、燃料噴射装置製造業者が、主機の燃料噴射ポンプ組み立てにおいて、ローラガイドのローラ軸キー締付けボルトに対する緩み止め措置が不十分であったことによって発生したものである。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年11月5日23時55分
鹿児島県沖永良部島西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 貨物船みやらび
総トン数 5,592トン
全長 149.57メートル
機関の種類 過給機付4サイクル12シリンダ・V形ディーゼル機関
出力 12,503キロワット
回転数 毎分400
3 事実の経過
みやらびは、平成7年1月に竣工し、主に那覇港と京浜港との間を1週間に1往復する船首船橋船尾機関室型の貨物船で、主機としてフランス共和国S.E.M.T.社の設計に基づき、同社と技術提携した日本鋼管株式会社(以下「エンジンメーカー」という。)製造のNKK-SEMT-PIELSTICK-12PC4-2V型と称する非逆転ディーゼル機関を備え、推進器に可変ピッチプロペラを装備し、機関室中段左舷前部に機関制御室を設け、船橋の操舵室に主機の回転数制御及び推進器の翼角制御を行う遠隔操縦装置を備え、主機には、排気温度が摂氏500度(以下「摂氏」を省略する。)を超えたときなどに警報を発し機関を自動的に減速する安全装置を設けていたほか、エンジンメーカーが外注したカム軸スラスト軸受、燃料噴射ポンプなどの完備品を取り付けていた。
主機は、左舷側シリンダ列をA外右舷側シリンダ列をB列と称し、いずれの列のシリンダも船尾側を1番として6番までの順番号を付し、各列ごとのカムケース内にカム軸を取り付け、同軸が主機後部のカム軸駆動歯車によっていずれも船尾側から見て左回転し、そのカム軸に板カム式の燃料カム、燃料カムに比して板厚の薄い吸気カム及び排気カムをシリンダごとに取り付け、それぞれのカムにより燃料噴射ポンプ、吸気弁及び排気弁を駆動していた。
また、カム軸には、同軸を支えるカム軸受が各シリンダの燃料噴射ポンプ本体に2組ずつ組み込まれており、燃料噴射時に発生する大きな力を直接架構に伝えない構造としてこれを取り付けているほか、船首端にカム軸スラスト軸受を取り付けていた。カム軸スラスト軸受は、カム軸に接続する長さ410ミリメートル(以下「ミリ」という。)の段付きの中間継手、同継手を支えるスラスト自動調心ころ軸受、同軸受蓋と末端のフォーク部及びカムケース本体との接続部から成る構造で、軸受蓋内の前後にスペーサーを介して取り付けた同ころ軸受により中間継手を支え、同継手をカム軸船首端のスピゴット形状をした接合部に嵌(かん)合し、調整用シムを挟んで外周部をカム軸の8本の植込みボルトに挿入して取り付け、同継手他端のねじ部にねじの呼びM48ミリピッチ3ミリ厚さ29ミリの右ねじの内ナット及び緩み止めの外ナットを掛けてダブルナットとし、いずれのナットも規定のトルクで十分締め付けて運転中に受ける衝撃で緩まないように取り付けていた。
一方、燃料噴射ポンプは、ボッシュ型のポンプで、同ポンプケーシンク下部にプランジャーの駆動装置としてローラ軸及びローラを組み込んだローラガイドを取り付け、カム軸の回転により燃料カム上面をローラが転がり、ローラガイドの上下運動に従い、プランジャーが上下運動して燃料の吸入吐出を行っており、この運動を保つため、ローラ軸の一端には、ローラガイドが回転してローラ軸とカム軸との軸心が交差しないように長さ67ミリ幅20ミリ厚さ13ミリのローラ軸キーをはめ込み、同キーを2本のローラ軸キー締付けボルト(以下「キー締付けボルト」という。)によりケーシングの外側から締め付けて同ケーシングに固定していた。また、吸気弁及び排気弁にも、同ポンプと同じように動弁装置のローラ及びローラガイドがあり、それぞれのカムの上面をローラが転がり、ローラガイドの上下運動によって弁が開閉し、カムに接するローラの両端角部が斜面に成型されていた。
