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■事業の内容

昭和57年に海洋の持続可能な利用と海洋利用をめぐる紛争の平和的解決を理念とする「国連海洋法条約」(正式名は「海洋法に関する国際連合条約」)の署名会議がジャマイカのモンティゴ・ベイで開催され、わが国も平成8年に国連海洋法条約を国会で承認した。この日が国民の祝日「海の日」である。
 この条約は審議過程で露呈したように、南北対立、海洋国と大陸国との主張に厳しい隔たりがあり、採択された条約は妥協の産物であった。国連海洋法条約発効以前の海は誰のものでもない公海が広い面積を占め、海洋自由の原則が適用され、この自由な海洋を利用した活発な通商活動が人類に繁栄への道を開いたのであったが、条約では領海12マイルとそれに続く接続水域、沿岸国による国家管轄水域などが規定され、その結果、従来からの自由な海は、地球海洋のほぼ半分の51%になってしまった。これを専門家は「自由な海洋から管理された海洋へ」の動きと表現している。
 管理された海洋の拡大は、沿岸国と海洋国の間にさまざまな軋轢が生じさせている。沿岸国が海洋に向かって主権を拡大するCreeping Jurisdictionを押し進め、海洋国家が海軍力による海洋の管制の維持を狙うSea Controlの動きに出たので、軋轢が生じるのは当然である。
 また、国連海洋法条約は、思わぬ分野での協力体制の構築をもたらしている。たとえば、ベーリング海のロシア排他的経済水域における漁船の違法操業取締りでは、ロシア国境警備隊をロシア海軍が支援し、これにアメリカ沿岸警備隊の航空機が共同参加して偵察飛行を実施する米露共同行動がとられている。
 世界各国は、1)国連海洋法条約によって生じた新たな権利と義務にいかに対応すべきか、2)条約が形成する海洋利用秩序の構造的変化への対応と地域的レジームにいかに貢献すべきかを模索している。
 先の米露協力の事例がしめすように、世界各国で海軍力が調査や違法行為の取締面で新たな役割を果たす事例が見られる。また、冷戦後の世界において従来からの明確なmissionを喪失した各国海軍は、新たな役割を発見すべく模索している。
 このように、世界の海洋は新たな秩序形成に向けた過渡期に置かれている。さまざまな機関がさまざまな国際会議で提案を行い、あらたな秩序がゆっくりとであるが形成されつつある。
 国家の生存基盤を海洋の利用に置くわが国にとって、新秩序形成過程に参加することは国家利益であるだけでなく、将来の地域や世界の平和・安定をもたらすために発言し、諸国と意見を交えることは義務でもある。
 しかしながら、わが国には個別分野ではなく海洋問題を包括的に論じるフォーラムがあまりにも少ない。また、政府だけでなく、国民、マスコミを含めて真剣に問題を議論できる場が限られている。情報の英語による海外への発信に関してはさらに貧困な状況に置かれていると言ってよい。
 本事業は、平成8年の初めての「海の日」にちなみ構想された。事業は平成9年から開始されたが、
1)急激に国際的な議論が深りつつある公海の自由航行に関する研究を促進すること
2)国内の世論形成や海外との意見交換にあたり基盤となる考え方を提示すること
3)航行の自由を維持するための啓蒙活動を国民に対して行うこと
を目的としている
(2) 具体的な事業内容
 平成10年度事業は次の5本の柱からなる。
1)公海の自由航行に関する定例研究委員会の実施。
2)東京における国際会議の実施。
3)基本資料の収集、編集と蓄積。
4)海外研究所との意見交換、資料収集(平成10年度は豪州を視察)。
5)報告書、国際会議論文集の編集と配付
の5つの柱である。
 総じて言えば、本事業は、情報を整備し、公海の自由航行に関する基盤的な考え方を提言する研究的側面と、周辺諸国との意見交換を促進し、海外へ意見を発信するとともに、参加メンバーを通じてテレビ、新聞などのマスコミを啓蒙する啓蒙的側面を有している。
[1] 日本国内における定例研究委員会の開催
   わが国の一流専門家、マスコミ関係者で構成する「公海の自由航行研究会」を発足させ、研究委員会を8回開催した。
 [2] 東京に於ける国際会議の開催
   公海の自由航行に関する見解、協力の有り方に関する聴取と意見交換を行った。参加国はオーストラリア、タイ、マレーシア、韓国、米国、であった。平成10年12月から2月にかけて国際会議を5回実施した。
 [3] 基本資料の収集、編集と蓄積
   研究委員会を通じて公海の自由航行関連の内外の論文を収集、整理、蓄積し、論文を執筆し発表するとともに、海外の重要論文を翻訳紹介した。
 [4] 海外研究所との意見交換、資料収集
   海外調査団(川村純彦団長・元海将補)のオーストラリア派遣を実施した。
   1998年12月1日〜6日に、豪州に派遣した視察団は、ウーロンゴン大学海洋政策研究センター(ウーロンゴン:二ユーサウスウエールズ州)、オーストラリア国立大学太平洋・アジア研究所北東アジア研究プログラム(キャンベラ:首都行政地域)、外務・貿易省戦略・情報政策局(キャンベラ:首都行政地域)、オーストラリア防衛協会(メルボルン:ヴィクトリア州)にて意見交換を行うとともに、資料収集を行った。
 [5] 論文集の編集と配布
  a.題名   「うみのバイブル第4巻」(和文論文集)
  b.規格A4版  148頁
  c.数量   報告書 127部
