|
(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成8年10月15日19時30分 長崎県平戸瀬戸 2 船舶の要目 船種船名 押船第十一中吉丸
バージ千秀丸 総トン数 147トン 約2,312トン 全長 31.20メートル 68.20メートル 機関の種類 ディーゼル機関 出力
1,912キロワット 3 事実の経過 第十一中吉丸(以下「中吉丸」という。)は、2基2軸の鋼製引船兼押船で、A及びB両受審人ほか4人が乗り組み、専ら砕石、山砂などを運搬するためにクレーン1基を船首部に備え、空倉状態で、船首1.00メートル船尾1.30メートルの喫水となった非自航型バージ千秀丸の船尾凹部に船首部を嵌合(かんごう)し、全長約90メートルの押船列となり、船首2.80メートル船尾3.80メートルの喫水をもって、平成8年10月15日11時10分長崎県脇岬港を発し、同県平戸瀬戸を経由する予定で、佐賀県唐津港に向かった。 A受審人は、これより前、乗船中の漁船が減船対象となったので内航貨物船に職を求め、同月13日熊本県天草郡松島町において、船長Cが休暇などの際に船長職を執る条件で、中吉丸の一等航海士として雇い入れされ、翌14日脇岬港において、C船長が急用で下船するので、一時的に昇格して船長職を執ることになる旨を同人から知らされ、平戸瀬戸の単独通航が初めてで、操船に不安があることから、C船長にその旨申し出たところ、同瀬戸の通航経験を有するB受審人を配乗するから、同人に任せれば大丈夫との返答を得た。 こうしてA受審人は、C船長から船長職を引き継ぎ、発航直前に乗船したB受審人と船橋当直について打ち合わせを行い、自らが出航操船に引き続き入直し、甲板員を間に挟み、B受審人が平戸瀬戸通航時間帯に合せて入直できるよう、単独3時間交替の輪番制に定め、また、平戸瀬戸通航時には自らも操船指揮に当たるつもりで、平戸大橋下に達する時刻を同月15日20時ごろと推定し、そのころ昇橋する旨をB受審人に伝え、出航操船に引き続いて船橋当直に就き、同日15時ごろ甲板員に同当直を行わせて降橋した。 ところで、中吉丸は、船橋と食堂間にのみ連絡をとることができる設備があって、食堂に他の乗組員が居るときは、同乗組員を介して船橋から必要事項の連絡をとることができたものの、船橋と乗組員の居室との間の連絡手段を何も持たなかったので、直接船橋から居室で休息中の乗組員に対して必要事項の伝達が必要なときにできず、船橋当直交替時には、乗組員各自が交替時刻を見計らって昇橋していた。 A受審人は、夕食をとったのち、仮眠をとることとし、このころ折からの北流により、発航時に平戸大橋下に達すると推定した時刻が早まる状況となっていたが、同時刻に昇橋すれば大丈夫と思い、自ら昇橋して狭水道の操船指揮をとることができるよう、仮眠前に同時刻に変化がないか確かめるなどの狭水道通航のための昇橋時刻の確認を行うことなく、この状況に気付かないまま、20時少し前に昇橋しようと、目覚し時計のアラームを19時半ごろにセットして自室のベッドで仮眠についた。 B受審人は、18時00分長崎県臼浦港沖合で甲板員から船橋当直を引き継ぎ、機関を全速力前進にかけ、6.5ノットの対水速力で自動操舵により進行し、19時21分推定時刻より40分ばかり早く平戸大橋下に達したものの、前示の如く連絡手段がなくてA受審人にその旨連絡できないまま続航し、同時23分半南風埼灯台から156度(真方位、以下同じ。)1,100メートルの地点に達したとき、平戸瀬戸の湾曲に沿うよう、針路を325度に定め、折からの潮流に乗じて8.5ノットの対地速力で、レーダーを監視せずに周囲の街明かりや島影を見ながら同瀬戸を北上した。 19時28分少し前B受審人は、南風埼灯台から238度160メートルの地点に達したとき、南下する小型鋼船を認め、同船と互いに右舷を対して航過したのち右転するつもりで、針路をほぼ黒子島頂に向く305度に転じ、真針路314度ばかりとなって進行し、その後同島に向首したまま著しく接近する状況となったが、まだ同島までの距離に余裕があるものと思い、レーダーを使用して同島までの距離を測定するなどの船位の確認を十分に行うことなく、このことに気付かないで小型鋼船の動向を注視しなが続航中、同時29分少し過ぎ黒子島に接近しすぎたことにようやく気付き、自動操舵のまま右舵一杯をとったものの、及ばず、19時30分船首が028度に向いたとき、南風埼灯台から308度560メートルの黒子島東側に拡延する岩礁に、中吉丸の左舷側中央部が乗り揚げた。 当時、天候は晴で風力3の北北西風が吹き、潮候は上げ潮の中央期で付近には約2ノットの北流があった。 A受審人は、平戸大橋下を過ぎて航行していることに気付かないまま仮眠中、衝撃を感じて急ぎ昇橋し、事後の措置に当たった。 乗揚の結果、千秀丸は、喫水が浅かったので乗揚を免れたが、中吉丸は、左舷中央部船底及び船側外板に凹損並びに左舷推進器等に曲損を生じ、高潮時を待って自力離礁し、のち修理された。
(原因) 本件乗揚は、夜間、北流時の長崎県平戸瀬戸黒子島付近の湾曲した狭い水道を北上中、船位の確認が不十分で、黒子島に著しく接近したことによって発生したものである。 運航が適切でなかったのは、船長が、狭水道において自ら操船指揮を執らなかったことと、船橋当直者が、船位の確認を十分に行わなかったこととによるものである。
(受審人の所為) B受審人は、夜間、北流時の長崎県平戸瀬戸黒子島付近の湾曲した狭い水道を北上する場合、黒子島に著しく接近しないよう、レーダーを使用して同島までの距離を測定するなどの船位の確認を十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、黒子島までの距離にまだ余裕があるものと思い、船位の確認を十分に行わなかった職務上の過失により、南下する小型鋼船の動向を注視したまま進行して乗揚を招き、中吉丸の左舷中央部船底及び船側外板に凹損並びに左舷推進器等に曲損を生じさせるに至った。 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。 A受審人は、夜間、北流時の長崎県平戸瀬戸黒子島付近の湾曲した狭い水道を通航するにあたり、船橋との連絡が直接とれない自室で事前に仮眠をとろうとする場合、確実に昇橋して操船指揮を執ることができるよう、狭水道通航のための昇橋時刻の確認を行うべき注意義務があった。しかし、同人は、発航時に予め推定した時刻に昇橋すれば大丈夫と思い、狭水道通航のための昇橋時刻の確認を行わなかった職務上の過失により、狭水道における操船指揮が執れないまま乗揚を招き、前示損傷を生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |