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九月九日(木) 晴れ。

福島県立石川養護学校。

ここ石川町は、郡山から水郡線で40分位東南へ入った山間の町。いちょう座にとっては、とても馴染み深い町である。

なにしろ「リーダースシアター」で一回、「サウンドラマ」で一回、町内の全小学校で公演しているのだから。中学校でもやったから、今回の養護学校で、町内の公立学校のほとんど全部に行ったことになる。宿の猫啼温泉「西田屋」さんとは、もう家族同然のおつきあいだ。

さて、石川養護学校だが、どうしたのだろうか、上演中の反応も少なく、笑顔も無い。小学生28名、中学生13名、教員を入れても70名程度という観客の少なさもあるのだろうが、演じながらだんだん不安になってくる。今日は終演後いっしょに給食を食べることになっている。今回のツアーで初めての会食だ。

「こりゃ、ちょっと辛いランチになっちゃうかな」

正直そう思った。

重い気持ちを引き摺りながら、給食のお盆を持って彼らの待つ教室へ向かった。二人ずつ四つのクラスに分かれて……。

私が行ったのは中学生のクラス。三年生の高田君、二年生の阿久津君、小林君、遠藤さんとバリバリのスポーツマンの鈴木先生が迎えてくれた。

「お父さんは樵(きこり)です」という高田君は、髪の短い芥川龍之介のような風貌をしている。

活発な阿久津君は、ニコニコ笑いながら私の目をジッと見つめ「楽しかったです !」と言った。チョット怪しい雰囲気。

目が合うとはにかんだように俯いて頬を染める遠藤さんは、食堂のお嬢様だそうだ。

 

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終演後、役者さんと握手してお別れ

 

体格の良い小林君は、テーブルで食事をするのが苦手らしい。床に腹這いになって食べている。

「お皿もダメなんですヨ」。

鈴木先生の言葉に、良く見ると、床に広げたバスタオルにラップを敷いて、パンやおかずが乗っている。

「プンは ? プンは ?」

ああ、小林君はプンが好きなのか、と思い、

「プンは隣の教室にいるよ」

と言いかけると、

「プンは来ない ? プンは来ない ?」

泣きそうになっている。

どうやら彼は『エンとケラとプン』のプンが怖いらしい。窓の外に見える山を指差し、

「プンはねえ、あの山の向こうの山の、そのまた向こうにいっちゃったよ」

と言うと安心して食べはじめる。が、五分もしないうちに「プンは ? プンは ?」。その都度「あの山の向こうの……」。このやりとりが三回繰り返された。その都度、距離が縮まっていくように感じる。

小林君がイタズラを始めると、先生が、

「プンが来るゾ !!」

「エエーッ !!」

泣きそうになりながらまた食べ始める。最後はもうほとんどゲームのようになっていった。

大笑いしながら給食は無事終了。

体育館では彼ら、かなり緊張していたらしい。

別れ際、鈴木先生が笑いながら、

「『歯のいたいワニ』の時、突然泣き出した子がいたでしょう。どうやら歯医者さんに行った時の事を思い出しちゃったらしいんですヨ」

と言った。

我々の演技、かなりリアリティがあったらしい。

 

九月十日(金) 晴れ。

山形県立山形盲学校。

今日も客席は3人のお母さんを入れても56名と少ないのだが、全員ノリノリであった。

子どもたち一人ひとりの横に付いている先生たちも、大笑いしながら手をたたいて大喜び。我々も楽しく演じることができた。

『ライオンの考えごと』でのこと。

ライオンが退屈まぎれに、通りかかる動物たちを相手にしりとりをする。キツネに向って「お前の名前のおしまいの字から始まる動物をつれて来い。さもないと食ってしまうぞ」と言う。困ったキツネが客席に「“ネ”から始まる動物は ?」と聞いた時、一人の女の子が一際大きな声で「ネコ !!」と叫んだ。

するとまわりの先生やお母さん達から「オオゥ !!」と感嘆の声があがった。

次は「コアラ !!」。再び「ウオォ !!」。

きっと、あの子は普段、とても大人しい子なんだろう。もしかしたらほとんど話さない子なのかも知れない。と思わせるほどの「オー !!」であった。

 

 

 

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