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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成8年5月31日00時25分 山口県平郡水道 2 船舶の要目 船種船名 油送船第弐拾壱一洋丸
貨物船第十六金生丸 総トン数 199トン 198トン 全長 48.00メートル 登録長
49.71メートル 機関の種類 ディーゼル機関
ディーゼル機関 出力 735キロワット
514キロワット 3 事実の経過 第弐拾壱一洋丸(以下「一洋丸」という。)は、主に山口県岩国港と九州各港との間のガソリン等の輸送に従事する船尾船橋型油タンカーで、A受審人及びB指定海難関係人ほか2人が乗り組み、空倉のまま、船首0.6メートル船尾2.5メートルの喫水をもって、平成8年5月30日14時20分福岡県博多港を発し、関門海峡を経由して岩国港に向かった。 ところでA受審人は、船橋当直を同人、他の甲板員及びB指定海難関係人の3人で、4時間交代の単独輪番制で行うこととしており、B指定海難関係人に対しては乗船経歴及び船橋当直経験が長く操船に信頼がおけると思い、当直中の狭視界時の報告の指示はしていたものの、厳重な見張りを行うよう指示することも、また、他船が接近する状況を認めたとき報告を行うよう指示することもなく同人に船橋当直を行わせていた。 こうしてA受審人は、発航港操船に引き続いて船橋当直に当たり、関門海峡通過後の同日20時00分ごろ降橋するに際し、次直者に対して、厳重な見張りを行い、また、前示報告を行うように申し継ぎするよう指示することなく、他の甲板員に当直を引き渡した後、自室で休息をとることとした。 その後B指定海難関係人は、23時00分ごろ周防灘の姫島北東方海域で、何ら引継事項なく、前直の甲板員から当直を引き継いで船橋当直に就き、翌31日00時07分少し過ぎ天田島灯台から141度(真方位、以下同じ。)0.90海里の地点で、針路を051度に定め、機関を全速力前進にかけ、11.0ノットの対地速力で、航行中の動力船の灯火を表示して自動操舵により進行した。 B指定海難関係人は、舵輪の後方に立って、見張りに当たっていたところ、00時15分左舷船首5度3.5海里ばかりの上関海峡の東方に白・白・緑の3灯を表示した第三船を認め、その後明確な方位変化なく接近する同船を監視しながら続航した。 00時19分B指定海難関係人は、天田島灯台から074度2.36海里の地点に達したとき、ほぼ正船首2海里のところに第十六金生丸(以下「金生丸」という。)の表示する白・白・紅の3灯を視認し得る状況にあり、その後約350メートル離れて互いに左舷を対して無難に航過する状況であったものの、前示第三船の動静に気を奪われて、正船首方の見張りを十分に行うことなく、金生丸に気付かずに進行した。 B指定海難関係人は、00時22分わずか過ぎ天田島灯台から069度2.90海里の地点で、前示第三船と右舷を対して航過することとしたが、依然、見張りを十分に行わなかったので、金生丸に気付かず、同船と左舷船首6度1,760メートルに接近したとき、21度左転して続航したため、その後同船と明確な方位変化なく接近するようになり、金生丸と新たな衝突のおそれを生じさせたが、A受審人に報告して操船の指揮を仰ぐことなく、一洋丸は、速やかに機関を後進にかけるなど同船を避けるための措置がとられないまま続航した。 B指定海難関係人は、00時24分半ごろ右舷方近距離に迫った金生丸の発光信号及び紅色舷灯を認め、驚いて機関停止続けて全速力後進としたが及ばず、一洋丸は、00時25分天田島灯台から063.5度2.90海里の地点で、ほぼ原針路を向首したその右舷船首が、金生丸の左舷後部に後方から約80度の角度で衝突した。 当時、天候は曇で風はほとんどなく、潮候は下げ潮の末期で、潮流はほとんどなかった。 自室で休息していたA受審人は、後進発動した機関の振動で目覚め、直ちに昇橋し、金生丸と衝突したことを知り、事後の措置に当たった。 また、金生丸は、主に瀬戸内海各港間の鋼材輸送に従事する船尾船橋型鋼製貨物船で、C受審人及びD指定海難関係人の2人が乗り組み、便乗者1名及び鋼材300トンを載せ、船首1.8メートル船尾2.8メートルの喫水をもって、同月29日14時00分神戸港を発し、翌30日02時00分岡山県笠岡市の大飛島に食料補給と休養とを兼ねて寄港し、同13時00分同島を発って山口県長府に向かった。 ところでC受審人は、船橋当直を同人とD指定海難関係人との1人で適宜交代して行うこととし、荒天時や船舶のふくそう時等には報告するよう指示していたが、同人とは、長年一緒に乗船して単独の船橋当直を行わせていたことから、大丈夫と思い、当直中他船が接近する状況を認めたとき報告するよう指示することなく、同人に船橋当直を行わせていた。 D指定海難関係人は、23時00分ごろ山口県沖家室島沖合で、船橋当直に就き、翌31日00時00分わずか前舵掛岩灯標から092度1.55海里の地点に達したとき、針路を237度に定め、機関を全速力前進にかけ、9.5ノットの対地速力で、航行中の動力船の灯火を表示して自動操舵により進行した。 00時18分半舵掛岩灯標から209度1.86海里の地点で、D指定海灘関係人は、左舷船首6度2.16海里のところに一洋丸の表示する白・白・紅・緑の4灯を初認し、左舷を対して航過することとし、針路を240度に転じて続航した。 D指定海難関係人は、00時22分わずか過ぎ一洋丸と左舷船首15度1,760メートルに接近したとき、同船が左転して、その後明確な方位変化なく接近し、新たな衝突のおそれを生じさせたことを知ったが、一洋丸を船首左方に視認していたことから、やがて同船が右転して避航するものと思い、船橋内後部の簡易ベッドの上で横になって休息していたC受審人にこのことを報告して操船の指揮を仰ぐことなく、金生丸は、警告信号が行われず、機関を後進にかけるなど同船との衝突を避ける措置がとられないまま進行した。 D指定関係人は、00時24分半ごろ左舷船首近距離に迫った一洋丸を認め、ようやく衝突の危険を感じ、操船信号のつもりで船橋前面両舷側に設置してあった作業灯を数秒間点灯すると共に、機関を停止し、手動操舵に切り替えて右舵一杯としたが及ばず、金生丸は、船首がほぼ310度を向いて、前示のとおり衝突した。 船橋内後部簡易ベッドで休息していたC受審人は、衝突の衝撃で起き上がり、一洋丸と衝突したことを知り事後の措置に当たった。 衝突の結果、一洋丸は右舷船首部外板に凹損を生じ、金生丸は左舷後部外板に亀裂を伴う凹損を生じたが、のち両船とも修理された。
(原因) 本件衝突は、夜間、平郡水道において、東行中の一洋丸が、無難に航過する態勢の金生丸に対し、見張り不十分で、第三船を避航しようとして左転し、金生丸と新たな衝突のおそれを生じさせたうえ、同船を避けなかったことによって発生したが、西行中の金主丸が、一洋丸に対し警告信号を行わず、同船との衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。 一洋丸の運航が適切でなかったのは、船長が、当直者に対し厳重な見張りを行うよう、また、他船が接近する状況を認めたとき報告を行うよう指示が十分でなかったことと、当直者が、厳重な見張りを行わなかったこととによるものである。 金生丸の運航が適切でなかったのは、船長が、当直者に対し他船が接近する状況を認めたとき報告するよう指示が十分でなかったことと、当直者が、船長に前示状況を報告しなかったこととによるものである。
(受審人等の所為) A受審人は、夜間、平郡水道を東行するに当たり、無資格者に船橋当直を行わせる場合、厳重な見張りを行うよう、また、他船が接近する状況を認めたとき報告を行うよう指示すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、当直者の乗船経歴及び船橋当直経験が長く、同人の操船に信頼がおけると思い、厳重な見張りを行うよう、また、他船が接近する状況を認めたとき報告を行うよう指示しなかった職務上の過失により、自ら操船の指揮に当たることができず、同船を避けることができないまま進行して衝突を招き、一洋丸の右舷船首部外板に凹損及び金生丸の左舷後部外板に亀裂を伴う凹損を生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 C受審人は、夜間、平郡水道を西行するに当たり、無資格者に船橋当直を行わせる場合、他船と接近する状況を認めたとき報告するよう指示すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、長年一緒に乗船して単独の船橋当直を行わせていたことから、大丈夫と思い、他船が接近する状況を認めたとき報告するよう指示しなかった職務上の過失により、自ら操船の指揮に当たることができず、一洋丸に対し警告信号を行うことも、同船との衝突を避けるための措置をとることもできないまま進行して衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。 以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B指定海難関係人が、夜間、平郡水道を単独の当直に就いて東行中、金生丸を見落とすことのないよう、厳重な見張りを行わなかったことは、本件発生の原因となる。 B指定海難関係人に対しては、勧告しない。 D指定海難関係人が、夜間、平郡水道を単独の当直に就いて西行中、一洋丸が接近する状況を船長に報告しなかったことは、本件発生の原因となる。 D指定海難関係人に対しては、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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