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1998年(平成10年)

平成8年広審第96号
    件名
遊漁船第二日吉丸漁船松栄丸衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成10年3月20日

    審判庁区分
地方海難審判庁
広島地方海難審判庁

畑中美秀、上野延之、黒岩貢
    理事官
喜多保

    受審人
A 職名:第二日吉丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
日吉丸…右舷船首部にペイント剥離
松栄丸…船尾が圧壊してのち廃船処分、操縦者は、海中に転落、のち溺水のため死亡

    原因
日吉丸…見張り不十分、船員の常務(避航動作)不遵守(主因)
松栄丸…見張り不十分、船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

    主文
本件衝突は、第二日吉丸が、見張り不十分で、漂泊中の松栄丸を避けなかったことによって発生したが、松栄丸が、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
受審人Aの一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成7年8月13日06時44分
島根県沖合
2 船舶の要目
船種船名 遊漁船第二日吉丸 漁船松栄丸
総トン数 6.21トン 0.68トン
全長 14.50メートル
登録長 6.15メートル
機関の種類 ディーゼル機関 電気点火機関
出力 180キロワット
漁船法馬力数 30
3 事実の経過
第二日吉丸(以下「日吉丸」という。)は、平日は専らいか一本釣り漁に、土曜日と日曜日は遊漁船業に従事するFRP製の小型遊漁兼用漁船で、A受審人が1人で乗り組み、船首0.30メートル船尾1.00メートルの喫水をもって、平成7年8月13日06時島根県魚瀬(おのぜ)漁港を発し、途中、恵曇(えとも)漁港に寄って岸壁で待ち合わせていた釣り客4人を船尾甲板に乗せ、同時30分同漁港を出発し、ほぼ6海里西方牛ノ首沖合の釣り場に向かった。
A受審人は、06時32分半恵曇港北沖防波堤灯台から180度(真方位、以下同じ。)50メートルばかりの地点で、同防波堤突端を替わったところで、針路を魚瀬漁港沖合の二ツ岩のほぼ北端に向首する263度に定めて手動操舵とし、機関を毎分2,300回転の全速力にかけて13ノットの対地速力で進行した。
ところで、魚瀬漁港の沖合は、陸岸から順に烏帽子岩、カブ島及び二ツ岩が北に向って並び、航行船舶の格好の陸標となっていたばかりでなく、二ツ岩の沖合約200メートルには海中に没した暗礁があったので、同暗礁と二ツ岩の間に狭い水路が形成され、沿岸航行船舶の常用通航路とされていた。また、烏帽子岩、カブ島及び二ツ岩は陸岸近くであったので、釣り船の集まる釣りのポイントでもあった。
06時43分A受審人は、カブ島のほぼ20メートル沖合に漂泊していた松栄丸を正船首に見て400メートルにまで接近する状況となったが、同船の船体は黒色であったうえ、高さは水面上約50センチメートルしかなかったので、前方を一瞥(いちべつ)したもののこれを見落とし、前方に釣り船などはいないものと気を許し、左右の釣り船に気をとられて前方の見張りを行わず、同時43分半松栄丸に200メートルにまで接近したが、依然としてこれに気づかないまま同船を避けずに続航中、06時44分恵曇灯台から243度2.8海里ばかりの地点において、日吉丸は、原針路・原速力のままその船首が松栄丸の右舷船尾に左舷後方から20度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は下げ潮の中央期であった。
また、松栄丸は、船尾に船外機を備え、一本釣り及び採海藻漁業に従事する無甲板で、4本のつわりと称する横材を船首尾にわたってほぼ等間隔に備えた和船型木造船で、B(昭和26年6月27日生)が父親の所有する同船を借りて家族レジャーを楽しむため操縦者として長男と2人で乗り込み、船首尾ともほぼ0.30メートルの等喫水をもって、05時30分ごろ魚瀬漁港の船だまりを発し、沖合の烏帽子付近の岩場の釣りのポイントに向かった。
B操縦者は、海技免状を受有していなかったが、中学校卒業以来、貨物船や恵曇漁港の底引き網漁船に乗り組み、海上の履歴も長く、父親とともにA漁業協同組合の加盟員でもあり、時折、松栄丸に乗船して魚瀬漁港の沖合に出掛けて魚釣りをするなど、同船の操船及び船外機の取り扱いについては十分に慣れていた。
B操縦者は、カブ島北東方沖合に達したあと最初の釣り場から移動し、カブ島の北方20メートルばかり沖合の前示衝突地点に至って漂泊を開始し、船酔いの長男を中央部に寝かせ、折からの潮で船首を243度に向けて左舷後部で手釣りにあたっていたところ、06時43分右舷船尾20度400メートルばかりから日吉丸が自船に向首したまま接近していたが、釣りに熱中してこれに気づかず、機関を始動して移動するなど衝突を避けるための措置をとらないまま釣りを続けているうち、同時44分少し前至近に迫った日吉丸にやっと気づき、甲板に立って手を振って大声をあげて注意喚起をしたが効なく、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、日吉丸は、右舷船首部にペイント剥離を生じたのみであったが、松栄丸は船尾が圧壊してのち廃船処分にされ、衝突時の衝撃でB操縦者は、海中に転落したあと日吉丸に引き揚げられて病院に運ばれたものの、のち溺水のため死亡した。

