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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年6月6日23時52分 南方諸島海域 2 船舶の要目 船種船名
漁船第二十八由丸 総トン数 113トン 全長 37.57メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力 1,007キロワット 回転数
毎分670 3 事実の経過 第二十八由丸(以下「由丸」という。)は、昭和63年9月に進水した、主として本州から九州の太平洋沿岸でかつお一本釣り漁に従事するFRP製漁船で、主機としてヤンマーディーゼル株式会杜が製造したT260−ET2型と称するディーゼル機関を装備していた。 由丸は、上甲板の下が船首側から船首タンク、前部船員室に続いてそれぞれ左舷、右舷及び中央の3列に仕切られた6個の魚倉が、更に機関室、後部船員室及び後部燃料タンクが区画され、船首から魚倉までの船底に1番から3番までの燃料タンクが設けられ、また機関室中段の後部に調理室及びサロンが、機関室上部の船尾甲板に操舵室、無線室がそれぞれ配置されていた。 機関室は、下段中央に主機、左右両舷に発電用補機を配置するほか、空気圧縮機、ポンプ類、始動空気槽等を置き、中段船首側に魚倉用冷凍圧縮機、凝縮器、冷凍機膨張弁パネル等を、同左舷側に主配電盤を、また同右舷側に燃料サービスタンクをそれぞれ配置し、主機及び補機の排気管が後部で立ち上がって化粧煙突に導かれていた。 主機は、直列配置のシリンダに船首側を1番として6番まで番号が付され、シリンダブロックの左舷側に燃料噴射ポンプを配置し、シリンダヘッドから右舷側に出た排気が3シリンダずつ2群の集合管に合流し、6番シリンダヘッドの船尾側に配置された過給機タービンに導かれていた。 主機の燃料系統は、燃料サービスタンクのA重油が各シリンダの燃料噴射ポンプで280キログラム毎平方センチメートルにが加圧され、高圧管を通してシリンダヘッドの燃料噴射弁から燃焼室に噴射されるもので、同弁のノズルチップで内部漏えいした一部の油がシリンダヘッド上面から集められて呼び径15ミリメートルの戻り管で燃料サービスタンクに戻るようになっていた。 過給機は、軸流排気ガスタービンと遠心ブロワとを同軸に組み立てて構成され、排気をガスタービン右舷側の上下2箇所の入口管から導入し、その上部の出口排気管を通して化粧煙突に排出しており、排気入口のうち下部集合管との接続部にはベローズが取り付けられ、排気集合管が防熱材で巻かれたうえ、薄鋼板製の排気管カバーで覆われていた。 ところで、由丸の主機は、定格出力1,250キロワット、同回転数毎分770(以下、回転数は毎分のものとする。)の原機に負荷制限装置を付設して製造会社から出荷され、計画出力1,007キロワット同回転数670として受検・登録されたもので、就航後に同制限装置が取り外され、航海中の全速力前進時の回転数を約750として、また操業状態によっては770を超える回転で運転されており、高負荷時には過給機入口排気温度が摂氏600度(以下、温度は摂氏のものとする。)を超えて排気集合管のベローズが赤熱する状況を呈し、その状況が排気管カバーと防熱材の透き間から時々認められた。 A受審人は、由丸が平成8年12月に購入されたときに一等機関士として乗船し、同9年7月から機関長として機関の運転管理に当たっており、主機の燃焼不良のため排気温度が上昇し、黒煙が発生するようになったので、同10年5月中旬、操業の合間に漂泊中、燃料噴射弁のノズルチップをすべて取り替え、同月下旬に船籍港に戻ってソナーの新替えのために入渠した際、業者に依頼して全シリンダの燃料噴射弁について噴射圧力を点検し、基準どおりの値であることを確認した。 こうして、由丸は、A受審人、B指定海難関係人ほかインドネシア人を含む17人が乗り組み、操業の目的で、船首尾とも2.8メートルの喫水をもって、平成10年6月2日16時00分千葉県館山港を発し、翌々4日早朝伊豆諸島周辺の漁場に至って操業を行い、まぐろなど約35トンを漁獲して操業を切り上げ、同月6日19時05分、八丈島東方の漁場を発し、主機を750回転にかけて千葉県勝浦港に向けて帰港の途についた。 A受審人は、操業終了前から魚倉の温度調整のために冷凍機の弁操作を行う傍ら、引き続き機関室の当直に当たり、19時50分ごろ機関室を見回って日誌記入を終えたのち、燃料サービスタンクヘの燃料移送や魚倉温度の調整などを行い、21時15分ごろ入直したB指定海難関係人に主機の排気温度が上がり過ぎないか注意するよう、また魚倉の温度降下とその後の調整方法について指示を与えて当直を引き継ぎ、後部居住区の自室に戻った。 B指定海難関係人は、当直を交替後、最後の漁獲の入れられた魚倉の温度降下をときどき確認しながら、21時50分ごろ、続いて22時40分ごろに主機及び補機の記測と燃料サービスタンクヘの燃料移送をそれぞれ行い、その後サロンの長椅子に座って20分ほど雑誌を読んだのち機関室に戻った。 23時40分ごろ、B指定海難関係人は、3回目の計測と燃料移送にとりかかり、その後、機関室前部の膨張弁パネルの前に座って魚倉の温度計を見ていたところ、焦げ臭いにおいを感じたが、魚倉が目標温度に近づいたので、保冷状態に切り替える弁操作を行うため引き続き魚倉の温度計を見ているうち、23時52分北緯32度43分東経141度13分の地点において、そのにおいが強くなったので振り向き、過給機付近に煙が立ち上がっているのを発見した。 