日本財団 図書館




1998年(平成10年)

平成10年横審第41号
    件名
油送船清峰丸漁船定丸衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成10年12月16日

    審判庁区分
地方海難審判庁
横浜地方海難審判庁

西村敏和、半間俊士、長浜義昭
    理事官
藤江哲三

    受審人
A 職名:清峰丸船長 海技免状:四級海技士(航海)
B 職名:定丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
清峰丸…右舷後部に凹損
定丸…船首部を大破、船長が頚椎捻挫及び腰部打撲

    原因
清峰丸…横切りの航法(避航動作)不遵守(主因)
定丸…見張り不十分、横切りの航法(協力動作)不遵守(一因)

    主文
本件衝突は、清峰丸が、前路を左方に横切る定丸の進路を避けなかったことによって発生したが、定丸が、見張り不十分で、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
受審人Aを戒告する。
受審人Bを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年4月29日13時20分
千葉県勝浦港東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 油送船清峰丸 漁船定丸
総トン数 1,598トン 4.8トン
全長 89.92メートル
登録長 10.61メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 2,059キロワット
漁船法馬力数 90
3 事実の経過
清峰丸は、可変ピッチプロペラを装備した船尾船橋型油送船で、A受審人ほか10人が乗り組み、京浜港川崎区でC重油2,950キロリットルを積載し、船首5.0メートル船尾6.0メートルの喫水をもって、平成9年4月28日12時35分同港を発し、塩釜港に向かったが、浦賀水道航路が霧のため視界制限状態となったので、14時30分横須賀港第5区に仮泊して視界の回復を待ち、翌29日07時00分同港を発して、目的港に向け航行を再開した。
A受審人は、船橋当直を、次席一等航海士が0時から4時、一等航海士が4時から8時、二等航海士が8時から12時までの4時間3直制とし、各直に操舵手1人をつけて2人で行わせ、港内操船に引き続いて浦賀水道航路での操船に当たり、08時40分同航路を出航したところで、操船を船橋当直者に委ねて降橋した。
12時00分次席一等航海士は、勝浦灯台から217度(真方位、以下同じ。)10.1海里の地点において船橋当直に就き、前直から引き続き針路を060度とし、機関回転数毎分220及び翼角17度の対地速力12.8ノットで、自動操舵により進行していたところ、同時40分ごろA受審人が、同灯台から147度3.8海里の地点において、航海の状況を確認するため昇橋し、そのまま当直者と雑談をしながら在橋していた。
13時10分次席一等航海士は、勝浦灯台から090度7.4海里の地点において、針路を035度に転じて進行していたところ、同時15分同灯台から084度8.1海里の地点に達したとき、船橋前部左舷側にいたA受審人が、双眼鏡により右舷船首28度1.9海里のところに、前路を左方に横切る態勢の定丸を初めて認めたので操船の指揮を引き受け、一見したところ船首の波切りの状態から速力はそれほど速くなく、同船の船首方向を無難に航過できると判断して、自船はそのまま直進することにしたものの、漁船は急に速力を上げたり変針することなどがあるので、その後もその動静を監視しながら続航した。
13時19分A受審人は、勝浦灯台から079.5度8.7海里の地点において、定丸との距離が700メートルになったとき、その方位に変化がなく、ようやく衝突のおそれがあることを知ったが、汽笛信号により自船の存在を知らせて小回りのきく定丸の方に自船を替わさせようとし、汽笛で短音を連続して吹鳴しただけで、直ちに右転するなど避航動作をとることなく、定丸の進路を避けずに進行した。
こうして、A受審人は、定丸の進路を避けないまま続航中、同船に更に接近するに至って衝突の危険を感じ、急いで次席一等航海士を手動操舵につけたが、既に右転による避航の時機を失していたので、衝突による定丸の損傷を少なくするため、左舵一杯に続いて翼角0度としたが、13時20分勝浦灯台から078度8.8海里の地点において、清峰丸は、船首が010度を向いたとき、ほぼ原速力のまま、その右舷後部に定丸の船首が前方から80度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力2の南南西風が吹き、視界は良好であった。
また、定丸は、汽笛を備えていないFRP製漁船で、B受審人が1人で乗り組み、かつお曳縄漁業に従事する目的で、船首0.4メートル船尾1.5メートルの喫水をもって、同月29日02時ごろ千葉県岩和田漁港を発し、同漁港東方約40海里の漁場に向かい、05時ごろ同漁場に到着して操業を始め、魚群を追って西方に移動しながら操業した。
12時30分B受審人は、漁模様が思わしくなかったので、早めに操業を切り上げ、勝浦灯台から085度19.6海里の地点を発進し、岩和田漁港に向け帰途に就き、針路を270度に定め、13.0ノットの対地速力で、自動操舵により進行し、このころ周囲に遊漁船が散在していたので、操舵装置の後方に立って見張りを行い、13時ごろ同遊漁船を替わし終えたところで、操舵室後部の台座の左舷端に腰を下ろし、左舷側壁に背をもたせ掛け、右舷側を向いた姿勢のまま続航した。
13時15分B受審人は、勝浦灯台から079度10.0海里の地点に達したとき、左舷船首27度1.9海里のところに、前路を右方に横切る態勢の清峰丸が存在し、その後その方位に変化がなく、衝突のおそれのある態勢で接近したが遊漁船を替わし終えたころ前路に他船を認めなかったことから、接近する他船はいないものと思い、右舷側を向いた姿勢のまま見張りを続け、左舷側の見張りを十分に行わなかったので、このことに気付かなかった。
こうして、B受審人は、清峰丸力避航動作をとらないまま間近に接近したが、依然としてこのことに気付かず、衝突を避けるための協力動作をとることなく進行中、原針路、原速力のまま前示のとおり衝突した。
衝突の結果、清峰丸は、右舷後部に凹損を生じ、定丸は、船首部を大破したが、のち定丸は修理され、B受審人が、頚椎捻挫及び腰部打撲を負った。

(原因)
本件衝突は、千葉県勝浦港沖合において、両船が互いに進路を横切り衝突のおそれのある態勢で接近中、清峰丸が、前路を左方に横切る定丸の進路を避けなかったことによって発生したが、定丸が、見張り不十分で、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
A受審人は、千葉県勝浦港沖合を北行中、前路を左方に横切る態勢の定丸を認め、その後その方位に変化がなく、衝突のおそれがある態勢で接近していることを知った場合、直ちに右転するなど定丸の進路を避けるべき注意義務があった。しかしながら、同人は、汽笛信号を行って小回りのきく定丸の方に自船を替わさせようとし、定丸の進路を避けなかった職務上の過失により、そのまま進行して衝突を招き、清峰丸の右舷後部に凹損を、定丸の船首部を大破するなどの損傷をそれぞれ生じさせ、B受審人に頸椎捻挫などを負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、操業を終えて千葉県岩和田漁港東方の漁場から同漁港に向けて帰航する場合、接近する他船を見落とさないよう、左舷側の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、散在していた遊漁船を替わし終えたころ、一見して前路に他船を認めなかったことから、接近する他船はいないものと思い、操舵室左舷側壁に背をもたせ掛け、右舷側を向いた姿勢のままで見張りを続け、左舷側の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、左舷前方から接近する清峰丸に気付かず、衝突を避けるための協力動作をとることなく進行して衝突を招き、前示の損傷などを生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION