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1999年(平成11年)

平成11年函審第16号
    件名
漁船第八十八正憲丸火災事件

    事件区分
火災事件
    言渡年月日
平成11年8月20日

    審判庁区分
地方海難審判庁
函館地方海難審判庁

大山繁樹、酒井直樹、古川隆一
    理事官
里憲

    受審人
A 職名:第八十八正憲丸機関長 海技免状:四級海技士(機関)(機関限定)
    指定海難関係人

    損害
機関室、上甲板の機関室囲壁から後部船員室、賄室、操舵機室等が全焼ほか、のち廃船処分、船長が腰椎を骨折して3箇月入院加療、機関長が気道熱傷により1週間の入院治療

    原因
エアクラッチの点検不十分、燃料油サービスタンク油面計の材質に対する留意不十分

    主文
本件火災は、エアクラッチの点検が不十分であったことと、燃料油サービスタンク油面計の材質に対する留意が不十分であったこととによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年4月23日02時45分
北海道稚内市野寒布(のしゃっぷ)岬北西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 漁船第八十八正憲丸
総トン数 124.36トン
全長 38.30メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 1,323キロワット
回転数 毎分720
3 事実の経過
第八十八正憲丸(以下「正憲丸」という。)は、昭和56年4月に進水し、沖合底引き網漁業に従事する二層甲板漁船で、船首寄りに船橋、船尾寄りに機関室をそれぞれ有し、主機としてダイハツディーゼル株式会社が製造した6DSM-28FSL型と呼称するディーゼル機関を装備し、推進器として可変ピッチプロペラを備え、船橋から主機の回転及びプロペラ翼角の制御ができるようになっていた。
機関室は、縦7.3メートル横8.3メートルで上下二段に分かれ、下段には、中央に主機、両舷にディーゼル原動機駆動の発電機が装備され、主機の動力取出し軸にはエアクラッチを介して漁労機械用油圧ポンプが駆動され、上段には、主機前部の真上から機関室前部壁にかけての縦4.1メートル横2.8メートルの部分が開口部になっていて、周囲にハンドレールが設けられていた。そして、機関室上段配置は、開口部右舷側沿いの後部寄りに燃料油サービスタンクが開口部に面して設置され、右舷側後部に監視室が設けられており、左舷側には、機関長室のほか下段に通じる階段が設けられ、後部壁に賄室及び後部船員室に通じるガラス窓付ドアが取り付けられていた。
燃料油サービスタンクは、幅0.5メートル奥行き0.6メートル高さ1.8メートルで、主機及び補機へ供給されるA重油が移送ポンプによって自動で送られるようになっており、油面計が、同タンクの開口部側の面に取り付けられ、エアクラッチから斜め右上後方1.5メートルのところに位置していた。なお、同油面計は、丸形ガラス管のものが標準とされていたが、丸形アクリル樹脂管が使用されていた。
エアクラッチは、主機駆動側の回転体(以下「ドラム」という。)と、漁労機械用油圧ポンプ被動側の回転体(以下「ライニング」という。)との間の摩擦力によりトルクを伝達する方式で、ドラムは、内外輪の間にドーナツ状の天然ゴム製可撓(かとう)継手を接着し、また、ライニングは、鋼製リムの内側に接着したゴムチューブと同チューブ内面に取り付けられた多数のフリクションシューとから成り、圧縮空気でゴムチューブを膨脹させ、ライニングの内側にあたるドラム外輪に圧着して動力を伝達する構造になっており、これらライニング及びドラムは、昭和62年5月に、エアクラッチと漁労機械用油圧ポンプとを連結している増速機が焼き付いたとき、エアクラッチも焼損して新替えされたが、その後異状なく運転が続けられていた。
ところで、エアクラッチは、ゴムチューブ及び天然ゴム製可撓継手が経年に伴う劣化などにより弾力性を失うと、ライニングとドラムとの隙間が減少し、クラッチの脱離状態において両者が接触して発熱焼損することがあるので、定期的な開放整備のほかに、主機停止中にライニングとドラムとの隙間状態を目視したり、漁労機械用油圧ポンプを使用していない漁場への往復時に、ライニングとドラムが接触気味となって発熱していないかどうか触手したりするなどして、エアクラッチを点検する必要があった。
A受審人は、平成8年4月に正憲丸に一等機関士として乗り組み、同10年3月16日に同船の機関長に昇進し、航海中は一等機関士と交互に機関室当直に当たり、操業中は同人のみで機関室当直に当たっていたところ、エアクラッチのゴムチューブなどが経年に伴う劣化により歪み、ライニングとドラムとの間の隙間が標準値2.5ミリメートルのところ次第に小さくなり、いつしか許容値の1.0ミリメートル以下になっていたが、同受審人は、エアクラッチがこれまで運転上格別異状なかったのでライニングとドラムとの間の隙間が小さくなっていることはあるまいと思い、ライニングとドラムとの隙間状態を目視するなどエアクラッチの点検を十分に行わなかったので、両者の隙間が著しく小さくなり、更に接触気味となって熱を帯び始めているなどの異状に気が付かなかった。
また、A受審人は、燃料油サービスタンクの油面計に丸形アクリル樹脂管が使用されていることを知っていたものの、油面計の材質に対する留意が不十分で丸形ガラス管のものに交換しなかった。
こうして正憲丸は、A受審人ほか15人が乗り組み、平成10年4月22日19時00分、利尻島南方沖合の漁場で操業を終えて稚内港に向け帰途につき、23時30分に入港して水揚げを行った後、折り返して操業を行う目的で、翌23日01時05分同港を発し、主機を回転数毎分690プロペラ翼角前進17度として漁場に向かった。
A受審人は、漁場までの往航時を単独で機関室当直に当たることになり、出港後機関室内を見回り点検したのち02時00分ごろ潤滑油及び燃料油の清浄機のスラッジを排出し、02時15分に監視室に入り機関日誌の記入を終えて一服していたところ、エアクラッチのライニングとドラムとの接触による摩擦熱によって両者が膨脹し、更に摩擦力が増大して過熱し、遂にゴムチューブなどが発火点に達して燃え上がり、炎でエアクラッチ真上の主機警報装置の配線に燃え移るとともに、燃料油サービスタンクの油面計が溶けて流出した燃料油に引火し、02時45分稚内灯台から真方位291度15.0海里の地点において、異臭を感じ監見室左舷側のドアを開けて機関室へ出ると、黒煙が開口部付近から上がっているのを認め、火災を知った。
当時、天候は霧で風力4の南西風が吹き、海上にはやや波があった。
A受審人は、監視室に戻って電話で船橋を呼び出したものの応答がないので、船橋へ急行して火災発生を当直中の船長に通報し、その後機関室上段に引き返してみたものの主機の船首側に炎が上がり、煙と熱気で消火作業及び主機停止操作ができないまま同室を脱出し、居住区のドアなどを閉めようとしたが、後部船員室に通じる右舷側コンパニオンの出入り口ドアが錆びていて閉められず、ほかの乗組員とともに船楼甲板上に退避していたところ、03時00分主機が停止した。
正憲丸は、同じ漁場に向かっていた僚船の第73日東丸に救助を求め、03時15分同船の接舷を受け、乗組員全員が移乗したのち同船に引航されて稚内港に向かったが、後部構造物が撚え上がって火災が拡大したため同船による引航を取り止めて漂泊し、そのうち稚内海上保安部所属の巡視艇及び巡視船が到着して放水による消火作業に当たったところ下火になり、08時30分手配していた引船に引航されて稚内港に入港し、同港天北第二埠頭に着岸したのち消防車が消火作業に当たり22時00分鎮火した。
火災の結果、正憲丸は、機関室のほか、上甲板の機関室囲壁から後部船員室、賄室、操舵機室及び船楼甲板上のコンパニオンから船尾側の構造物が全焼し、機関室船首側の漁獲物処理場、前部船員室及び操舵室内の航海計器などが熱と煙により損傷を生じ、のち修理費の都合から廃船処分され、また、船長Bが第73日東丸に移乗する際、腰椎を骨折して3箇月入院加療し、A受審人が気道熱傷により1週間の入院治療を受けた。

