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1998年(平成10年)

平成9年広審第63号
    件名
押船秋芳被押はしけBB7000貨物船第一春洋丸衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成10年12月8日

    審判庁区分
地方海難審判庁
広島地方海難審判庁

黒岩貢、釜谷奨一、上野延之
    理事官
川本豊

    受審人
A 職名:秋芳船長 海技免状:三級海技士(航海)(旧就業範囲)
B 職名:第一春洋丸甲板長 海技免状:五級海技士(航海)(旧就業範囲)
    指定海難関係人

    損害
BB7000…左舷中央部外板に凹損
春洋丸…船首部及び右舷船尾部外板に凹損

    原因
春洋丸…見張り不十分、横切りの航法(避航動作)不遵守(主因)
秋芳押船列…警告信号不遵守(一因)

    主文
本件衝突は、第一春洋丸が、見張り不十分で、前路を左方に横切る秋芳被押はしけBB7000の進路を避けなかったことによって発生したが、秋芳被押はしけBB7000が、警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。
受審人Bの五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年11月8日18時42分
安芸灘
2 船舶の要目
船種船名 押船秋芳 はしけBB7000
総トン数 423トン 5,602トン
全長 32.00メートル 134.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 2,647キロワット
船種船名 貨物船第一春洋丸
総トン数 197トン
全長 55.30メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 551キロワット
3 事実の経過
秋芳は、2基の主機と2舵2軸を装備した鋼製押船で、A受審人ほか9人が乗り組み、石灰石10,360トンを積載して船首6.51メートル船尾6.72メートルの喫水となった鋼製はしけBB7000の船尾凹部に船首部をかん合し、全長約152メートルの秋芳被押はしけBB7000(以下「秋芳押船列」という。)を形成し、船首49メートル船尾5.6メートルの喫水をもって、平成8年11月7日21時00分山口県仙崎港を発し、関門海峡、瀬戸内海経由で兵庫県赤穂港に向かった。
A受審人は、船橋当直を2人3組による4時間交代制とし、自らはニ等航海士とともに毎4-8時直に入り、翌8日16時00分釣島水道の手前で当直に就き、二等航海士を操舵に就けて操船の指揮に当たり、日没後は航行中の押船の灯火を、BB7000の船首両舷に舷灯をそれぞれ表示して航行を続け、18時15分来島梶取鼻灯台から249度(真方位、以下同じ。)4.9海里の地点に達したとき、針路を来島海峡航路西口に向く047度に定め、機関を全速力前進にかけ、折からの潮流に乗じて9.3ノットの対地速力で進行した。
18時30分A受審人は、右舷船首3度3.4海里に第一春洋丸(以下「春洋丸」という。)の白、白、緑3灯を初めて視認して続航したところ、同時35分正船首1海里ばかりに緑と白の閃光灯を掲げた漁船を認めたことから、同船を避けるため右転し、同時36分来島梶取鼻灯台から282度2,2海里の地点で針路を070度に転じて進行した。
転針したころA受審人は、春洋丸の灯火を左舷船首11度に見るようになり、レーダーでも同方位1.7海里に認めたことから、注意喚起のため昼間信号灯を数回照射したところ、わずかに右転したように見えたものの、その後同船の方位に明確な変化のないまま、前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近する状況となったが、まだ遠かったので、警告信号を行わないまま続航した。
18時38分A受審人は、春洋丸が避航の気配のないまま、ほぼ同方位1.1海里に接近したのを認め、再び信号灯の照射を繰り返したが、いずれ同船が避けるものと思い、依然、警告信号を行うことなく進行した。
18時40分A受審人は、1,000メートルまで接近した春洋丸の灯火を認あてようやく衝突の危険を感じ、同時40分半右舵一杯とするとともに、信号灯ではしけのハッチカバーを照射して注意喚起を試み、同時42分少し前機関後進としたが及ばず、秋芳押船列は、18時42分来島梶取鼻灯台から298度1.5海里の地点において、120度を向首し、6,0ノットの速力となったBB7000の中央部に、春洋丸が、前方から75度の角度で衝突した。
当時、天候は曇で風力4の北東風が吹き、潮候は上げ潮の中央期で、衝突地点付近には0.7ノットの北東流があった。
また、春洋丸は、鋼材の輸送に従事する船尾船橋型鋼製貨物船で、船長C及びB受審人ほか1人が乗り組み、鋼材約727トンを積載し、船首2.7メートル船尾3.6メートルの喫水をもって、同月8日14時30分福山港を発し、日没後は航行中の動力船の灯火を表示して鹿児島県志布志港に向かった。
出港後船橋当直に就いたC船長は、布刈瀬戸、三原瀬戸を経て大下瀬戸を通過し、18時14分ごろ大下島灯台から216度1,000メートルの地点でB受審人と当直を交代したが、同人は、A海運有限会社の社長である機関長の父親で、長年船長職を務め、当時、甲板長として乗船していたものの、実質的な船長として船内の指揮を執り行っていたことから、当直中の注意事項等の指示をしないまま、降橋して休息した。
当直に就いたB受審人は、針路を野忽那島東端に向首する220度に定めて自動操舵とし、機関を全速力前進にかけ、折からの潮流に抗して8.3ノットの対地速力で進行し、同時24分来島梶取鼻灯台から002度2.7海里の地点で、船首方に漁船の灯火を見かけたことから、針路を210度に転じて続航した。
18時36分B受審人は、来島梶取鼻灯台から330度1.5海里の地点に至り、前示漁船が十分に右舷方にかわったことから、針路を225度に転じたが、そのころ、右舷船首14度1.7海里に、前路を左方に横切る秋芳押船列の白、白、紅、紅4灯を認めることができ、その後方位に明確な変化のないまま衝突のおそれのある態勢で接近する状況となったが、左舷方の推薦航路付近を輻輳(ふくそう)する船舶に気を取られ、見張りを十分に行っていなかったので、このことに気付かず、右転するなどして同船の進路を避けないまま進行した。
B受審人は、その後秋芳押船列が行った数度の発光信号にも気付かないまま続航中、春洋丸は、原針路、原速力のまま前示のとおり衝突した。
衝突の結果、BB7000は、左舷中央部外板に、春洋丸は、船首部及び右舷船尾部外板にそれぞれ凹損を生じたがのち両船とも修理された。

(原因)
本件衝突は、夜間、安芸灘において、両船が互いに進路を横切り衝突のおそれのある態勢で接近中、春洋丸が、見張り不十分で、前路を左方に横切る秋芳押船列の進路を避けなかったことによって発生したが秋芳押船列が、警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
B受審人は、夜間、安芸灘において、単独の船橋当直に就いて航行する場合、前路を左方に横切る秋芳押船列を見落とさないよう、見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、左舷方の推薦航路線付近の輻輳船舶に気を取られ、見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、秋芳押船列の接近に気付かず、同船の進路を避けないまま進行して衝突を招き、自船の船首及び右舷船尾部各外板並びにBB7000の左舷中央部外板にそれぞれ凹損を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
A受審人は、夜間、安芸灘において、船橋当直に就いて航行中、前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近する春洋丸を認め、同船に避航の気配が認められない場合、警告信号を行うべき注意義務があった。しかるに同人は、春洋丸がいずれ避けるもの思い、警告信号を行わなかった職務上の過失により、同船との衝突を招き、同船及びBB7000に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。

参考図






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