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観光客相手ともなれば曲目の中心はヴィヴァルディの「四季」と決まっている。数百年に亘ってアドリア海と地中海を支配してきたヴェニスも時代の波に抗しえず、静かに、しかし着実に衰退期を迎え、ヴェニス人も衰えを感じながら現世を楽しんでいる、華やかにして哀愁のヴィヴァルディの時代の雰囲気がしっとりと教会の中に満ちてくる。やはり「四季」は名曲だと思うと共に良い年の終わり方をしたことに対しヴェニスとヴィヴァルディに感謝した。

ローマといえばレスピーギのローマ三部作「ローマの噴水」、「ローマの松」、「ローマの祭」にとどめをさす。中でも私は「ローマの松」が一番好きだ。この動機もあまり芸術的でなく、毎朝おきて窓を開けると、庭の松が目に入ってくるので、ついレスピーギを思い出してしまうからかもしれない。ローマと地方をつなぐ、ローマ人がつくったアッピア街道をかざっている松を見ると、この祖先がローマの興亡を見てきたのだろうなあと感慨に耽ってしまう。

イタリアの音楽ではナポリを忘れることは出来ない。ナポリのサンカルロ劇場は最後にわたる改修を追えて再開したが、6階に及ぶボックス席、壮大な天井のフレスコ画、音響効果のため木材と漆喰だけで作られている壁画、とどれをとってもスカラ座に匹敵する貫禄だ。私は昨シーズンのオープニングのパヴァロッティ出演の「愛の妙薬」に行ったが、パヴァロッティは健康が優れなかったにも拘わらず、やや無理をして心の故郷ナポリにかけつけたとの事だった。そのせいか公演後舞台裏に挨拶に出かけたところ、ニューヨークで知っていたこともあって愛想良く応じてくれたが、座ったっきり肩で息をしてなかなか言葉が出ないのにはややびっくりした。なんだかお相撲さんが勝負後のテレビインタビューでぜいぜい荒い息をしているのを見ている思いで、やはりオペラ歌手は肉体的にもきついのだなあとよく分かった。

パヴァロッティといえば昨年フランスでのサッカーワールドカップの最終戦の前夜祭で、ドミンゴ、カレラスとの3大テノール・コンサートを思い出す。なんと4回もアンコールをやったのには驚いたが、アンコールで歌った曲が「オーソレミオ」、「帰れソレントヘ」、「フニクリ・フニクラ」とほとんどナポリ民謡なのに二度驚いた。サッカーではその2週間前イタリアがフランスに惜敗し、イタリア人を多いに悔しがらせたが、パリの中心でナポリ民謡を高らかに歌い上げたのはサッカーの仇を歌で返したようで、すっかりイタリアファンになっている私の胸をすっとさせた。しかしフランス人が惜しみなく拍手を送っているところを見ると、ナポリ民謡はイタリアを超えて世界の愛唱歌となっているというのが本当のところだろう。

ところで東京オペラシティがイタリアの作曲家ルチアーノ・ベリオとラヴェンナを拠点に活躍するアカデミア・ビザンチナを招かれてイタリアン・ウィークを開催されると伺った。5月ともなれば東京も地中海のような太陽でいつぱいになっているだろう。きっとイタリア音楽を東京にいながらイタリアにいるような気分で楽しまれるに違いない。何しろ東京オペラシティの音響効果は超一流だ。でも演奏会前にイタリアン・レストランにも寄ってみてはどうだろうか。そして演奏会が終わって家に帰ったらイタリアの赤ワインで乾杯も忘れないで欲しい。きっと夢の中でもう一回のアンコールを楽しめるに違いないと思う。

………せきひろもと(駐イタリア日本国大使)

 

 

 

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