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1998年(平成10年)

平成10年横審第25号
    件名
油送船第七十八東洋丸漁船三盛丸衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成10年11月5日

    審判庁区分
地方海難審判庁
横浜地方海難審判庁

長浜義昭、猪俣貞稔、河本和夫
    理事官
西田克史

    受審人
A 職名:第七十八東洋丸甲板長 海技免状:五級海技士(航海)
B 職名:三盛丸船長 海技免状:二級小型船舶操縦士(5トン限定)
    指定海難関係人

    損害
東洋丸…左舷中央部ハンドレールに曲損、同部外板に擦過傷
三盛丸…左舷船首を圧壊、船長が全治1週間の右足打撲等

    原因
東洋丸…見張り不十分、船員の常務(新たな危険)不遵守(主因)
三盛丸…居眠り運航防止措置不十分(一因)

    主文
本件衝突は、第七十八東洋丸が、見張り不十分で、新たな衝突の危険のある関係を生じさせたことによって発生したが、三盛丸が、居眠り運航の防止措置が不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
受審人Aを戒告する。
受審人Bを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年9月5日14時10分
志摩半島東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 油送船第七十八東洋丸 漁船三盛丸
総トン数 469トン 4.0トン
全長 59.72メートル 12.80メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 735キロワット
漁船法馬力数 80
3 事実の経過
第七十八東洋丸(以下「東洋丸」という。)は、船尾船橋型の鋼製油送船で、船長C、A受審人ほか5人が乗り組み、重油1,000キロリットルを載せ、船首3.4メートル船尾4.6メートルの喫水をもって、平成8年9月5日10時25分名古屋港を発し、山口県徳山下松港に向かった。
A受審人は、13時45分三重県石鏡(いじか)灯台から073度(真方位、以下同じ。)600メートルの地点において昇橋し単独で船橋当直にあたり、針路を140度に定め、機関を全速力前進にかけ10.2ノットの対地速力とし、自動操舵で進行したが、昇橋したときから左舷側に認めていた伊良湖水道方より大王埼沖合に向け南下するガット船に気をとられていて、周囲の見張りを行わず14時05分鎧埼灯台から105度2.3海里の地点に達したとき、右舷船首13度2海里のところに北上中の三盛丸を視認することができ、その後同船と互いに前路を横切るも無難にかわる状況であることに気付かなかった。
A受審人は、14時07分少し前三盛丸の前路1.3海里を無難に横切り、同時09分同船を右舷船首30度700メートルに見るようになったことに依然気付かず、手動操舵に切り替えて大王埼沖合に向け次の針路190度に右転したところ、三盛丸と新たな衝突の危険のある関係を生じさせたが、速やかに機関を後進にかけるなど同船を避ける措置をとらずに続航し、同時10分わずか前再び自動操舵としたとき、左舷船首至近に迫った同船を初めて視認し、右舵一杯としたものの効なく、14時10分鎧埼灯台から116度3.0海里の地点において、原速力、原針路のままの東洋丸の左舷側中央部に三盛丸の船首が、前方から35度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は下げ潮の中央期で、視界は良好であった。
C船長は、衝撃で衝突に気付き、直ちに昇橋し、事後の措置にあたった。
また、三盛丸は、一本釣り漁業に従事するFRP製漁船で、B受審人が1人で乗り組み、音響信号設備を設置しないまま、船首0.3メートル船尾1.2メートルの喫水をもって、同日05時05分三重県菅島漁港を発し、大王埼東方沖合約7海里の漁場に至って操業し、いか約50キログラムを獲り、13時35分同漁場を発して帰途についた。
ところで、B受審人は、土曜日以外の海上模様が悪くない日は05時に出漁して市場が終わる15時前には帰港し、次の漁の準備を終え20時ごろに就寝する就業状況で10日ほどいか漁を続け、当時も前日4日20時ごろ就寝し、当日5日04時半ごろ起床し、取り立てて睡眠不足の状態ではなく、操業中も別段眠気を催すこともなかった。
こうしてB受審人は、漁場発進時から椅子に腰掛けて船橋当直にあたり、13時46分大王埼灯台から075度67海里の地点において針路を335度に定め、機関を全速力前進にかけ14.0ノットの対地速力とし、自動操舵で進行していたところ、やがて気の弛(ゆる)みから眠気を催したが程なく菅島漁港に入港するので、居眠りすることはあるまいと思い、椅子から立ち上がって外気にあたるなど居眠り運航防止の措置をとることなく続航し、その後いつしか居眠りに陥った。
B受審人は、14時05分鎧埼灯台から127度3.9海里の地点に達したとき、左舷船首2度2海里に南下中の東洋丸を視認することができる状況で、その後同船と互いに前路を横切るも無難にかわる態勢で進行したが、居眠りしていて、このことに気付かなかった。
B受審人は、14時09分右舷船首15度700メートルとなった東洋丸が右転したので新たな衝突の危険のある関係が生じたが、依然居眠りを続けていたので、機関を使用するなど衝突を避けるための措置をとり得ず、原針路、原速力のまま、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、東洋丸は、左舷中央部ハンドレールに曲損を、同部外板に擦過傷をそれぞれ生じ、三盛丸は、左舷船首を圧壊したが、のちいずれも修理され、B受審人が全治1週間の右足打撲等を負った。

(原因)
本件衝突は、志摩半島東方沖合において、両船が互いに前路を横切るも無難にかわる態勢で航行中、南下する東洋丸が北上する三盛丸に対して新たな衝突の危険のある関係を生じさせたことによって発生したが、三盛丸が、居眠り運航の防止措置が不十分で、東洋丸との衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
A受審人は、志摩半島東か沖合を南下中、次の予定針路に転じる場合、無難にかわる態勢の他船と新たな衝突の危険のある関係を生じることのないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、左方の南下船の動向に気をとられ、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、互いに前路を横切るも無難にかわる態勢の三盛丸に気付かず、予定針路に向けて右転し、三盛丸に対して新たな衝突の危険のある関係を生じさせ、同船を避ける措置をとることなく進行して衝突を招き、東洋丸の左舷側中央部外板に擦過傷等を生じ、三盛丸の船首部が圧壊し、B受審人が右足打撲等を負うに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、志摩半島東方沖合を三重県菅島漁港に向け北上中、気の弛みから眠気を催した場合、単独で乗り組んでいたのであるから、居眠り運航とならないよう、椅子から立ち上がって外気にあたるなど居眠り運航の防止措置をとるべき注意義務があった。しかし、同人は、程なく菅島漁港に入港するので、居眠りすることはあるまいと思い、居眠り運航の防止措置を十分に行わなかった職務上の過失により、居眠りに陥り、互いに前路を横切るも無難にかわる状況で、右転し新たな衝突の危険のある関係を生じさせた東洋丸との衝突を避けるための措置をとることなく進行して衝突を招き、前示のとおり損傷等を生じるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。

参考図






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