  d.内容   研究論文集 日本語論文ならびに翻訳収録
  e.配布先   
    日本国内:官庁(20部)、民間シンクタンク(5部)、マスコミ(20部)、大学図書館(10部)、企業調査部(5部)、国会議員(30部)
    米国ほか海外:(10部)
    メンバーほか:(27部)、計127部
  f.題名   「うみのバイブル第5巻:平成10年度事業報告書」
  g.規格A4版  58頁
  h.数量   報告書 100部
  i.内容   平成10年度事業報告書、委員長序文 日本語/英語
  j.配布先   
    日本国内:官庁(20部)、民間シンクタンク(5部)、マスコミ(20部)、大学図書館(10部)、企業調査部(5部)、国会議員(20部)
    米国ほか海外:(5部)
    メンバーほか:(15部)、計100部
  k.題名   「Maritime Studies Japan」(英文論文集)
  l.規格A4版  96頁
  m.数量   報告書 100部
  n.内容   研究論文集 英語論文収録
  o.配布先   
    日本国内:官庁(5部)、民間シンクタンク(5部)、マスコミ(5部)、大学図書館(10部)
    米国ほか海外:オーストラリア(10部)、マレーシア(5部)、タイ(10部)、米国(15部)、韓国(10部)、中国(10部)、その他(10部)
    メンバーほか:(5部)、計100部
  p.具体的な内容
   (a) 英文論文集 "Maritime Studies Japan"として論文集にまとめられた論文
     テーマ East Asia's Island Chain and Japan's Security: Views from Japan,
     執筆者 Sumihiko Kawamura and Robyn Lim(日本・オーストラリア)
     論 文 [1]North Asia: The Bear Falls' But the Dragon starts to Swim
     論 文 [2]The South China Sea as a Chinese Lake?
     論 文 [3]Australia: The Southern Anchor
     テーマ Tokyo Notes: A View from Malaysia,
     執筆者 B.A. Hamzah(マレーシア)
     論 文 [4]Southeast Asian Regional Security
     論 文 [5]Indonesia: Role of the Military and Islam
     論 文 [6]China: A View from Malaysia
     論 文 [7]Polities in Malaysia: Changes and Continuities
     テーマ Tokyo Notes: A View from Thailand
     執筆者 Frances Lai(タイ)
     論 文 [8]Some Thoughts on Regional Security in the Asia-Pacific Region,
     テーマ Tokyo Notes: A View from Australia
     執筆者 Robyn Lim(オーストラリア)
     論 文 [9]Australia and Maritime Security,
   (b) 和文論文集「うみのバイブル第4巻」として論文集にまとめられた論文
     テーマ [地域研究]
     論 文 [1]海洋国家としての韓国 21世紀の韓国の戦略 武貞秀士・防衛研究所室長
     翻 訳 [2]海洋の安定の鍵を握るインドネシア情勢 B.A.ハムザ/潮匡人訳
     論 文 [3]東南アジアSLOCsとインドネシア 川村康之・防衛大学校教授
     翻 訳 [4]オーストラリアの海洋戦略 ロビン・リム広島修道大学教授/潮匡人訳
     テーマ [シーレーン研究]
     論 文 [5]重要論文2点の解説と抄訳
      1) 海運の安全 グローバルな視点から エリック・グローヴ/阿久津博康抄訳
      2) SLOCの安全とアクセス スタンレー・ウイークス/阿久津博康抄訳
     翻 訳 [6]東アジアにおけるシーレーンの安定 セオハン・リー/潮匡人訳
     翻 訳 [7]海上交通路(SLOCs)の安全とアクセス S.ウイークス/長島昭久訳
     テーマ [海賊と船舶への武装強盗]
     論 文 [8]「1998年1月1日から12月31日までの海賊と船舶への武装強盗に関する年次報告」 ICC国際海事事務局/潮匡人訳
     テーマ [シーパワー理論]
     論 文 [9]海洋国家連携論:デモクラシーと自由貿易 平間洋一・防衛大学校教授
     論 文 [10]冷戦後のシーパワー:海軍力の役割 山内敏秀・防衛大学校助教授
     テーマ [歴史]
     論 文 [11]最近の中国の清末海軍史研究について 王 蒼海
     翻 訳 [12]晩清海軍與亡の歴史が示すもの(晩清海軍與亡史)戚其章/王 蒼海訳
     テーマ [レポート]
翻 訳 [13]海洋の安定の鍵マレーシア情勢:変化と継続 B.A.ハムザ/潮匡人訳
■事業の成果