当時、天候は曇で風力2の東北東の風が吹いていた。 B指定海難関係人は、後部居住区に走ってA受審人に通報し、乗組員を起こすとともに、サロン備付けの消火器を持って機関室に戻り、過給機に向けて噴射したが熱風にあおられて続けられず、再び同居住区に引き返した。 A受審人は、操舵室に通報して消火器を持ち出し、船尾甲板の化粧煙突後ろの入口から排気管に向けて噴射したが、機関室通風機を停止しなかったので火勢が強く、また煙を吸い込んで呼吸困難を覚え、消火作業を断念した。 船長は、船橋後部の自室で就寝中、機関室火災発生の報告を受けて直ちに主機を中立運転とし、GPSで指示される船位を僚船に無線で連絡したが、間もなく主機及び補機が自停し、機関室上部から操舵室にかけて急速に延焼したので、乗組員に指示して船首楼に避難させた。 乗組員は、板切れや竿束などを抱えて海中に飛び込み、漂流していたところを僚船から依頼を受けて急行した近くの漁船に救助されたが、乗組員のうち甲板員C(昭和31年10月8日生)が後部船員室を脱出する際に行方不明となった。 由丸は、船長からの無線連絡で来援した僚船の見守るなか、翌7日09時20分ごろ八丈島東南東方において沈没した。
(原因の考察) 本件火災は、主機過給機の付近から出火したことが目撃されたものであるが、出火箇所として最も可能性のある過給機入口排気集合管ベローズの赤熱状況、防熱材の取付け状況、燃料の漏えいなどについて、以下に検討する。 1 過給機入口排気集合管の温度 主機は、就航時に最大出力が1,007キロワットに制限されていたが、その後定格出力近くまで増速して運転されていたもので、本件当時の740回転では、建造当時の性能曲線によれば過給機入口排気温度は530度ほどで、使用年数の経過によって一般的に上昇する排気温度の性質を考慮すると、本件当時には600度に近かったことが十分推定できる。A受審人及びB指定海難関係人に共通する、回車数を上げて運転中に排気集合管のベローズが赤熱していたという供述は、薄いベローズが約600度の高温にさらされていたことから措信できるもので、燃料が降りかかれば急速に可燃性ガスが発生し、直ちに発火する状況であったと考えられる。 2 排気管の防熱材の取付状況 各シリンダの排気は、3シリンダずつ2群にまとめられて過給機に導入されるもので、本件発生前に前項で述べた過熱によってベローズの交換が通常に比べて頻繁に行われ、その都度、防熱材の取外しと取付けが繰り返され、本件当時、その巻き方が緩くなっていたことがA受審人に対する質問調書中の供述記載にうかがえる。しかし、同人の当廷での供述では、温度計を見るときに防熱材の透き間から赤熱しているのが見えるというもので、排気集合管ベローズが全く露出していた状況ではない。したがって燃料が勢いをもって大量に降りかかることでもない限り、短時間での発火と炎上につながるとは考えられない。 3 燃料噴射弁戻り管からの燃料漏えい 出漁前の燃料噴射弁の整備に際して、シリンダヘッドカバーから継手を介して取り出される配管の取外しと組立てが行われており、締付けの不十分さと機関の振動によって継手の緩むことは経験するところである。戻り管の継手のうち、最も過給機に近い位置にあるのは、6番シリンダのもので、同管の継手から噴出する燃料が、防熱材の透き間から赤熱したベローズに降りかかることは十分に考えられる。また、戻り管の内圧は、継続して運転するうちに燃料が同管内に充満して燃料サービスタンク入口部との高低差による圧力が最大値となり、機関室全体装置図から読み取ると約1.5メートルであり、製造会社の回答書において0.1から0.3キログラム毎平方センチメートルとされる燃料噴射弁漏油圧力に相当する。同配管の継手が漏えいすれば、この数値を見る限り、圧力の点では燃料の噴出と飛散が生じることがあり得る。 しかし、6番シリンダの戻り管継手が漏えいしたときに噴出する量は、燃料サービスタンク入口と同継手との高低差にたまる約260ミリリットルのみであり、またノズルチップ取替えから日が浅いので、燃料噴射弁からの戻り油そのものはごくわずかで圧力を持たないことを考慮すれば、火災の第一発見者が消火器で初期消火ができないほどの火勢になると認定することには無理がある。 4 燃料高圧管からの漏えい 燃料噴射ポンプと燃料噴射弁をつなぐ高圧管は、主機の左舷側からシリンダヘッドに水平に入るもので、排気管との距離が大きく、かつ当時の運転中の計測や見回りの状況から、漏えいを予測できる所見は見いだせないこと、更に第一発見者の火炎、煙についての供述は、高田燃料の飛散で考えられる広い範囲での燃焼を想起させるものではないことから、高圧管が燃料漏えい源であった可能性は低い。 以上の各点を総合して、発火の熱源と燃焼物の存在の可能性が十分あり得るものの、燃焼物である燃料の継続的噴出源を特定することができず、したがって本件火災の発火原因を明らかにすることはできない。
(原因) 本件火災は、航海中、主機過給機入口の排気集合管付近から出火したことによって発生したものであるが、発火原因を明らかにすることができない。
(受審人等の所為) A受審人の所為と本件発生の原因との係わりは、明らかにすることはできない。 B指定海難関係人の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。 |