|
(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成8年11月24日15時10分 高知県宿毛湾 2 船舶の要目 船種船名 漁船東洋丸
プレジャーボート羽多丸 総トン数 2.07トン 全長 9.90メートル 6.17メートル 機関の種類
ディーゼル機関 電気点火機関 出力 29キロワット 漁船法馬力数 50 3 事実の経過 東洋丸は、タイやフグなどの生簀(いけす)養殖漁業に従事する、船尾に操縦台が配置された木造漁船で、A受審人が1人で乗り組み、生簀修理の目的で、船首0.20メートル船尾0.80メートルの喫水をもって、平成8年11月24日07時00分基地である高知県宿毛市小筑紫町栄喜(さかき)漁港を発し、同時30分生簀を設置してある同県幡多郡大月町安満地(あまじ)漁港に至り、同修理作業を行ったのち、14時45分同漁港を発進し、基地に向けて帰途についた。 ところで、A受審人は、前示漁業に2年間ばかり従事しており、両漁港間の地形、水深、定置漁具の設置状況などをよく知っており、いつも沿岸を往復していたが、東洋丸が全速力で航行すると船尾トリムが大きくなって船首が浮き上がり、操舵位置から正船首左右にそれぞれ約7度の死角を生じて前方の見通しが妨げられるところから、全速力で航行するときには、船首を左右に振って死角を補う見張りを行うようにしていた。 15時06分半少し過ぎA受審人は、白埼灯台から358度(真方位、以下同じ。)350メートルの地点において、同灯台北方約400メートルにある小島の南端を通過したとき、右舷船首4度1,600メートルに漂泊中の羽多丸が存在したが、死角の範囲内に入っていて認めることができず、左舷船首1点約1,000メートルに錨泊して釣りをしている2隻の漁船のみを認め、これらに接近しないよう、針路をいつもより少し右を向く027度に定め、機関を16ノットの全速力前進にかけ、手動操舵により進行した。 A受審人は、操縦台に腰掛け、同台後面右舷側にある操舵輪を右手で握り、左舷前方の2隻の漁船を見ながら続航するうち、15時08分白埼灯台から017度1,000メートルの地点に差し掛かったとき、右舷船首950メートルに、それまで船首死角の中に隠れて見えなかった羽多丸を視認できる状況となったが、少し前に左方の漁船以外に他船を認めなかったことから、前路に他船はいないものと思い、同漁船に気を取られ、前路の見張りを十分に行うことなく、羽多丸に気づかないまま、同じ針路、速力で進行した。 15時09分半少し前A受審人は、白埼灯台から021度1,560メートルの地点に達したとき、右舷船首21度360メートルに漂泊中の羽多丸を認め得る状況であったが、依然同船に気づかず、左舷側の漁船を無難に航過して転針目標にしている小黒埼に並航したので、いつものように針路を北東方の長崎鼻先端に向く049度に転じたところ、再び羽多丸が船首死角に入り、衝突のおそれがある態勢で向首接近するようになったことに気づかないまま続航中、15時10分白埼灯台から026度1,900メートルの地点において、原針路、原速力のまま、東洋丸の右舷側船首部が、羽多丸の左舷側後部に後方から約30度の角度で衝突し、乗り上がった。 当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は上げ潮の中央期にあたり、視界は良好であった。 衝突に気づいたA受審人は、負傷した羽多丸のB受審人を収容して船尾に羽多丸を引き、宿毛市小筑紫町大海(おおみ)漁港に入港して事後の措置に当たった。 また、羽多丸は、船尾部右舷寄りに船外機を遠隔操作する操縦スタンドが設けられたFRP製プレジャーボートで、B受審人が1人で乗り組み、遊漁の目的で、船首0.10メートル船尾0.15メートルの喫水をもって、同日07時00分大海漁港を発し、同時13分前示衝突地点付近の釣場に到着して船首を北方に向け、投錨して機関を停止し、一本釣りを始めた。 15時05分B受審人は、魚を5キログラムほど釣り上げたので帰港することとし、機関を中立運転にかけ、周囲を一瞥(いちべつ)し、左舷船尾方に以前から錨泊していた2隻の漁船以外に航行中の船舶を認めなかったので、船首部で揚錨用の電動ローラーを使用して揚錨作業を始めた。 15時09分揚錨を終えて錨と錨索を船首部の格納庫に納める整理作業に移ったB受審人は、左舷船尾25度450メートルのところに、自船の左舷側を無難に航過する態勢で北上中の東洋丸を認めることができ、同時09分半少し前同船が自船に向首する針路に転じ、衝突のおそれがある態勢となって接近したが、今までに接近する船舶がいても自船を避けてくれていたから大丈夫と思い、同作業に気を取られ、周囲の見張りを十分に行っていなかったので、同船が接近していることに気づかず、機関を使用して衝突を避けるための措置をとらないまま作業を続けた。 15時10分少し前B受審人は、発進しようと船尾に向かって振り向いたとき、左舷船尾方50メートルばかりのところに、自船に向首して接近する東洋丸を初めて認め、衝突の危険を感じ、大声を上げて両手を振ったが、同船に気づかせることができず、船首が019度に向いているとき、前示のとおり衝突した。 衝突の結果、東洋丸は、右舷船首部に亀裂(きれつ)を生じ、羽多丸は、左舷船尾部に東洋丸の船首部が乗り上がって同外板に亀裂、操縦スタンド損傷及びオーニングスタンション曲損などを生じたが、のちそれぞれ修理された。また、衝突の衝撃で転倒したB受審人が頭部打撲及び頸椎捻挫(けいついねんざ)を負った。
(原因) 本件衝突は、高知県宿毛湾南東部において、陸岸に沿って帰航中の東洋丸が、見張り不十分で、前路で漂泊中の羽多丸を避けなかったことによって発生したが、羽多丸が、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為) A受審人が、宿毛湾南東部において、陸岸に沿って帰航する場合、全速力で航行すれば船首死角が生じることを知っていたのであるから、前路で漂泊中の羽多丸を見落とさないよう、船首を左右に振るなどして死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが、同受審人は、左舷船首方に錨泊して釣りをしている2隻の漁船を認め、これらに気を取られ、船首死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、前路で漂泊中の羽多丸に気づかず、同船を避けないまま進行して衝突を招き、羽多丸の左舷船尾外板に亀裂、操縦スタンド損傷及びオーニングスタンション曲損並びに東洋丸の右舷船首部に亀裂をそれぞれ生じさせるとともに、B受審人に頭部打撲及び頸椎捻挫を負わせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B受審人が、宿毛湾南東部において、投錨して釣りを行ったのち帰港のため、揚錨後漂泊して錨、錨索の整理を行う場合、自船に向首接近する東洋丸を見落とさないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが、同受審人は、揚錨後の錨、錨索の整理作業に気を取られ、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、東洋丸が衝突のおそれのある態勢で接近していることに気づかず、機関を使用して衝突を避けるための措置をとらないまま作業を続けて衝突を招き、前示の両船の損傷及び自身の負傷を生じさせるに至った。 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
|