埼玉県川口市出身、昭和56年旭化成に入社。社内のジョギング大会に参加したとき、宗監督らの目にとまり陸上部に入部、本格的に競技をはじめる。初マラソンは昭和57年の東京国際女子。昭和60年の同大会で6位入賞、以後日本選手権10,000m優勝、アジア大会マラソン2位と素晴らしい成績を残し、一躍陸上界で注目を集める存在となる。
昭和63年の大阪国際女子マラソンで、日本人女性として初めて2時間30分の壁を破る当時の日本記録を樹立、ソウルオリンピック代表の座を獲得した。
平成元年に現役を引退した後もテレビ解説、請演など多方面で活躍。引退した翌年に結婚、現在は2児の母でもある。「ママさんランナー」として、また「ランニングアドバイザー」として、走ることの素晴らしさを多くの人に伝えるべく積極的な活動を行っている。旭化成アミダス在籍。