(主張に対する判断)
1 松栄丸の錨の状況
日吉丸側は、松栄丸は衝突当時錨泊中ではなく、漂泊中であった旨の、一方、松栄丸側は、錨泊中であった旨の相反する主張があるのでこれについて検討する。
Cに対する質問調書中、衝突当時松栄丸はどんぶり錨と称して4〜5キログラムの岩にロープを結び付けてこれを錨に使用し、父のBが衝突の前に海中に投入した、錨索の端は右舷側の船首から3番目のつわりにとった旨の供述記載があるが、松栄丸を実際に救助したDに対する供述調書写中、松栄丸を曳航(えいこう)中、とんぶり錨は同船の船首部に置かれていたのを目撃したから、当時、使用されていなかったものと思う旨の供述記載がある。
これに対してE証人に対する尋問調書中、どんぶり錨は2個松栄丸に積み、当時は船尾側に置かれていた方のみが使用されていたと思う、船尾のどんぶり錨は私が海藻類を採り入れる際、箱眼鏡を使用するときに手元に置いて便利なのでよく使用していた旨の供述記載がある。
ところが、Cに対する供述調書写中には、父はどんぶり錨を当時海中に投入していない旨の供述記載もある。
そこで、松栄丸がどんぶり錨を実際に使用していたと仮定すれば、次の2点の疑問が生ずることとなる。まず、日吉丸側補佐人指摘のように、松栄丸のような小型の木造漁船に2個の錨を積み込んでいることは不自然である。次に、潮候は当時は下げ潮中央期で、潮流はDに対する供述調書写中、南西から北東に向かって流れていた旨の供述記載があり、この二つは事実に則していると認められるので、このまま採れば、衝突時の松栄丸の船首方向に疑問が生ずる。つまり、松栄丸の錨索端の固定箇所については、Cに対する質問調書中、右舷中央よりやや船尾寄りである旨の供述記載があるので、船首が潮流に立つことはなく、むしろ南東方に向くことになり、衝突角度から求めた松栄丸の船首方向とは著しく異なる。したがって、錨使用に関する松栄丸側の主張は措信できず、同船は当時漂泊中であったものとするのが相当である。
2 両船の避航動作
本件は日吉丸の見張り不十分で漂泊していた松栄丸を避けなかったことによって発生したことは明らかであるが、日吉丸側とすれば、衝突地点は岩礁と暗礁の間の漁船などの交通が輻輳(ふくそう)する通航路であるので、松栄丸側にも衝突を避けるための措置をとる注意義務があったのではないかとする主張がある一方、松栄丸側としては、岩礁の付近で釣り船などの集まるところであるから、日吉丸側に一方的に松栄丸を避航する義務がある旨の主張をしているので、以下検討する。
本件の衝突地点付近の地形は、日吉丸側及び松栄丸側両者とも認めるように、小型漁船の通航路であると同時に、釣り船が集まる釣りのポイントでもある。したがって、衝突地点は岩礁からわずか20メートルしか離れていないところであったものの、航行船が漂泊船を避航することは当然ながら、漂泊船も切迫した衝突の危険に遭遇した場合、衝突防止の措置を講ずる注意義務があるといえる。
衝突地点付近及び松栄丸の機関始動状態については、Fに対する供述調書写中、静かなところで接近する漁船の機関音はよく聞こえる、松栄丸の船外機は15秒もあれば始動できる旨の供述記載があること、松栄丸に関する実況見分調書写中、同船の燃料タンクのコックはオープンの位置になっていた旨の記載があること、Bについては、E証人に対する尋問調書中、Bは海技免状を受有していなかったが、機関を始動する技量は十分にあった旨の供述記載があることから、松栄丸は、Bに免状がなかったことを責める向きもあるが、衝突を避けるための措置は十分にとることができる状況にあったものと認めるのが相当である。

(原因)
本件衝突は、島根県魚瀬漁港の沖合において、西行中の日吉丸が、見張り不十分で、漂泊していた松栄丸を避けなかったことによって発生したが、松栄丸が、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
A受審人は、釣り客を乗せて釣り場に向け海岸に沿って航行中、海岸から張り出た岩礁群と沖合の暗礁との間を通り抜けようとした場合、岩礁付近で漂泊していた松栄丸を見落とすことのないよう、前方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、岩礁に近づく手前で前方を一瞥した折、前路に漁船をたまたま見かけなかったことに気を許し、左右の漁船に気をとられ、前方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、松栄丸に気づかないまま進行して同船との衝突を招き、松栄丸の後部に損傷を生じさせたほか、同船に乗り込んでいたBを海中に転落せしめ、溺水・死亡させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

よって主文のとおり裁決する。

参考図






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