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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年10月23日17時01分 熊本県深海漁港 2 船舶の要目 船種船名 旅客船ガルーダ5号 総トン数
95.13トン 全長 24.00メートル 幅 4.80メートル 深さ
2.30メートル 機関の種類
過給機付4サイクル12シリンダ・ディーゼル機関 出力
882キロワット 毎分回転数 2,180 3 事実の経過 ガルーダ5号は、昭和54年10月に進水し、航行区域を限定沿海区域とした一層甲板型のFRP製旅客船で、甲板上の大部分を占める客室の上方中央部に操舵室を設け、船体中央から後方の甲板下に長さ約5.8メートル幅約4.7メートル高さ約2.0メートルの防熱壁で囲まれた機関室を配置し、客室の中央左舷側に機関室出入口を、機関室の中央部に長さ約2.8メートル幅約1.4メートル高さ約1.4メートルの主機を、主機の後方右舷側寄りにディーゼル機関駆動の発電機を、機関室前部隔壁面に主機計器盤、主配電盤等を、操舵室の前部に主機の遠隔操縦レバー、計器盤等を、船首甲板下及び船尾甲板下の各倉庫に重量40キログラムのダンホース型錨をそれぞれ備え、平素係留されていたところ、熊本県の牛深港と水俣港との間の定期旅客輸送を1日4便行う僚船の入渠整備に伴い、B、A両受審人のほか甲板員1人が乗組み、僚船の代船として、平成9年10月21日から両港間の定期旅客輸送に従事するようになった。 ところで、主機は、ドイツ連邦共和国のMTU社が昭和54年1月に製造した12V331型と称するV型ディーゼル機関で、減速逆転機と操舵用油圧ポンプを付設し、両シリンダ列の間のV字形となった隙間の前部に、12シリンダ一体となったボッシュ式の燃料噴射ポンプを取付け、同ポンプの上部から各シリンダの頭部に燃料噴射管を導き、同ポンプの前端に停止装置の本体を、後端にガバナーをそれぞれ接続し、機関室または操舵室に備えられた主機計器盤上の停止ボタンを押すと、停止装置本体の上方に設けられた電磁弁が作動し、同ポンプの燃料吐出量をゼロにするようになっていたが、何らかの原因で停止ボタンによる主機の停止が不能となった場合に備え、停止装置本体の右舷側に非常停止レバーを取付けてあった。なお、同レバーは、長さ約10センチメートル(以下「センチ」という。)幅約2センチ厚さ約0.2センチの鉄板製で、常時前方に倒れており、回転数毎分約850の中立運転時に同レバーを用いて主機を停止しようとする際は、主機の右舷側から手を差伸べ、手探りで同レバーを垂直位置より30度ばかり後方に傾ける必要があった。 一方、B受審人は、昭和38年A株式会社(以下「A社」という。)に機関長として入社し、本船に進水時から乗組んで主機の取扱いにあたり、主機の発停は通常機関室で行うことに決め、停止ボタンの操作に何ら支障がなく、わざわざ扱いにくい非常停止レバーを操作する必要はなかったが、同55年11月の中間検査時に、同レバーを容易に操作できるようにしようと思い、同レバーの先端部にひもを付け、このひもを引くことによって同レバーを操作できるようにし、以後、同レバーによる主機の停止を随時行うというように、主機停止装置を適切に取扱うことなく、傷んだひもを針金に取替えるなどしていた。 越えて平成元年6月B受審人は、定年となって退職したものの、その後も時折A社から依頼されて主機の開放検査に立会ったり、自分の後任者の指導にあたったりしているうち、同9年6月嘱託の機関長としてA社に改めて雇われ、同年10月21日本船に乗組んだところ、非常停止レバーに直径1.6ミリメートル長さ約55センチの銅線が接続されたうえ、その端末に、同径のステンレス鋼線製で二重の輪を有し、全長約15センチの作りとなった取っ手が接続され、取っ手部分がガバナーの上に置かれ、銅線の下にウエスが敷かれていたことから、後任の機関長も以前の自分と同様に主機停止装置を取扱っていたと判断した。 また、A受審人は、昭和44年A社に甲板員として入社し、同54年から臨時の船長職をとるようになり、本船には就航以来断続的に乗船していたところ、平成9年10月21日改めて本線に臨時の船長として乗組み、従来同様、入渠時以外ほとんど使用することのない錨は、錨索から外した状態で倉庫内に収納したままとし、入港着桟の際は、着桟地点の少し手前で主機をいったん後進にかけて行きあしをほとんど止め、あと少し前進して着桟するという方法をとりながら、順調に運航を繰返していた。 こうして本船は、同月23日早朝から両受審人と甲板員1人が乗組み、主機と発電機を始動して当日の運航を開始し、第1便から第3便までを何ら支障なく済ませ、当日の最終便として旅客3人を乗せ、船首船尾とも0.80メートルの喫水をもって、操舵室でA受審人が操船にあたり、16時40分定刻どおり主機を後進にかけ、入船左舷付けとしていた牛深港の桟橋を離れたのち、次の寄港地である深海漁港に向け、主機の回転数を毎分約2,000とし、21ノットの速力でもって長島海峡を北上した。 牛深港発航後、A受審人の隣に座って主機計器盤の監視や見張りの補助にあたっていたB受審人は、深海漁港入航前に機関室内の清掃をしようと思い、16時50分ごろ同室内に入って見回りしたのち、油漏れの有無などを点検しながら主機や発電機を清掃していたところ、主機の回転数が次第に低下して微速力となったので、着桟間近になったことを知り、機関室を出て船尾甲板上の配置についたが、主機の上部をウエスでふき掃除した際、無意識のうちに非常停止レバーに接続された銅線を後方に引っ張り、同銅線の取っ手が燃料噴射管に引っ掛って、同レバーが垂直位置より少し後方に傾いたままとなったことに気付いていなかった。 これより先A受審人は、16時59分深海港7号防波堤灯台から118度(真方位、以下同じ。)630メートルの地点に達したとき、減速を開始し、いつものように主機の回転数を徐々に下げながら、甲板員を船首甲板上の配置につけ、同灯台の南方で大きく右転したのち、17時00分半同灯台から014度38メートルの地点で8.5ノットばかりの速力となったとき、主機を中立運転とし、惰力で進行しつついったん左転して入船左舷付け予定の桟橋に向け、間もなく少し右舵をとって続航中、同時01分少し前操舵室が桟橋の南端に並航したとき、前進行きあしを止めようと主機を後進にかけたものの、主機が後進運転とならず、桟橋との衝突を避けようとして右舵一杯としようとしたところ、操舵輪の動きが極めて固く、主機の回転計を見て主機が停止しているのに気付き、船尾甲板上のB受審人に主機が停止した旨を伝えて間もなく、甲板員が係留索を防舷材代わりに船首から垂らそうとしているうち、17時01分船首が約028度を向いたとき、深海港7号防波堤灯台から014度135メートルの桟橋付根の岸壁に、残速力3ノットでもってほぼ直角に衝突した。 当時、天候は晴で風力2の北東風が吹き、潮候は下げ潮の中央期であった。 A受審人から主機が停止したと知らされたB受審人は、直ちに機関室に赴き、主機各部を点検したところ、非常停止レバーが垂直位置より少し後方に傾いているのを発見し、中立運転のままでは支障がなかったものの、燃料噴射ポンプの燃料吐出量が大幅に制限されていたため、主機が後進にかからないで停止したものと気付き、前示取っ手の引っ掛りを直して主機を始動し、運航に従事した。 岸壁衝突の結果、岸壁や人身に損害はなかったが、船首端上部に破口を生じて後日修理され、その後B受審人は、非常停止レバーに接続されていた銅線を取外し、A受審人は、着桟時の主機後進を早目に行うようにするとともに、船尾甲板上に錨索をつないだ錨を常時備えたが、船首甲板上については、係留作業に支障を及ぼすので、倉庫内に錨を収納したままとした。
(原因) 本件岸壁衝突は、主機停止装置の取扱いが不適切で、熊本県深海漁港へ入航中、主機燃料噴射ポンプの燃料吐出量が著しく制限された状態となり、桟橋着桟のために、主機を中立運転から後進運転にしようとしたところ、主機が停止し、前進行きあしを止められないまま進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為) B受審人は、新造船の機関長として主機の取扱いにあたる場合、自らの取扱い方法に格別の支障がなければ、その方法を後任者が継承することに容易に察せられ、かつ、主機の停止装置に関しては、何らかの原因で計器盤上の停止ボタンによる主機の停止が不能となったときに、非常停止レバーによって主機を停止するようになっていたのであるから、通常の主機停止は停止ボタンによって行うというように、同装置を適切に取扱うべき注意義務があった。しかるに、同人は、非常停止レバーが主機の上部隙間にあって操作しにくいことから、同レバーを容易に操作できるようにしようと思い、同レバーにひもや針金を接続して同レバーによる主機の停止を随時行うなど、主機停止装置を適切に取扱わなかった職務上の過失により、同人が下船後も非常停止レバーによる主機停止が随時行われ、同人が復船して熊本県深海漁港へ入航するにあたり、主機の上部を清掃点検中、同レバーに接続されていた銅線の取っ手が燃料噴射管に引っ掛って燃料噴射ポンプの燃料吐出量が著しく制限された状態となり、操舵室で主機を中立運転から後進運転としようとしたものの、同ポンプが主機を後進とするに必要な燃料を吐出できないで主機が停止し、前進行きあしを止められないで岸壁との衝突を招き、船首端上部に破口を生じさせるに至った。 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。 |