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「受け継いだ魂」

太田尚克

 

献体は御本人と御家族の「医療に貢献したい」という尊い精神から提供されたものである。私達は、医療に携わる者として、解剖学実習すなわちご遺体を通して学ぶという実践的教育を受ける。実習を進めるなかで解剖学実習とは単に臓器の名称や位置を修得するためだけのものではなく、私達が患者の病の克服にどのように役立てるかを考える場なのだと思えるようになった。そのきっかけは、一つとして同じ構造はないという事実である。下顎骨の大きさ、形態、神経や脈管の分布などを比較観察して実感できた。患者に接する前にこのような貴重な機会を与えられ、医療人の自覚に大きく役立つ経験をさせて頂いたと思う。そういう意味で、私達にとって「ご遺体は解剖学実習の先生である」と言える。また、私達は人体の構造だけでなく、医療倫理や人の命について、そして献体の無条件・無報酬の篤志精神から人の愛を学ばせて頂いた。献体、献血、骨髄・臓器提供などそれらの全てに通じるのは人間の心が持つ他者への思いやりであると痛感した。「献体とは実は体を与えることではなくて、捧げようとするその人の生前の心なのであり、未来にわたる愛なのである。」と述べた人もいる。そして、その愛は私達の中に生き続けると思う。

私達は解剖学実習で学んだ者として様々な形でその愛に応えていかなければならない。すなわち、献体に協力して下さった方の御好意を、私達なりに、患者や会社に還元していくことが求められている。

 

 

 

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