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1998年(平成10年)

平成9年長審第42号
    件名
旅客船ニューフェリーくろしま防波堤衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成10年2月26日

    審判庁区分
地方海難審判庁
長崎地方海難審判庁

安藤周二、高瀬具康、保田稔
    理事官
養田重興

    受審人
A 職名:ニューフェリーくろしま船長 海技免状:五級海技士(航海)(履歴限定)
B 職名:ニューフェリーくろしま機関長 海技免状:五級海技士(機関)(履歴限定、機関限定)
    指定海難関係人

    損害
球状船首に凹損、旅客9人が転倒するなどして捻挫及び打撲傷等、外防波堤の一部がわずかに欠損

    原因
航海機器取扱不適切、運航管理者の乗組員に対する安全教育不十分

    主文
本件防波堤衝突は、主機逆転減速機遠隔操縦装置の後進操作が適切でなかったことによって発生したものである。
なお、旅客に負傷者を生じたことは、運航管理者の乗組員に対する安全教育が十分でなかったことによるものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年8月26日18時15分
長崎県黒島漁港白馬地区
2 船舶の要目
船種船名 旅客船ニューフェリーくろしま
総トン数 198トン
全長 35.70メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 882キロワット
3 事実の経過
ニューフェリーくろしま(以下「くろしま」という。)は、平成8年2月に進水した最大搭載人員155人の鋼製旅客船兼自動車渡船で、バウスラスタを有し、同年4月に長崎県の相浦港と高島漁港経由黒島漁港白馬地区(以下「黒島漁港」という。)間の定期航路に就き、同漁港を基地として1日に3回の往復運航を繰り返していた。
船体は、二層甲板から構成され、上層の遊歩甲板船首側に操舵室、同遊歩甲板後ろ側及び下層甲板船首側に客室がそれぞれ配置され、下層甲板の客室後方が車両区域(以下「車両甲板」という。)となり、車両甲板船尾側に旅客及び車両乗降用のランプウェイを備えていた。
推進装置は、1基1軸であり、主機軸系に油圧作動湿式多板クラッチ付逆転減速機で連結され、主機及び逆転減速機には電気空気式遠隔操縦装置(以下「遠隔操縦装置」という。)が装備されていた。
遠隔操縦装置は、主機の回転数制御と逆転減速機のクラッチ切替え操作用として1本の操縦ハンドルが操舵室中央の操縦盤に設けられていて、クラッチを前進、中立及び後進の各状態に切り替えると緑、白及び赤色の各表示灯が点灯するようになっていた。そして、同ハンドルを前進から中立とした状態で後進に、あるいは一気に前進から後進に操作を行った際、逆転減速機の作動によりクラッチが嵌(かん)入して後進がかかるのに要する時間はそれぞれ4秒及び6秒であった。
C指定海難関係人は、A有限会社の代表取締役と運航管理者の職務を兼務し、運航管理規定に準拠してくろしまの運航及び旅客輸送の安全に関する業務全般を統括していた。運航管理規定では航行中における旅客の車両甲板立入りが禁止されており、着岸する際の衝撃や動揺等による旅客の転倒事故を防止するため、着岸完了まで座席から立たないことなど旅客の守るべき事項が客室に掲示され、録音テープで同事項の船内放送が行われていたが、着岸前に下船を急ぐ旅客が車両甲板に立ち入っているのが実情であった。しかし、C指定海難関係人は、これまで特に事故などの発生がなかったことから大丈夫と思い、着岸時に旅客を座席から立たせないようにすること及び航行中客室と車両甲板間の通路を遮断する措置をとるなどの乗組員に対する安全教育を十分に行っていなかった。
A受審人は、くろしまの就航時に船長として乗り組み、単独で入出航操船にあたっており、乗船以来遠隔操縦装置の操縦ハンドルを操作した際に後進のかからない事態を経験したことがなく、黒島漁港に着岸する際には船首左右両舷錨を用意のうえ左舷錨による用錨回頭を行っていた。
B受審人は、A受審人と共にくろしまの機関長として乗り組み、運航管理規定に従い、毎朝基地からの発航に先立ち、機関各部を始業点検してその結果を機関長点検簿に記録し、入出航時には船内部署表に定められた船尾作業配置についていた。
ところで、くろしまが発着する黒島漁港は、東西方向に構築された岸壁から70メートル北方のところに同岸壁とほぼ平行に長さ200メートルの外防波堤及びその東側に長さ80メートルの内防波堤が設置され、両防波堤間が北北西に開いた間口70メートルの防波堤入口をなし、更に同入口の北側に長さ80メートルの沖防波堤、同南側に長さ200メートルの西防波堤及び岸壁東端から北方向に向けて長さ40メートルの突堤がそれぞれ設置されていた。
くろしまは、A受審人及びB受審人ほか2人が乗り組み、平成8年8月26日17時30分定刻に相浦港を発し、高島漁港に寄せ、客室に車の運転者を含む旅客40人を乗せ、車両甲板に乗用車2台及び軽自動車1台の合計車両3台を積載し、船首1.80メートル船尾3.20メートルの喫水をもって、同時55分同漁港を発し、機関を全速力前進にかけて12.0ノットの対地速力で手動操舵により黒島漁港へ向かった。
A受審人は、18時12分黒島港西防波堤灯台(以下「西防波堤灯台」という。)から350度(真方位、以下同じ。)500メートルの地点に達したとき、黒島漁港の突堤西側に出船右舷付けで着岸係留することとし、入航に備えて減速を開始した。また、A受審人は、平素入港前に着岸が完了するまで旅客が座席から立たないよう録音テープで船内に放送しても、乗り慣れた旅客などが着岸時に下船を急いで車両甲板に立ち入っていることをモニターテレビを見て知っていたものの、航行中客室と車両甲板間の通路を遮断するなどの措置をとらないまま運航しており、今回も同様にしていた。
A受審人は、18時13分少し過ぎ右舷側20メートルに沖防波堤東端を通過して機関を極微速力前進に減速し、続いて中立として更に減じた前進惰力で黒島漁港内を進行した。同時14分わずか過ぎA受審人は、西防波堤灯台から270度170メートルの地点に左舷錨を投下して錨を引きながら前進し、同時14分少し過ぎ突堤から西20メートル隔てて船首が突堤北端に並んだとき、機関を極微速力後進にかけていったん行きあしを止めたのち、突堤に出船右舷付けのため機関を極微速力前進にかけて左方に用錨回頭を行った。
18時14分半A受審人は、回頭を終え、船首が突堤西側に平行する020度に向いたとき、4.0ノットの前進速力に達しており、急ぎ操縦ハンドルをいったん中立に戻したのち1秒間経過して極微速力後進にかけ、まもなく逆転減速機のクラッチが嵌入して後進がかかる状況であったのに、船首が外防波堤に迫って気が動転し、後進がかかるのに要する一定の時間を待って遠隔操縦装置の適切な後進操作を行うことなく、2秒ないし3秒間極微速力後進としたのち中立に同ハンドルを戻し、再三このハンドル操作を繰り返した。
こうして、くろしまは、後進にかかるのが遅れているうち、18時15分西防波堤灯台から295度150メートルの地点において船首が020度に向いたまま3.0ノットの前進惰力で左舷船首が外防波堤南側に衝突した。
当時、天候は晴で風力2の南風が吹き、潮候は上げ潮の末期であった。
衝突の結果、くろしまは球状船首に凹損を生じ、外防波堤の一部がわずかに欠損し、車両甲板に立ち入っていた旅客9人が転倒するなどして捻挫及び打撲傷等を負った。
岸壁で綱取りのため待機していたC指定海難関係人は、負傷者を長崎県佐世保市の病院に搬送し、その後、乗組員に対して運航管理規程の遵守や着岸時の事故防止等の安全教育を実施して徹底すると共に客室と車両甲板間の通路に遮断用扉を設置するなどの改善措置をとった。
また、くろしまは、衝突直後B受審人が操縦ハンドルを後進操作して調査した際に正常に作動し、更に主機メーカー側により遠隔操縦装置の作動点検及び主要構成部品を開放するなどして調査が実施され、同装置に異常のないことが確かめられたものの、改良の目的で非常用手動クラッチ制御回路及びクラッチ切替え作動時のブザー回路等が増設された。

