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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成8年1月16日04時00分 宮城県金華山東方沖 2 船舶の要目 船種船名
漁船第五十二黒森丸 総トン数 125トン 全長 33.51メートル 幅
7.00メートル 深さ 2.82メートル 機関の種類 ディーゼル機関 出力
301キロワット 3 事実の経過 (1) 第五十二黒森丸 第五十二黒森丸(以下「黒森丸」という。)は、昭和57年7月に進水した鋼製の漁船で、平成5年8月10日にS株式会社に購入され、同月下旬から12月中旬までさんま棒受け網漁業の操業に従事したのち、翌6年6月には漁労設備がいか一本釣り漁業専用に改装され、それ以降毎年5月から翌年2月末までの漁期に操業を行っていた。 船体は、船首楼及び長船尾楼を有し、魚倉が船首楼後方の上甲板下に区画され、操舵室が長船尾楼の船首側上部に、機関室が長船尾楼甲板下の中央部に、並びに補機室が同船尾にそれぞれ配置されていた。 ところで、補機室は、長さ6.87メートル幅6.50メートル高さ1.70メートルで、集魚灯及び冷凍機用電源装置として、過給機付4サイクル12シリンダ・V形ディーゼル機関(以下「補機」という。)駆動の電圧225ボルト出力600キロワット3相交流発電機が右舷側に、発電機盤(以下、集魚灯及び冷凍機用電源装置のものをいう。)及び電磁接触器盤が船尾側に、並びに出力2キロワット放電管メタルハライドランプ2灯用の集魚灯用安定器52個を格納した棚が左舷側にそれぞれ設置されており、電磁接触器盤、同安定器及び室外の集魚灯等を接続する多数のキャブタイヤコードが天井沿いに敷設されていた。そして、長船尾楼甲板のコンパニオンに通じる階段が中央部に、及び隣接の食堂に通じる鋼製扉を備えた入口が船首側にそれぞれ設けられていた。 補機室天井部の長船尾楼甲板は、FRP被覆の合板材で、左舷側の区画がいか釣り具格納庫とされ、そこにとろ箱が積み上げられていた。また、補機の上方を覆った鋼製囲いの頂面に電動通風機及び閉鎖装置を内蔵した2個の通風筒が装備されており、同囲いの船首側に置かれた燃料油小出タンクのA重油が取出弁を経て補機に供給されていた。 (2) 受審人A及び指定海難関係人B A受審人は、平成6年6月上旬に黒森丸の漁労長として乗り組み、8月上旬には漁労長のほか機関長及び安全担当者を兼務することとなり、操業の指揮を執りながら機関の運転及び保守管理にもあたっていたが、漁労長の職務に専念する目的で、集魚灯及び冷凍機用電源装置の運転を無資格の操機長に行わせていた。 B指定海難関係人は、昭和43年からR商会(以下「R商会」という。)の技術員として漁船の電装品等の販売及び電気工事等に従事し、黒森丸が購入される際に集魚灯及び冷凍機用電源装置の搭載に関する依頼を受け、以前に自ら販売して他船で使用された発電機盤等の一式を取り寄せ、平成5年8月にこれらの外観及び絶縁などを点検のうえ据付け工事を実施し、翌6年6月には黒森丸の漁労設備をいか一本釣り漁業専用とする依頼を受けて集魚灯等を改装した。 (3) 発電機盤 発電機盤は、鋼板製の高さ120センチメートル(以下「センチ」という。)幅54センチ奥行き55センチのデッドフロント形で、電圧計、電流計、周波数計、電力計及びアースランプ等が前面上部に、気中遮断器が同中央部に、並びに自動電圧調整器が露出している裏面の上部にそれぞれ装備されていた。 気中遮断器は、昭和63年7月に株式会社T(以下「T社」という。)が製造した定格容量1,540アンペアのMT-180型で、縦60センチ横35センチ厚さ2センチのベークライト板に、銀合金製の固定接触子及び司動接触子から成る主接点、補助接点、消弧室、過電流及び不足電圧引き外し装置並びに手動ハンドル等が組み込まれていた。主接点の固定接触子は、L形でその一端がねじの呼び径8ミリメートルの固定ボルトでベークライト板に取り付けられていて、同端外面に可動接触子が接触する構造になっており、他端が同板を貫通のうえ発電機の出力端子から引き込まれたキャブタイヤコードと接続されていた。一方、主接点の可動接触子は、電磁接触器盤に至る母線と編んだ銅帯を介して接続されていた。 また、気中遮断器は、主接点の接触面が固定接触子と司動接触子との間に発生するアークにより荒れた状態になることから、1年ごとに消弧室を取り外して同接触面を点検することが取扱説明書で推奨されていた。 (4) 発電機盤の気中遮断器の点検状況 発電機盤は、さんま棒受け網漁業の操業当時には漁獲量を増すために白熱電球集魚灯の出力を290ボルトまで上げて過電圧とされており、気中遮断器の主接点の接触面が点検されないまま長期間の使用により徐々に荒れた状態になった。 