ところで、燃料噴射ポンプのキー締付けボルトは、ねじの呼びM12ミリピッチ1.75の六角穴付きボルトで、緩み止めの措置として首下3分の1から下のねじ部を完全に脱脂洗浄したうえ、ロックタイト242と称する接着剤を十分塗布し、4.5ないし5キログラムメートルのトルクで締め付けるよう指定されており、これに従って締め付ければ、締め付けトルクよりはるかに大きなトルクを掛けるか、若しくは熱を加えて焼くかしなければ緩まないものであった。
指定海難関係人株式会社R(以下「R社」という。)は、同6年3月にみやらびの主機用燃料噴射ポンプの完備品を12組エンジンメーカーから受注して製造したが、その組み立てにおいて、キー締付けボルトのねじ部に対する脱脂洗浄及び接着剤の塗布などにばらつきが生じ、1組のポンプに十分に緩み止めの措置をしていなかった。
こうして組み立てられた燃料噴射ポンプは、エンジンメーカーにより主機A列6番シリンダ(以下、シリンダ番号、カム軸等については「A列」を省略する。)に取り付けられ、竣工後異常なく運転が続けられていたところ、同燃料噴射ポンプのローラガイドの上下運動に伴い、長期間にわたる振動や衝撃などの影響を受けるうち、いつしかキー締付けボルトが2本とも緩みはじめていた。
A受審人は、同8年9月19日に機関長としてみやらびに乗り組み、3人の機関部職員及び2人の機関部員を指揮して機関部機器の運転保守の監督にあたり、停泊中には機器の整備を行わせ、航海中にはMゼロ資格を有するものの、PC4-2V形という機関を初めて導入した関係上、その取り扱いの習熟を期し、3直6交代の有人当直体制をとって機関の運転監視に当たらせ、自らは毎日08時から正午まで入直して機関の運転状態を監視し、時には聴音棒を使用してカムケース内部の作動音などを点検しながら、異常なく主機の運転を続けていた。
ところで、主機の点検期間は、エンジンメーカーの主機保守点検整備基準書に示されており、カムケースの内部点検が3,000時間ごととなっていたところ、みやらびでは1,000ないし1,500時間ごとに行い、同8年7月中旬にも同点検が行われ、その後約1,400時間が経過していた。また、同基準書によればカム軸スラスト軸受、燃料噴射ポンプ及び同ポンプローラガイドの開放点検期間は24,000時間ごととなっていて、竣工以来約9,500時間を経過していたものの、開放点検する時間に達しておらず、はじめての第一種中間検査前でもあり、これら各部の開放点検が行われなかった。
こうしてみやらびは、A受審人ほか16人が乗り組み、コンテナ、雑貨、車両等約1,052トンを載せ、船首5.10メートル船尾6.00メートルの喫水をもって、同年11月5日20時00分那覇港を発し、京浜港1東京区へ向かい、主機の回転数を毎分385にかけて航行の途、23時30分ごろ当直機関士が当直交代前の燃料流量計の計測と通常の見回り点検を行い、主機に異常のないことを確認し、沖永良部島西方沖合に向かって順調に航海を続けていた。
しかしながら、主機は、緩みはじめていた6番シリンダ燃料噴射ポンプのキー締付けボルトがその後2本とも抜け落ち、支えを失ったキーが、上下運動するローラガイドのキー溝の中で回転させようとする力で両側面を叩かれるうちに脱落したことから、同ガイドが回転できるようになり、ローラ軸心の変位によりカム軸心と交差してローラとカムとの接触状態が変わり、燃料カムの摺動面がローラ全周の角部に当たるとともに、その時に異常に強い衝撃を生じ、これを繰り返し受けてすぐ側(そば)のカム軸スラスト軸受のダブルナットが緩み、外ナットがカム軸と同じ回転方向につれ回りしながら中間継手の末端に寄り、これが軸受蓋末端のフォーク部に当たって固定され、ここを基点に同ナットの中から同継手がねじのピッチに従って抜け出してきた。
みやらびは、こうして中間継手に接続するカム軸がほほ瞬時に船尾側に移動したことから、主機A列全シリンダの吸気カム及び排気カムが欠損し、同時に吸気カムにずれを生じた5番シリンタ吸気弁のローラが同カムの摺動面から外れて閉弁したままとなり、吸気が断たれて燃料が不完全燃焼し、未燃焼のガスが排気通路の中で燃え、ほどなく同シリンダの排気温度が500度を超えて警報を発するとともに安全装置が作動し、23時55分ヤクニヤ埼灯台から真方位262度12海里ばかりの地点において、主機の回転数が毎分320まで自動的に低下した。