(原因)
本件防波堤衝突は、長崎県黒島漁港に入航着岸操船中、用錨回頭後の遠隔操縦装置の後進操作が不適切で、前進惰力を止められず、外防波堤に向首進行したことによって発生したものである。
なお、旅客に負傷者を生じたことは、運航管理者の乗組員に対する安全教育が不十分で、着岸時に旅客が車両甲板に立ち入っていたことによるものである。

(受審人等の所為)
A受審人は、長崎県黒島漁港に入航着岸操船中、用錨回頭後の前進惰力を止める目的で機関を後進にかける場合、遠隔操縦装置の後進操作を行ったのち後進がかかるのに一定の時間を要したから、確実に前進惰力を止めるよう、後進がかかるのに要する一定の時間を待って同装置の適切な後進操作を行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、船首が外防波堤に迫って気が動転し、同装置の適切な後進操作を行わなかった職務上の過失により、前進惰力を止めないで防波堤との衝突を招き、くろしまの船首に凹損及び防波堤に欠損を生じさせ、旅客を負傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
C指定海難関係人が、くろしまの乗組員に対し、着岸時の衝撃による旅客転倒事故防止の安全教育を十分に行っていなかったことは、負傷者を生じた原因となる。
C指定海難関係人に対しては、その後同人が乗組員に対する安全教育を徹底のうえ客室と車両甲板間の通路遮断用扉を設置するなど改善措置をとった点に徴し、勧告しない。
B受審人の所為は、本件発生の原因とならない。

よって主文のとおり裁決する。






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