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1998年(平成10年)

平成9年神審第69号
    件名
貨物船第十八千代丸貨物船第三大洋丸衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成10年3月19日

    審判庁区分
地方海難審判庁
神戸地方海難審判庁

工藤民雄、佐和明、長谷川峯清
    理事官
坂爪靖

    受審人
A 職名:第十八千代丸船長 海技免状:五級海技士(航海)(旧就業範囲)
B 職名:第三大洋丸船長 海技免状:五級海技士(航海)
    指定海難関係人

    損害
千代丸…船首部ブルワークに凹損及び同部ハンドレールに曲損
大洋丸…左舷船首部外板に凹損

    原因
千代丸…港則法の航法(右側通行)不遵守

    主文
本件衝突は、第十八千代丸が、航路の屈曲部で第三大洋丸と行き会う状況となった際、航路の右側に寄らず、斜航してその左側に進出したことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年11月14日14時30分
高知県高知港
2 船舶の要目
船種船名 貨物船第十八千代丸 貨物船第三大洋丸
総トン数 455.32トン 198.33トン
登録長 60.89メートル 49.71メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 735キロワット 625キロワット
3 事実の経過
第十八千代丸(以下「千代丸」という。)は、船尾船橋型の鋼製貨物船で、A受審人ほか3人が乗り組み、石膏(せっこう)850トンを載せ、船首2.88メートル船尾3.91メートルの喫水をもって、平成8年11月12日13時00分愛媛県西条港を発し、高知県高知港に向かう航行の途、台風避難のため大分県佐伯港に寄せて避泊待機したのち、翌々14日03時00分同港を発進し、目的地に向かった。
A受審人は、同日06時ごろ宿毛湾南部で昇橋して単独の船橋当直に就き、その後土佐湾を北上し、14時ごろ高知港外に至り、高知灯台から110度(真方位、以下同じ。)1.2海里の地点において、桂浜信号所の指示で漂泊待機したのち、同時07分漂泊地点を発し、同港奥に向けて進行した。
ところで、高知港は、港口が東方に向かって開き、水路が港口から西方に約1海里入り込んだところで大きく屈曲して北方に延びており、水路に沿って航路が港口から港奥まで約3海里にわたって設定され、航路標識によって明示されていた。水路屈曲部北岸の種崎付近では陸地により見通しが妨げられ、航路が同崎をつけ回すように二度大きく屈曲していて、屈曲点付近には航路の東側境界線を示す高知港第4号灯浮標(以下、高知港灯浮標については「高知港」を省略する。)と第6号灯浮標がそれぞれ設置されていた。
A受審人は、本船に乗船して6箇月余りで、月1回ほどの割合で高知港に出入港しており、発進後、一等航海士と一等機関士を船首に、また機関長を船尾にそれぞれ配置して着岸準備に当たらせ、自らは操舵室の舵輪後方で1人で操舵と見張りに当たった。
14時20分少し過ぎA受審人は、航路に入り、同時22分少し前高知港防波堤灯台から277度850メートルの地点で、針路を航路に沿う254度に定め、機関を半速力前進にかけ、6ノットの対地速力で、航路の中央からやや右側を西行した。
A受審人は、14時26分半第4号灯浮標の100メートル手前で、高知港浦戸導流堤灯台から345度140メートルの地点に差し掛かったとき、針路を航路に沿うよう299度に転じ、航路の右側に寄って続航した。
その後、A受審人は、第4号灯浮標を右舷側に通過し、14時27分少し過ぎ高知港御畳瀬(みませ)防波堤灯台から128度690メートルの地点に達したとき、種崎の陸岸の陰から現れた第三大洋丸(以下「大洋丸」という。)を右舷船首37度800メートルに初めて視認し、間もなく南下する大洋丸と航路の屈曲部で行き会う状況であることを知った。
