患者は、自分の存在を誰かの心に留めておきたいと思っている。そのことを聴いて、ありのままを受け入れ、患者の思いに共感することが必要である。ラ・モニカは「共感とは援助者が患者を中心に考え、患者の世界とともに患者の世界の中で感じることであり、この理解を患者に伝え、そして援助者の理解を患者が知覚することである」1)といっている。バレット・レナードは「共感的理解の程度は、他者をどけだけ身近なものとして認識しているかの程度であると考えられる」2)と定義している。たとえば前者は、患者の世界を認め理解し、とっても苦しんでいたんですね、つらかったですね、私たちはあなたのそばにいますよ、ということを患者に伝え、理解的態度で接することではないかと考える。
3) がん患者家族への援助
家族は、保育、教育、保護、介護などのケア能力を持っており、役割や責任を分担し、不断の相互作用によって家族間に人間関係を育成している。また、家族は健康問題における重要な集団であり、ひとつの援助の対象である。
このような家族の特性を踏まえて、がん患者の家族への援助を考える場合、その家族のライフスタイルにあった形でアプローチしていくことが必要である。たとえば、家族がどのようなルールで今まで生活してきたか、家族の役割や考え方はどうであるかを一緒に話し合っていく。家族を含めてケアを行っていくことをしなければ、患者のQOLは向上しない。つまりそれは、家族と医療従事者が相手の立場を尊重し、協力関係を結んでいく協働の関係によって成り立つといえる。
家族に援助を行っていくためには、個々の家族成員の一人ひとりを理解するとともに、家族の関係性や一単位としての家族を理解することが必要である。これは、個から家族全体へ、また逆に家族全体から個に視点を変化させる柔軟性を持たなければならない。
看護婦に求められる援助姿勢は、どの家族成員にも荷担することなく、中立であること。2つ目は、家族自身の決定を尊重し、家族の望む解決が実現できるように支援することによって、家族とのパートナーシップを構築することである。3つ目は、自己の家族観や価値観からどれほど自己を解放できるかである。これは、家族に看護婦の判断を押し付けてしまい、かえって家族の主体性を損なってしまったり、看護婦の期待に添えないというストレスを家族にも与えてしまう恐れがある。4つ目は、援助のタイミングを逃がさないということに加え、自己の誤りを認め修正する柔軟性を持つことが必要である。
おわりに
研修を終えて、緩和ケアは看護婦が担っていくものであるということを痛感した。これから病棟に戻り、患者とかかわっていく中で私は、人間の生き方に対して絶えず関心を持っていたいと思う。いつも患者が主役であることを忘れてはならない。患者、家族に対して個として向き合い、その人らしさを大切にしていきたい。日々のかかわりの中で、系統的な知識・技術を習得し、よい経験を積み重ねていきたいと考える。
<引用文献>
1) R.Cマッケイ他編・川野雅資他監訳:共感的理解と看護・医学書院・1991・P9 115〜117
2) R.Cマッケイ他編・川野雅資他監訳:共感的理解と看護・医学書院・1991・P9 122〜123
<参考文献>
1) ホスピスケア研究会編・季羽倭文子監修:疼痛と告知・三輪書店・1993
2) R.Cマッケイ他編・川野雅資他監訳:共感的理解と看護・医学書院・1991
3) ジーン・ルートン著・浅賀薫他訳:ターミナルケアにおけるコミュニケーション・星和書店・1997
4) 鈴木和子他著:家族看護学・日本看護協会出版会・1995