(原因)
本件火災は、主機動力取出し軸に装備されたエアクラッチの運転保守に当たり、同クラッチの点検が不十分で、ゴムチューブなどの経年劣化によりライニングとドラムとの間の隙間が著しく減少した状態のまま運転が続けられ、漁場に向け航行中、ライニングとドラムとの接触による発熱が進んで発火したことと、燃料油系統の保守管理に当たり、燃料油サービスタンクの油面計の材質に対する留意が不十分で、エアクラッチの炎上した炎により同タンクのアクリル樹脂製油面計が溶融し、流出した燃料油に引火したこととによって発生したものである。

(受審人の所為)
A受審人は、主機動力取出し軸のエアクラッチの運転保守に当たる場合、ゴムチューブなどの経年劣化によりライニングとドラムとの間の隙間が小さくなるから、両者が接触して発熱により発火することのないよう、ライニングとドラムとの隙間状態を目視するなどしてエアクラッチの点検を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、これまで運転上格別異状なかったのでライニングとドラムとの間の隙間が小さくなっていることはあるまいと思い、ライニングとドラムとの隙間状態を目視するなどエアクラッチの点検を十分に行わなかった職務上の過失により、ライニングとドラムとの接触による発熱が進んで発火炎上し、炎で上方の燃料油サービスタンクのアクリル樹脂製油面計が溶融し、流出した燃料油に引火して火災を招き、機関室、後部船員室、賄室などが全焼して廃船処分させるに至り、また、自身も気道熱傷を負い、B船長も腰椎骨折を負うに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。






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