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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成8年10月22日14時30分 福島県小名浜港 2 船舶の要目 船種船名 漁船利丸
プレジャーボート大勝丸 総トン数 4トン 登録長 11.43メートル 6.58メートル 機関の種類 ディーゼル機関 電気点火機関 出力
110キロワット 漁船法馬力数 90 3 事実の経過 利丸は、機船船びき網及びさし網漁業に従事するFRP製漁船で、A受審人が一人で乗り組み、引縄釣り漁の目的で、船首0.30メートル船尾1.50メートルの喫水をもって、平成8年10月22日04時30分福島県小名浜港の1号ふ頭にある魚市場に隣接する船だまりを発し、同港南東方の漁場に向かった。 A受審人は、番所灯台から131度(真方位、以下同じ。)8.1海里の地点で操業を終え、発航地に戻ることとし、13時40分同地点を発進したとき、針路を307度に定め、機関を9.5ノットの全速力前進とし、操舵室内の操舵輪の船尾側いすに腰掛け、手動操舵で進行した。 ところで、利丸の船首方向の見通しは、全速力前進とすると船首部が浮き上がり、操舵輪の船尾側いすに腰掛けた状態では、正船首から左右両舷にそれぞれ約15度の死角が生じ、操舵室の舷側に出て見張りを行わなければ死角を補うことのできない状況であった。 こうして、A受審人は、14時24分番所灯台から151度2,550メートルの地点に達したとき、正船首1,000メートルに低速力で同航している大勝丸を視認し得る状況となり、その後衝突のおそれのある態勢で同船を追い越す状態となって接近したが、いすに腰掛けた状態で、僚船との漁模様などの無線電話連絡に気を奪われ、死角を補う見張りを十分に行うことなく、同船を確実に追い越し、かつ、十分に遠ざかるまでその進路を避けないで続航した。 14時30分少し前A受審人は、大勝丸と方位が変わらず、100メートルに接近したものの、依然、見張り不十分で、このことに気付かず、同船の進路を避けずに続航中、14時30分番所灯台から188度1,210メートルの地点において、利丸は、原針路、原速力のまま、その右舷船首が、大勝丸の左舷船尾部にほぼ真後ろから衝突した。 当時、天候は晴で風力2の南東風が吹き、潮候は下げ潮の初期で、視界は良好であった。 また、大勝丸は、船体の中央部少し前方にコックピット式の操舵室と同室の左右両舷側に歩行用の各甲板を有し、また、ボンベに充槇(てん)された圧搾空気により吹鳴させる型式で、長音と短音との区別のできる汽笛装置を備えた、FRP製プレジャーモーターボートで、B受審人が一人で乗り組み、知人一人を同乗させ、遊漁の目的で、船首0.05メートル船尾0.15メートルの喫水をもって、同日08時小名浜港内の玉川橋下流の係留場所を発し、同港南東方5海里ばかり沖合の漁場に向かった。 ところで、大勝丸の行う遊漁方法は、水深約50メートルの海域において、両舷と正船尾に設置した計3本の釣り竿(ざお)から釣り糸を延出し、約6ノットで航行しながら行う、いわゆるトローリングで、獲物がかかったときには、速力を減じて釣り糸を手繰って引き上げるものであった。また、同船は、ほぼ1箇月に1度の割合で、プレジャーボートの購入を考える顧客に対して試乗を行い、その際には、B受審人が運航して沖合に出ていた。 こうして、B受審人は、09時ごろから遊漁を始め、30匹ばかりの釣果を得た後、15時ごろに発航地点に帰着する予定で、13時30分三埼の東方沖合を発進し、燃料補給のため、小名浜港内に所在するマリンサービスいわきの船着場に向かった。 発進時、B受審人は、船首を同港東方の三埼南方に向け、手動操舵で遊漁を続けながら進行し、14時00分番所灯台から141度2.4海里の地点にきたとき、遊漁を止めることとし、針路を小名浜港の三埼防波堤の西側入口に向かう307度に定め、4ノットの速力に減じ、同受審人が操舵室前方の甲板で、同乗者が操舵室右舷側の甲板で、それぞれ釣り竿の取り込みを始めた。そのころ、同受審人は、正船尾2.7海里ばかりに利丸を初めて視認し、釣り竿の取り込みを行いながらその動静を監視していた。 B受審人は、14時24分番所灯台から166度1,700メートルの地点に達したとき、利丸が方位が変わらず、1,000メートルに近づき、その後、衝突のおそれのある態勢で自船を追い越す状態となって接近しているのを認め、同時27分同船が500メートルに近づいたが、船尾方から接近する他の船舶は自船を避けると思い、前示汽笛装置を用いて同船に対して警告信号を行うことなく進行した。 14時30分少し前B受審人は、依然、利丸と方位が変わらず、100メートルに接近し、同船の動作のみでは衝突を避けることができないと認めたものの、身振りと大声を発するだけで、増速するなどして衝突を避けるための協力動作をとらないで同船が至近に迫ったのを見て、ようやく衝突の危険を感じ、操舵室近くにいた同乗者に増速するよう指示したが間に合わないので水中に逃れ、同乗者も続いて水中に逃れたとき、大勝丸は、原針路、原速力のまま前示のとおり衝突した。 衝突の結果、利丸は右舷船首外板に擦過傷を生じたが、修理の必要はなく、大勝丸は左舷船尾外板に破口を伴う亀(き)裂を生じたが、のち修理され、同船の同乗者が、左大腿骨転子部を負傷した。
(原因) 本件衝突は、福島小名浜港の港界付近において、利丸と大勝丸の両船が同港内に向け航行している際、大勝丸を追い越す利丸が、見張り不十分で、その進路を避けなかったことによって発生したが、大勝丸が、警告信号を行わず、利丸が間近に迫ったとき機関を増速するなど、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為) A受審人は、航走時、船首部に死角が生じる状況で、一人で操舵操船して漁場から福島県小名浜港に向け航行している場合、死角の範囲内にある大勝丸を見落とさないよう、操舵室の舷側に出るなどして死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、腰掛けた姿勢のまま、僚船との無線電話連絡に気を奪われ、死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、大勝丸の進路を避けないまま進行して同船との衝突を招き、利丸の右舷船首外板に擦過傷及び大勝丸の左舷船尾外板に破口を伴う亀裂を生じさせ、また、同船の同乗者に左大腿骨転子部を負傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。 B受審人は、遊漁場から福島県小名浜港に向け航行中、船尾方に同航する利丸を視認し、同船と接近する状態となったのを知った場合、同船に対し警告信号を行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、船尾方から接近する他の船舶は自船を避けると思い、同船に対して警告信号を行わなかった職務上の過失により、利丸との衝突を招き、前示のとおり両船に損傷を生じさせ、また、自船の同乗者に負傷させるに至った。 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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