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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成7年7月13日10時00分 香川県詫間港 2 船舶の要目 船種船名
貨物船つくば 総トン数 1,045トン 全長 80.09メートル 機関の種類
ディーゼル機関 出力 1,471キロワット 3 事実の経過 つくばは、主に台湾と本邦各港間の鋼材輸送に従事する船尾船橋型の鋼製貨物船で、A、B両受審人のほか日本人船員3人とフィリピン人船員10人が乗り組み、鋼材2,630トンを載せ、船首5.15メートル船尾5.40メートルの喫水をもって、平成7年7月8日23時15分(日本標準時、以下同じ。)台湾の高雄港を発し、香川県詫間港に向かった。 同船の主機は、株式会社槇田鐡工所が製造したGSLH637型と称するディーゼル機関で、各シリンダごとに設けられたボッシュ式の燃料噴射ポンプ、電気・空気式の遠隔操縦装置等を備えた直接逆転、圧縮空気始動方式のもので、機側及び操舵室に装備された操縦レバーによって、主機の前後進切替、始動、停止及び速度制御の各操作ができるようになっており、通常の出入港操船においては、燃料油をC重油からA重油に切り替えたうえで、三等航海士が船長の指示によって操舵室で主機の遠隔操作を行っていた。 ところで、同船は、蓄圧が28キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)容量が700リットルの始動用空気槽2本を装備し、1回の始動に要する始動用空気の消費圧は、暖機状態において、3ないし4キロで、同空気槽の圧力が7キロになるまで主機の始動が可能であり、その始動回数は、始動用空気槽1本について10回以上であるが、消費量に応じた補充が自動的に行われることにより、同回数を超えた連続始動が可能であったことから、その使用にあたっては、2本の同空気槽を、適宜、交互に切り替えて主機の始動を行っていた。 一方、主機は、始動完了レベルの設定回転数が毎分60に設定されており、始動にあたり検出器が、この回転数を検知すると電気的に始動空気の供給を遮断し、その後は燃料運転に切り替わるものであるが、この際、経年摩耗により、燃料噴射ポンプのプランジャとプランジャバレルのすき間が増大すると、約280キロに加圧された燃料油の漏油量を増すこととなり、燃料噴射遅れの時間が長くなるとともに始動完了レベルの設定回転数に達するのに時間を要し、また、確実に燃料運転に入ることができず、操縦レバーの操作が、燃料運転となるまで、幾度も繰り返して行われることから、始動空気の補充が追いつかず、しいては始動空気消費量が増加する状態になるものであった。 B受審人は、同6年11月1日から機関長として乗船し、翌12月末日愛媛県今治市のA株式会社に入渠の際、第1種中間検査に立ち会ったほか主機のピストン抜き作業等に従事したものの、燃料噴射ポンプについては、長時間開放整備が行われていなかったが、当時、特に異常を認めなかったことから、その整備を行わないまま出渠した。 こうして、B受審人は、前示就航航路に従事していたところ、同7年5月ごろから、入出港操船の折に主機の発停を繰り返す毎に主機の始動性が低下気味となり、これに伴って始動空気消費量が増大し、また、燃料噴射ポンプからの漏油量が、航海中のC重油において日増しに増大しているのを知り、燃料噴射ポンプのプランジャと同バレルにすき間が増大していることを予見し得る状況にあったが、船長から入出港操船にあたり支障がある旨の報告を受けていなかったことから、当分の間、この状態で機関の運転を続けても運航上差し支えは生じないと思い、同ポンプの点検を行うことなく、同バレルを取り替えるなどの対策をとらないまま主機の運転を続けた。 こうして、同船は、翌々7月13日、06時25分A受審人の指揮のもと来島海峡を航過し終え、09時37分詫間港の出入口である三玉岩灯標から094度(真方位、以下同じ。)470メートルの地点に達したとき、針路を同港の丸一鋼管岸壁(以下「鋼管岸壁」という。)の北西端に向首する166度に定めて操舵を手動とし、機関を5.0ノットの微速力前進にかけて進行した。 09時40分A受審人は、三玉岩灯標から127度730メートルの鋼管岸壁の北西端の手前1,160メートルの地点に達したとき、機関を停止し、その後、船首尾にそれぞれ入港要員を配し、入港準備作業を行わせながら惰力で進行したが入港操船にあたっては、機関を後進にかけるなど、行きあしを調整してきめ細かな操船が要求される状況にあったものの、平素、着岸にあたり、後進にかけたとき始動に支障がなかったことから、今回も大丈夫と思い、機関の後進始動試験を行うことなく、再度機関を微速力前進にかけ、その後数回の機関の発停を繰り返しながら約3.0ノットの平均速力で前示岸壁に向けて進行した。 09時50分A受審人は、鋼管岸壁の北西端から約200メートルに接近し、水深7.5メートルのところに達したとき左舷錨(さげんびょう)を投下し、錨鎖が1節となったとき主機を微速力後進としたところ、主機が空気運転から燃料運転に切り替わらず、その後、数回の後進操作を繰り返すうち始動用空気糟の圧力が空気始動の可能な限界を超えて低下して空気運転が不能の状態となり、このころ3節延出した錨鎖を係止し、直ちに機側で他の空気槽に切り替えたが効なく、左舷錨を引きずりながら惰力前進し、同10時00分三玉岩灯標から154度1,840メートルの鋼管岸壁北西端から195度に向けて延びる同岸壁に166度を向首し、岸壁に対し27度の角度で約1ノットの惰力前進をもって衝突した。 当時、天候は晴で風力2の西風が吹き、潮候は上げ潮の末期であった。 岸壁衝突の結果、つくばは船首部に凹損を、鋼管岸壁の一部に損傷を生じたが、同船の凹損個所及び燃料噴射ポンプは、のち、いずれも修理された。
(原因) 本件岸壁衝突は、香川県詫間港に入港するに際し、主機の後進始動試験が実施されなかったこと及び燃料噴射ポンプの点検が不十分で、同ポンプのプランジャバレルとプランジャのすき間が増大した状態で運転が続けられ、主機の始動性が低下していたことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、香川県詫間港に入港する場合、入港操船にあたっては、機関を後進にかけるなど、行きあしを調整して、きめ細かな操船が要求される状況にあったから、入港に先立ち主機が後進に始動するかどうかを確認することができるよう、主機の後進始動試験を行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、平素、機関を後進にかけたとき支障がなかったことから、今回も大丈夫と思い、主機の後進始動試験を行わなかった職務上の過失により、着岸にあたり主機が後進始動せず、行きあしを調整することができずに岸壁衝突を招き、つくばの船首部に凹損を、岸壁の一部に損傷をそれぞれ生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B受審人は、始動空気の消費量が増大し、燃料噴射ポンプからの燃料油の漏油量が増大して、主機の始動性が低下しているのを認めた場合、同ポンプのプランジャバレルとプランジャのすき間が増大しているおそれがあったから、同ポンプの点検を行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、当分の間、この状態で主機の運転を続けても運航上差し支えは生じないと思い、同ポンプの点検を行わなかった職務上の過失により、プランジャバレルとプランジャにすき間が増大した状態のまま運転を続けて主機の始動性の低下を招き、前示の損傷を生じさせるに至った。 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |