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1998年(平成10年)

平成9年門審第111号
    件名
プレジャーボート豊栄丸転覆事件

    事件区分
転覆事件
    言渡年月日
平成10年11月26日

    審判庁区分
地方海難審判庁
門司地方海難審判庁

伊藤實、西山烝一、岩渕三穂
    理事官
根岸秀幸

    受審人
A 職名:豊栄丸船長 海技免状:四級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
属具などを損失、船外機に濡損

    原因
うねりや波浪の危険性に対する配慮不十分

    主文
本件転覆は、うねりや波浪の危険性に対する配慮が不十分で、うねりや波浪が高起する水域を航行し、大きなうねりを受けて復原力を喪失したことによって発生したものである。
受審人Aの四級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年7月5日13時30分
山口県特牛港西方沖合平瀬
2 船舶の要目
船種船名 プレジャーボート豊栄丸
総トン数 0.85トン
全長 4.79メートル
機関の種類 電気点火機関
出力 7キロワット
3 事実の経過
豊栄丸は、定員5人の船外機付FRP製小型遊漁兼用船で、A受審人が1人で乗り組み、会社の同僚4人を乗せ、魚釣りの目的で、船首0.10メートル船尾0.20メートルの喫水をもって、平成9年7月5日13時00分山口県豊浦郡豊北町荒田の荒田川河口左岸の定係地を出航して、同時03分同川沖合の釣り場に着いて魚釣りを行い、同時18分釣りを止めて同釣り場を発し、特牛(こっとい)港に向かった。
ところで、特牛港は、山口県の北西部に位置し、その入口が西方の響灘に面して東側に入り込んだ港で、同入口付近には、多くの瀬や暗岩が散在し、港口の西方100メートルに1.9メートルの干出岩を含む地ノ瀬があって西に約100メートル延び、さらに、同瀬の西端から西方60メートルに2.5メートルの干出岩を含む通称沖ノ瀬と称する平瀬があって南西に約150メートル延び、その平瀬の北端から西方約100メートルに沈瀬と称する暗岩が存在し、また、地ノ瀬の南方50メートルには干出岩を含む馬ノ瀬があって約70メートル南西に延びて点在し、これらの瀬の存在するところでは、水深が急に浅くなっているため、外海から打ち寄せる西北西から南南西寄りのうねりや波浪が高起しやすい地形となっており、特に平瀬の西側の沈瀬付近の水域ではそれが顕著であった。
A受審人は、会社勤めの傍ら、、特牛漁業協同組合の準組合員でもあったことから、漁船登録をしていた豊栄丸を使用して、夏季に平瀬周辺で素潜りによりあわびやさざえ採りをしていたので、同瀬周辺の地形に精通しており、同瀬付近では他の水域に比べてうねりや波浪が高起する水域であることを十分承知していた。
豊栄丸は、昭和52年に建造された、和船型の釣り船で、A受審人が新造時に購入したもので、その構造は、周囲が高さ18センチメートル(以下「センチ」という。)の舷縁で囲われ、船首から後方にかけて、1.00メートルまでが船首台、その後方3.15メートルの船尾台までが船尾側に8センチの下降傾料となったフロアーで、フロアーの後方64センチまでが船尾台になっていた。
船首台及び船尾台の上部は暴露甲板で、その下部が、それぞれ物入庫となっており、船首台から後方1.60メートルのフロアーの中央には、一辺が76センチの正方形で、その高さが船底から舷縁の下端にまで及ぶいけすが設けられ、船首台の物入庫及びフロアーのいげす上にはそれぞれ1個のふたが、船尾台の物入庫上には3個のふたが設けられていた。
船体内部の構造は、フロアー下部に船首台後端から船尾台前端にかけて高さ45センチの2枚の縦材がそれぞれ両舷の中央にあって、その縦材間の約10センチの空所にはそれぞれ51.5リットルの発泡ポリウレタンが重填されており、また、フロアー下部の船首側には37.5リットル、船尾側には12.5リットルの発泡ポリウレタンが入った浮体になっていた。そして、フロアーには、いけすの位置する左右舷の舷側下端及び船尾側中央下端の開孔から導かれた船尾台の左右舷側の底部に、各1個のドレンプラグが設けられていた。
船首台には左右舷に渡されだ木製のかんぬきが設けられ、同台上に長さ約30メートルの錨ロープが付いた重さ3キログラム及び約50メートルの錨ロープの付いた5キログラムの錨が積まれ、かんぬきにその爪がそれぞれ掛けられて、両錨のロープ端がこれに固縛されていた。
船首台の物入庫には、黒色球形象物、発煙筒、救命胴衣5個、呼び笛及びばけつなどが格納され、船尾台の物入庫には、20リットるの混合油の入った燃料缶が積まれていたが、いけすは空倉であった。
A受審人は、当日が土曜日で、自宅近くの豊北町荒田の浜において催された、勤め先の釣り具メーカー会社の親睦リクレーションに参加し、午前中、会社の同僚25人とバーベキュー大会を楽しみながら、新製品の竿の試し釣りも兼ねて浜辺から竿釣りを行ったが、魚が釣れなかったことから、13時ごろ、同受審人の豊栄丸に乗船して荒田川河口沖合の釣り場に赴き、沖釣りを行ったものの、釣果がなかったので魚釣りを止め、時間的余裕があったことから、特牛港に係留している同人所有の別のプレジャーボート恵優丸(25トン)を見せに同港に向かったものであった。