14時27分半A受審人は、機関の回転数を少し落とし、5ノットの対地速力に減じ、大洋丸が航路の左側を南下しているように見えたことから、同船と右舷を対して航過すればよいと思い、同時28分半ごろ航路屈曲点に差し掛かったものの、速やかに右転して航路の右側に寄って航行することなく、299度のまま航路を斜航してその右側から左側に進出した。
14時29分半A受審人は、大洋丸が右舷前方150メートルに接近したとき、同船が自船の前路に迫ってくるので、ようやく衝突の危険を感じ、急ぎ右舵一杯、次いで機関を全速力後進としたが及ばず、14時30分高知港御畳瀬防波堤灯台から143度250メートルの地点において、千代丸は、ほぼ原針路のまま、約2.5ノットの惰力をもって、その船首が大洋丸の左舷船首部に前方から69度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力2の西風が吹き、潮候は上げ潮の初期であった。
また、大洋丸は、専ら高知港と大阪港との間で石灰や雑貨の輸送に従事する船尾船橋型の鋼製貨物船で、B受審人ほか2人が乗り組み、石灰200トンを載せ、船首1.60メートル船尾3.30メートルの喫水をもって、同日14時05分高知港第1ふ頭を発し、大阪港に向かった。
B受審人は、月10回ほどの割合で高知港に出入港しており、発航後、操舵室の舵輪後方で1人で操舵と見張りに当たり、14時09分半少し過ぎ第13号灯浮標から030度70メートルの地点を通過して航路に入ったとき、針路を184度に定め、機関を半速力前進にかけ、6ノットの対地速力で、航路に沿って南下した。
14時26分半少し前、B受審人は、高知港御畳瀬防波堤灯台から028度520メートルの地点を通過したとき、針路を航路に沿うよう少し転じて188度とし、航路の右側境界線寄りに進行した。
B受審人は、14時27分少し過ぎ高知港御畳瀬防波堤灯台から037度360メートルの地点に達したとき、種崎の陸岸の陰から現れて西行する千代丸を左舷船首32度800メートルに初めて視認し、間もなく同船と航路の屈曲部で行き会う状況であることを知った。
その後、B受審人は、自船が航路の中央から右側に寄って進行しているので、千代丸が航路の屈曲点に差し掛かったら右転して航路の右側に寄るものと思っていたところ、14時29分少し過ぎ同船が左舷前方220メートルに接近して航路の中央付近に達したのに、右転の気配がみられず航路の左側に進出する態勢となったことから、衝突の危険を感じ、警告信号を行ういとまもなく、直ちに機関を全速力後進としたが及ばず、大洋丸は、原針路のまま、ほとんど行きあしがなくなって前示のとおり衝突した。
衝突の結果、千代丸は船首部ブルワークに凹損及び同部ハンドレールに曲損を生じ、大洋丸は左舷船首部外板に凹損などを生じたが、のちいずれも修理された。

(原因)
本件衝突は、両船が高知港の航路を航行中、航路の屈曲部で行き会う状況となった際、千代丸が、右転して航路の右側に寄らず、斜航してその左側に進出したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
A受審人が、高知港の航路をこれに沿って西行中、航路の屈曲部付近に差し掛かり、北側の陸岸の陰から現れて南下する大洋丸を認め、これと航路内で行き会う状況であることを知った場合、航路の東側境界線を示す航路標識を目標に、速やかに右転して航路の右側に寄って航行すべき注意義務があった。ところが、同人は、大洋丸が航路の左側を南下しているように見えたことから、同船と右舷を対して航過すればよいものと思い、航路の右側に寄って航行しなかった職務上の過失により、航路を斜航して右側から左側に進出し大洋丸と衝突を招き、千代丸の船首部ブルワークに凹損と同部ハンドレールに曲損並びに大洋丸の左舷船首部外板に凹損などをそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人の所為は、本件発生の原因とならない。

よって主文のとおり裁決する。

参考図






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