しかし、A受審人は、平成7年3月には第1種中間検査に備えて電気機器の受検準備を、11月には集魚灯の電路に生じた接地箇所の修理をそれぞれB指定海難関係人に依頼したが、発電機盤の気中遮断器は故障しないものと思い、その都度、同人に指示を与えるなどして同遮断器を点検しなかったので、主接点が前示の状態になっていることに気付かなかった。 また、B指定海難関係人は、気中遮断器の主接点にかかわる事故をかつて見聞したことがなく、発電機盤が漁具として法定検査の対象とならないことや負荷に対して余裕があるうえに船内電源装置との使用頻度の比較などから、発電機盤の気中遮断器について、受検準備の際などに主接点を点検することにしていなかったものの自主的にベークライト板の変色箇所の有無等を外観から点検していたが、特に異状を認めなかった。 (5) 発火に至る経緯 黒森丸は、A受審人ほか7人が乗り組み、船首2.00メートル船尾2.70メートルの喫水をもって、同8年1月11日12時00分岩手県大槌港を発し、金華山東方沖の漁場に至り、パラシュート形のシーアンカーを海中に投入して漂泊し、夜間に集魚灯を点灯して操業を繰り返した。 ところが、発電機盤の気中遮断器の主接点は、接触面の荒れが進行して通電中に接触抵抗の増大により固定接触子が過熱し、ベークライト板の貫通部が少しずつ炭化して同接触子の固定ボルトが緩み、接触不良の状態が一層悪化した。 こうして、黒森丸は、平成8年1月16日04時00分北緯38度09分東経143度50分の地点において操業中、発電機盤の気中遮断器の主接点の固定接触子が著しく過熱し、べークライト板の炭化した箇所から発火して電線被覆等に燃え移り、発電機盤の裏面から黒煙と火が立ち上っているのが、集魚灯の点灯の異常に気付いて補機室の見回りに来た操機長により発見された。 当時、天候は雨で風力6の北東風が吹き、海上は波が高かった。 (6) 発火後の状況 A受審人は、操舵室後部の自室で休息中、04時00分操機長から補機室内の発火の急報を受けたとき、補機を停止する前にいつもの負荷を軽減する手順で先に機関室の冷凍機を停止しようと思い、補機室に急行して発火状況を十分に把握しなかったので、補機の停止及び通風筒の閉鎖等の適切な措置をとらず、消火器の使用や放水などの消火活動に取り掛からないまま機関室に入った。 04時05分A受審人は、冷凍機の停止操作を終えて長船尾楼甲板のコンパニオンに赴いた際、補機室内に黒煙が充満して火が見えない状態のもと船長及び操機長が持ち運び式泡消火器による消火活動を行っており、同時20分操業を打ち切っで帰航することとし、燃料油小出タンクの取出弁を閉じ、船首楼甲板で船長及び操機長を除く乗組員を指揮してシーアンカーの揚収を開始した。 やがて、補機室では、補機が同取出弁からの配管内の燃料油を消費するまで運転され、また、閉鎖の措置がとられていなかった通風筒から外気の供給が続き、いったん下火となっていた電線被覆等から集魚灯用安定器や天井部の合板材等に燃え広がった。 04時40分廃船の焼損により船内電源装置が停電し、A受審人は、シーアンカーの揚収を取りやめ、いか釣り具格納庫付近に火の手が上がったものの、海水ポンプによる放水消火ができなかった。 黒森丸は、とろ箱等が延焼して火災が操舵室側に拡大し、05時00分乗組員全員が救命いかだで離船して来援した僚船に救助され、その後、海上保安庁の巡視船の消火活動により鎮火した。 (7) 火災の結果 黒森丸は、僚船により大槌港に曳航され、各部を精査した結果、発電機盤の気中遮断器の著しい焼損のほか操舵室及び同室船尾側の漁労設備等を含む船体の焼損が判明し、のち廃船とされた。
(原因) 本件火災は、発電機盤の気中遮断器の点検が不十分で、同遮断器の主接点が通電中に接触不良の状態のまま過熱し、同主接点を取り付けたべークライト板から発火して電線被覆等に燃え移ったばかりか、発火状況の把握が不十分で、補機の停止及び通風筒の閉鎖等の適切な措置がとられなかったことによって発生したものである。
(受審人等の所為) A受審人は、自室で補機室内の発火の急報を受けた場合、発電機盤が通電中の状態であったから、補機の停止及び通風筒の閉鎖等の適切な措置をとることができるよう、補機室に急行して発火状況を十分に把握すべき注意義務があった。しかるに、同人は、補機を停止する前にいつもの負荷を軽減する手順で先に機関室の冷凍機を停止しようと思い、補機室に急行して発火状況を十分に把握しなかった職務上の過失により、補機の停止及び通風筒の閉鎖等の適切な措置をとらないまま船体の焼損を招き、廃船となる事態を生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の三級海技士(機関)の業務を1箇月停止する。 B指定海難関係人の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。 |