また、A受審人は、気象及び海象について、前夜のテレビ放映を見て、強風波浪注意報か発表され波の高さが約3メートルに達することを知っており、いつもならこの気象及び海象の情報では出航を取り止めていたが当時、釣り場では、風か海秒7ないし8メートル吹き、波高が1ないし1.5メートルで、荒天になる不安が少しあったものの、出航の目安としている、特牛西方沖合の要岩灯浮標を見たところ、あまり動揺しておらず、短時間なら特牛港まで無難に往復できるものと判断した。
こうして、A受審人は、同乗者2人を船首側のフロアーの左右に、1人をいけす上に、他の1人を船尾台の左上にいずれも救命胴衣を着用させないままそれぞれ座らせ、自らは船尾台の右上に腰掛け、左手で船外機の操縦ハンドルを握って操船に当たり、馬ノ瀬と特牛港の陸岸との間のうねりや波浪の比較的立たない水域を北上し、13時23分特牛港の北防波堤内側に係留中の恵優丸を同乗者に見せたのち、同時25分同地を離れ、荒田の定係地に向けで帰航の途に就いた。
13時26分特牛港南防波堤の先端を左舷側30メートルに見て並航したとき、A受審人は、前方の平瀬の方を見たところ、うねりや白波を見かけなかったことから、平瀬の西剛を無難に通航できるものと思い、強風波浪注意報が発表されて荒天が予想される状況下で、平瀬近くのうねりや波浪が高起する水域を航行すると、大きいうねりや波浪を受けて転覆するおそれがあったが、うねりや波浪が高くないものと思い、うねりや波浪に対する配慮を十分に行うことなく、同瀬の西側を大きく迂回して行くこととし、同水域を避けて往路に航行した馬ノ瀬の東側などの安全な水域を航行せず、機関を対地速力の3.0ノットの前進速力にかけ、平瀬の北側に向けて西行した。
A受審人は、13時27分地ノ瀬立標を左舷近くに見て航過し、同時29分少し前、平瀬の北側40メートルの地点に差し掛かったとき、うねりや波浪があまり高くないように見えたので、平瀬とその西側の暗岩との間で、うねりや波浪の高起する水深6メートルの水域を通航しようとして、同時29分少し過ぎ特牛港灯台から266度(真方位、以下同じ。)300メートルの地点で、針路を215度に定めて進行した。
13時29分半A受審人は、正船首近くに波高約1.5メートルのうねりがくるのを認め、機関を減じて2.0ノットの速力としてこれを船首に受けて乗り切り、続いて2度目のうねりを乗り切ったとき、船首が約10度左舷側に振られたので、これを立て直そうとしたとき、約3メートルの高さのうねりが高起して、これを右舷船首10度から受けたところ、豊栄丸の船体が瞬間的に左舷側に大きく傾斜し、13時30分特牛港灯台から258度350メートルの地点で、豊栄丸は、船首を205度に向けて復原力を喪失し、瞬時に左舷側から転覆した。
当時、天候は晴で風力5の南南西風が吹き、潮候は下げ潮の中央期で、転覆した地点付近には高さ3メートルのうねりがあり、前日4日06時10分萩測候所から山口県地方に強風波浪注意報が発表され、5日12時40分雷強風波浪注意報に切り替えられていた。
転覆後、A受審人を含む乗船者全員が海中に投げ出されたが、更に高起したうねりで豊栄丸が復原し、その際に、船首台の物入庫のふたが外れて救命胴衣が出てきたので、同受審人はこれを全員に配布し、更なるうねりで船体が再度転覆したが、海中に落下した2個の錨が海底をかいて船体が固定し、全員が船底につかまっていたところを、通り掛かった角島と特牛港を結ぶ連絡船に発見され、通報を受けて駆け付けた、角島の漁船2隻に全員が無事救助された。
その結果、豊栄丸は損傷なく定係地に引き付けられ、属具などを損失し、船外機に濡損を生じたがのち整備された。

(原因)
本件転覆は、強風波浪注意報が発表されて荒天が予想される状況下、山口県豊浦郡豊北町特牛港から同町荒田の定係地に帰航する際、うねりや波浪の危険性に対する配慮が不十分で、同港沖合の平頼と暗岩の間のうねりや波浪が高起する水域を航行し、右舷船首から大きなうねりを受けて復原力を喪失したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
A受審人は、強風波浪注意報が発表されて荒天が予想される状況下、山口県豊浦郡豊北町特牛港から同町荒田の定係地に帰航する場合、同港沖合の平瀬と暗岩の間のうねりや波浪が高起する水域を航行すると、大きいうねりや波浪を受けて転覆するおそれがあったから、同水域を避けて、馬ノ瀬の東側などの安全な水域を航行するよう、うねりや波浪の危険性に対する配慮を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、うねりや波浪が高くないものと思い、うねりや波浪の危険性に対する配慮を十分に行わなかった職務上の過失により、平瀬と暗岩の間のうねりや波浪が高起する水域を航行し、右舷船首から大きなうねりを受け、復原力を喪失して転覆を招き、船外機に濡損を生じさせ、属具等を損失するに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

よって主文のとおり裁決する。






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