当時、天候は晴で風力4の東北東風が吹き、海上には約1メートルのうねりがあった。
A受審人は、自室で主機異常の報告を受け、操舵室に赴いて主機が自動減速していることを知り、直ちに機関室に躯けつけ、主機A列側からの異音に気づいて4番、5番及び6番各シリンダのヘッドカバーを開放したところ、いずれも吸気弁及び排気弁の作動が異常となっており、翌6日00時05分ごろ主機を停止し、点検によりA列側カム軸の移動とカムの損傷を認め、運転不能と判断してその旨を船長に報告した。
この結果、みやらびは、救助を求め、来援した引船により那覇港に引き付けられ、同港において6番シリンダの燃料噴射ポンプ及び燃料カム、1番、3番、5番及び6番シリンダの排気カム、5番シリンダの吸気カム等を新替修理し、カム軸を元の位置に戻して応急修理を終え、後日残りのシリンダの吸気カム及び排気カムを全て新替えしたほか、カム軸スラスト軸受ねじ部の機構を逆ねじに変更する換装工事を行った。
R社は、本件発生後、事故の対策として燃料噴射ポンプの組み立てにおいて、ローラガイドのキー締付けボルトに対する緩み止めの十分な措置を講じるため、ねじ部の完全な脱脂洗浄、接着剤の十分な塗布、キー締付けボルトの締め付け要領などの標準化を図り、作業者の教育指導を行い、同ボルト脱落事故の再発防止に努めた。

(原因に対する考察)
本件は、主機V形ディーゼル機関のA列側カム軸が運転中に船尾側に移動したもので、事故後の計測で38ミリばかり船尾側に移動したことが判明しており、これに関連して同カム軸系全シリンダの吸気カム及び排気カムに欠損または剥離(はくり)等が生じたほか、6番シリンダ燃料噴射ポンプのローラガイドが円周方向に約60度回り、ローラ全周が変形し、燃料カムが摺動面反出力側端部に広く打傷していたが、他のシリンダでは燃料噴射ポンプのローラガイト及び燃料カムに損傷がなかった。このことから本件は、カム軸の移動が最初に発生し、それによって生じた事故とはいい切れない。しからばどのような経過をたどってカム軸が移動したか、その原因について以下に検討する。
1 カム軸の移動とその影響
カム軸が移動するための要件としては、後述するカム軸スラスト軸受のダブルナットの緩みと、多数のカム軸受に支えられたカム軸をこれらの軸受に抗して動かす力を考えなければならない。
先ず、カム軸スラスト軸受のダブルナットが何かの原因で緩むと、同ナットが右ねじであるために中間継手とつれ回りをしながら同継手軸端に寄ってくる。カム軸スラスト軸受詳細図によれば、軸端と軸受蓋のフォーク部との間隙(かんげき)が6ミリばかりで、緩んできた厚さ29ミリの外ナットがフォーク部に当たったときには、継手のねじ部に23ミリ掛かった状態となり、これが固定されると、ここを基点としてそのナットの中から継手が毎秒3回転9ミリばかり移動しながらねじのピッチに従って抜け出す方向に動き出すか、またはナットを押し出してフォーク部を突き破ることになるが、同部に破損などの異常が見られなかった。
したがって、本件では中間継手に接続するカム軸がカム軸受などに抗して船尾側に押し出され、そのとき移動したものと考えられ、カム軸が23ミリ移動したところで外ナットは脱落し、同様に緩んでいた内ナットはカム軸の船尾側への移動で継手の端に寄っていた。こうした状態が事故後に確認されており、カム軸を移動させた原動力はナットのねじのピッチに従ったいわゆるジャッキアップ現象によるものと認められる。
次に、カム軸移動による影響は、各カムによって駆動される吸気弁及び排気弁の動弁装置や燃料噴射ポンプの駆動装置に損傷を与えるばかりでなく、これら各装置の開閉作用を行うバルブタイミングに大きな影響を与えることになり、こうした異常な状況下での主機の運転では、異音を発するとか運転諸元に変化が現れるものであるが、主機を自動減速させた5番シリンダ排気温度の異常上昇の記録以外には、異常が見られなかった。また、その発生の30分前には、当直機関士が主機が異常なく運転していることを確認しており、異常事態発生してからカム軸が移動するまでの経過は極めて短時間で起こり、このため運転諸元に与えた影響が少なかったものと認められる。
2 カム軸スラスト軸受のダブルナットの締め付け
