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忘れてはならない患者中心の医療

 

医療法人鴻仁会岡山中央病院

村上 葉子

 

緩和ケアナース養成研修の実習で、はじめて緩和ケア病棟を訪れました。諸制度の講義で聞いていましたが、患者1人あたりの専有面積が広く一般病棟と比べると広くゆったりとした空間が保てていました。また個室の数が多いことにも驚きましたが、やはり個人のQOLを尊重した関わりを大切にしており、個室でも料金のかからないお部屋もあると聞いて驚きました。全室にトイレが設置されており、どんなに身体的に苦痛な状況であっても自分の力でトイレに行き排泄をしたいという、自己実現の欲求をかなえるためであることをお聞きして、改めて個人の尊厳というところを考えさせられました。

また、個人の尊厳についてとても興味深い状況に出会いました。患者の病状が進行し、経口的な栄養の摂取ができなくなってきたときに、付き添っている家族の方が本人の状況を見て、点滴の希望をされていました。本人の意識はあまりはっきりしない状況のようでした。本人の意識がまだクリアな状況のときに、どのように終末期を迎えるかを本人に確認していたようで、患者本人は点滴を希望されていなかったとのことでした。患者の容態を受け入れきれない家族の希望に対して、医療者は本人の希望を優先し、その人らしく迎える「死」について話をされました。普通なら意識レベルがダウンした患者が以前にどのようなことを希望していても、残される家族を思えば、家族の希望されるようにしてあげたいと思うかも知れません。しかしあえてそのようにはせず、以前患者本人が希望していたとおりに叶えられたのです。

緩和ケア病棟だからあたり前のことのように思うかもしれませんが、一般病棟では考えられない、医療者の勇気であるように思います。緩和ケア病棟における一つ一つの対応が、患者においてどのような意味があるのか、その意味を考えながらするかどうかを決めていくとのことでした。本当のQOL、患者の人生における意味を考えながらの援助は、本来どこの医療従事者にも求められていることと思いますが、一般病棟では日々の関わりがそのようにできることは極めてまれではないかと思います。疾病の治癒や治療に力が注がれ、本来の主体が見えなくなることのほうがよくあるように思います。

実習先の病棟は廊下に絵や写真が飾られていたり、鉢植えの花がたくさんあったり、中庭の緑がとてもよく見えたりと、環境として心が和むものがとてもたくさんありました。死への不安や恐怖から心が癒され、少しでも心の安定を与えるような工夫がなされており、働く職員の心をも癒す環境にあるように思えました。ベランダへは車椅子でも出られるようにされており、外の空気にふれられるような工夫もされていました。人と人が接する中で得られる癒しもありますが、自然が人の心に与えられる癒しは、自然だけが持つ力であり、特に日本における四季の変化を感じることは喜びや悲しみなどの感情の表出につながることではないかと考えます。

人間には本来心身ともに自己治癒力が備わっており、危機的状況に適応できるようになっています。この自己治癒力を高めてあげることこそが看護の基本となるところだと思います。危機的状況に直面し精神的にエネルギーが低下しているときに、癒しを与えられることでエネルギーが充足され、余生について前向きに考えていけるようになることと思いますので、療養環境の整備も一つの重要な看護であると思いました。

 

 

 

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