冷たく、無機的で、時の流れまでも止めてしまいそうなご遺体を見つめているうちに、逆に、"生きている"人間のエネルギーの大きさを感じないわけにはいられませんでした。もし、実習に参加できなかったとしたら、あるいは医学部に籍を置いていなかったとしたら、私は一生、様々な"尊い"生命のエネルギーの中の自分というものを、これ程強く意識することはなかった筈です。現代社会が持つ素晴らしい科学技術・芸術・文化なども、一つ一つのエネルギーの集大成であることを考えれば、私が目指している先(医師という職業)が更にその輝きを増したように思えてきます。もうひとつ感じたことは、私たち医学生をはじめ、医療全体に対する期待の大きさです。「自分の遺体を使って欲しい」「身内の者の遺体が役に立つのであれば」というご意思にはただ頭が下がる思いで一杯です。「死んだ後にまで痛い思いはさせたくない」という考え方が一般的でしょう。しかし、敢えて献体のご意志を示して下さったご本人やご家族の心の内を察すれば、それはきっと百万回の感謝の言葉ではなく、私たち医学生が一日も早く一人前になって、一人でも多くの患者さんの苦しみを取り除いてあげることに尽きると思います。