ダブルナットの締め付けは、300キログラムメートルのトルクで締め付けるか、または作業員2人で2.5メートルのレバーで締め付けるように締め付け基準に定められていた。
A受審人は、事故後、B列側カム軸スラスト軸受のダブルナットの締め付けを点検しようとしたところ、すでに緩めてあり、現状を確認しなかったが、作業員から、1.2メートルのレバーで1人で簡単にナットが緩んだと聞き、原因はナットの締め付けが最初からあまかった。」旨主張する。しかしながら事故が生じたA列側のダブルナットの締め付けは、誰も確認しておらず、不明であり、次項を考慮すれば、締め付けが最初からあまかったと認めるわけにはいかない。
3 6番シリンダの燃料噴射ポンプ
燃料カムの打傷は、6番シリンダに生じただけで、他のシリンダには異常がなかった。カム軸が移動して生じた損傷であれば、カム軸が毎分192ばかりで回転しており、毎秒約3回燃料噴射ポンプのローラガイドを突き上げることになるから、同じ条件では、各シリンダで同じような損傷が生じると考えられるが、6番シリンダのみの損傷ということは、その燃料噴射ポンプのどこかに異常があったものと推定される。
この論拠としては、通常、カム軸の移動により同ポンプのローラガイドに回転力が加われば、同ガイドの左右の動きを抑えているキーに回転をさせようというキー溝からの側圧力がかかり、同ボルトを切断または曲損させようとする剪断力(ぜんだんりょく)が働くこととなるが、強い力を受けてキー両側面の中央に深い摺動状の縦傷が生じていた割には、脱落したボルトにそうした力を受けたような異常が見られず無傷であった。また、これに加えて主機カム軸移動事故調査復旧工事報告書に同ボルトのねじ部に2本とも接着剤のついてないところがあった旨の記載及び幾代証人の接着剤を塗り十分に緩み止めの措置をしていれば緩まない旨の証言を考察すると、緩み止めの措置が不十分でカム軸が移動する前にキー締付けボルトが脱落したと考えるのが妥当である。
したがってキー締付けボルト脱落の結果、キーが、燃料カムの回転に伴い上下運動するローラガイドのキー溝の中で両側面を叩かれながら脱落し、これによってローラガイドが回転し、ローラ軸心とカム軸心とが交差して燃料カムとローラとの当たりが変わり、カムがローラを突き上げるごとに強い衝撃を生じ、その衝撃を受けてカム軸スラス軸受のダブルナットがいずれも緩み、カム軸が移動するに至ったと認めるのが相当である。

(原因)
本件機関損傷は、燃料噴射装置製造業者が、主機の燃料噴射ポンプを組み立てる際ローラガイドのローラ軸キー締付けボルトに対する緩み止め措置が不十分で、運転中、長期間にわたる振動や衝撃の影響を受けるうちに6番シリンダの同キー締付けボルトが緩んで抜け落ち、支えを失ったローラ軸キーが脱落して同ガイドが回転し、カム軸とローラ軸との軸心の交差により燃料カムとローラとの当たりが変わって強い衝撃をカム軸に与え、その衝撃を受けてカム軸スラスト軸受のダブルナットが緩み、カム軸が移動したことによって発生したものである。

(受審人等の所為)
指定海難関係人R社が、主機の燃料噴射ポンプを組み立てる際、ローラガイドのローラ軸キー締付けボルトに対する緩み止め措置を十分していなかったことは、本件発生の原因となる。
指定海難関係人R社に対しては、本件後燃料噴射ポンプ各ねじ部の機能の重要性に鑑み、作業の標準化を図り、作業者の教育指導を行い、再発防止に努めた点に徴し、勧告しない。
A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。

よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文平成9年10月7日那審言渡(原文縦書き)
本件機関損傷は、主機運転状態の点検が十分でなかったことに因って発生したものである。
燃料噴射ポンプ製造業者が、同ポンプ組立時のローラー軸キー締付けボルトの緩み防止措置が不適切であったことは、本件発生の原因となる。
受審人Aを戒告する。






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION