湘西(湖南省西部)の花垣県三角崖郷の苗族部落で行われる椎牛祖先祭。彩色の牌楼で主人家が酒で親族を迎えもてなす
湘西の苗族部落の椎牛祖先祭の季節は、多くは秋の収穫前で、まず祖先を祭って長寿と豊作、部落中の平安を祈願し、そのあと作物を刈り取って子孫が食べるが、時期はだいたい七月十五日ごろである。吉日を選んだあと、主人家では前もってすべての親戚に通知を送るが、とくに主人の舅爺(きゆうや)<母方の兄弟>と児舅(じきゆう)<息子の妻の兄弟>を重んじ、俗にこれを後輩親、または背腿親というのは、祭祀が終わったあとに、それぞれに牛の腿を一本ずつ分け与えなければならないからである。最初の腿(尾つき)は舅爺に与え、二番目の腿は児舅に与え、三、四番目の腿は姑父(こふ)<父の姉妹夫>に与える。牛の腿を分けられる者は、椎牛の前にみなそれぞれに槍を自参することになっている。これは、原始の母系氏族社会の文化的遺存であること物語るものである。
椎牛が執り行われる際には、部落の外の平垣な場所が選ばれ、中央に五色の段々に飾った通天柱を一本立て、竹を薄く割ったもので円形の旋転文の輪を作り、これを柱の上にかぶせ、麻縄を牛の鼻に通して、輪につなげる。行事の前に、主人家ではとくに入念に太陽旋転文のたて髪のある大きな雄の水牛を一頭選んで買いもとめ、額の天辺に紅い花を飾りつける。椎牛の広場の傍らには、四方の太鼓と祭壇を設けるが、祭壇は俗に「霊棚(れいほう)<霊柩を安置する仮小屋の意がある>」といい、机の中央に儺壇の儺父・儺母を供え、うしろに群神のいる儺画を懸け、上に五色の紙の幡を掛け、祖先の霊を祭る三層の白い紙の通天幡「金銭卦」を高く挿すが、これは水牛トーテム祖先に祭り送るものである。机の傍らには、馬に騎る彩色の紙製人形―民間の伝説の苗族の頭領「パークェイタリー」を立てるが、伝えでは、かれは金持ちに牛飼いに雇われた者で、主人家が客を招いて、かれに水牛一頭を殺させて客のもてなしにしようとしたが、かれは殺すかわりに、主人家からの三年の労賃をいらないといった。主人はさっそくこの水牛をかれに与えて、三年の労賃の代償とした。のちにこの水牛は老いて、かれに頼んでいうには、わたしは年をとりましたが、わたしを埋葬したり、刀で突っついて死なせたりしないで、部落中の人を招いて、槍でひと思いに突き殺してくだされば、部落のみんなが幸せになるでしょう、と。