当事業は、日本が直面する海洋の重要かつ緊急な課題を取り上げ、各分野の専門家を統合し、海洋に関する問題(国際法、環境、資源、安全保障など)を包括的かつ戦略的に考える頭脳集団を形成するとともに、国民啓蒙の第一歩として、マスコミへの啓蒙を実施した。本年度は年間8回の研究委員会実施を通じ、専門家とマスコミによる討論を行うとともに、日本の海洋戦略に重要な影響を与える海外動向について調査した。
 以下、具体的なテーマ別に成果を論じる。
 地域研究分野では、金大中大統領訪日を契機に海洋戦略を転換した韓国についての議論が行われ、成果は論文「海洋国家としての韓国 21世紀の韓国の戦略」(武貞秀士・防衛研究所室長)にまとめられた。3つの海峡をおさえるインドネシアについても活発な議論が行われ、研究会での活発な討論をもとに「東南アジアSLOCsとインドネシア」川村康之・防衛大学校教授が執筆された。また、東京での国際会議の討論からは、「海洋の安定の鍵を握るインドネシア情勢」(B.A,ハムザ、マレーシア海事研究所所長/潮匡人訳)、「海洋の安定の鍵マレーシア情勢:変化と継続(B.A.ハムザ/潮匡人訳)が執筆された。対外戦略を見直しつつあるオーストラリアについては、「オーストラリアの海洋戦略」(ロビン・リム広島修道大学教授/潮匡人訳)が執筆された。
 シーレーン研究分野では、韓国から国際会議に参加した外務省付属研究所のセオハン・リー博士が「東アジアにおけるシーレーンの安定」(セオハン・リー/潮匡人訳)を提出し活発な議論が行われた。エリック・グローヴの「海運の安全 グローバルな視点から」とスタンレー・ウイークスの「SLOCの安全とアクセス」を抄訳した「重要論文2点の解説と抄訳」(阿久津博康抄訳)、「海上交通路(SLOCs)の安全とアクセス」(S.ウイークス/長島昭久訳)が研究会で議論された。
 平成9年度報告書で大きな反響を呼んだ海賊問題については、本年度も引き続き議論が行われた。
「1998年1月1日から12月31日までの海賊と船舶への武装強盗に関する年次報告」(ICC国際海事事務局/潮匡人抄訳)が紹介された。
 シーパワー理論に関する研究も行われ、「海洋国家連携論:デモクラシーと自由貿易のために」(平間洋一・防衛大学校教授)、「冷戦後のシーパワー:海軍力の役割」(山内敏秀・防衛大学校助教授)が討論のなかから論文となった。
 歴史分野は、将来の地域の姿をより正確に把握するために欠かせないが、本年度は中国を研究し、論文「最近の中国の清末海軍史研究について」(王 蒼海)が執筆され、文献紹介として『晩清海軍興亡史』を取り上げ、「晩清海軍興亡の歴史が示すもの(晩清海軍興亡史)」(戚其章/王 蒼海訳)が紹介された。
 海外への発信については、英語論文集「Maritime Studies Japan」が編集、配付された。これは過去1年間の議論をもとに4名の執筆陣が英語でまとめた9本の論文のオムニバス体戴の冊子である。
 日本からの発信は川村純彦委員長が中心となり、3本の論文が執筆された。おおきな括りのテーマは「East Asia's Island Chain and Japan's Security: Views from Japan」であり、論文は、[1]North Asia: The Bear Falls, but the Dragon starts to Swim [2]The South China Sea as a Chinese Lake? [3]Australia: The Southern Anchorであった。
 マレーシアと日本の討論の成果は、マレーシア海事研究所B.A.Hamzah所長が4本の論文にまとめた。
[4]Southeast Asian Regional Security [5]Indonesia: Role of the Military and Islam [6]China: A View from Malaysia [7]Politics in Malaycia: Changes and Continuitiesであった。タイのSEAPOLE副所長のFrances Lai博士が論文 [8]Some Thoughts on Regional Security in the Asia-pacific Regionにまとめた。オーストラリアと日本との討論の成果は、Robyn Lim広島修道大学教授(豪州人)が、[9]Australia and Maritime Securityにまとめた。
 オーストラリア派遣調査の報告は阿久津博康委員がとりまとめて「うみのバイブル第5巻:平成10年度事業報告書」で報告した。
 研究委員会:マスコミ等の有識者が多数参加したことが特徴であった。これら参加者を通じて事業の基本的な考え方がひろまりつつある。活発に出席したマスコミ関係者は、宮地 忍(読売新聞)、鬼頭 誠(同)、野口裕之(産経新聞)、有元隆志(産経新聞)、伊奈喜久(日本経済新聞)、重村智計
(毎日新聞)、木津 徹(『世界の艦船』編集人)氏らであった。海上保安庁、外務庁、防衛庁、アメリカ軍広報室などの海事関係者も参加した。研究委員の多くが言論活動を通じ成果を公表した。
論文集(日本語):本年度の研究ならびに成果をまとめた論文集を作成配布した。
論文集(英 語):本年度の研究ならびに成果をまとめた論文集を作成配布した。
「うみのバイブル第5巻:平成10年度事業報告書」を作成配布した。





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