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1998年(平成10年)

平成8年仙審第79号
    件名
漁船第三十五吉隆丸岸壁衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成10年2月17日

    審判庁区分
地方海難審判庁
仙台地方海難審判庁

大山繁樹、葉山忠雄、釜谷奨一
    理事官
里憲

    受審人
A 職名:第三十五吉隆丸機関長 海技免状:五級海技士(機関)(機関限定)(旧就業範囲)
    指定海難関係人

    損害
フォアピークタンクに破口を生じて同タンク内の燃料油が一部流出、岸壁にも損傷

    原因
弁管装置(燃料油系)確認、取扱不十分

    主文
本件岸壁衝突は、燃料油清浄装置のバイパス弁の開閉状態の確認が不十分で、発電機用原動機の燃料油の供給量が不足して電源を喪失し、操船不能となったことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年4月15日11時08分
宮城県気仙沼港
2 船舶の要目
船種船名 漁船第三十五吉隆丸
総トン数 119トン
登録長 31.50メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 588キロワット
3 事実の経過
第三十五吉隆丸(以下「吉隆丸」という。)は、平成4年4月に進水した鋼製漁船で、まぐろ延縄漁業に従事し、推進器として可変ピッチプロペラ装置を装備し、主発電機を駆動する原動機(以下「補機」という。)として117キロワットのディーゼル機関を主機の左舷側に設置していた。
主機及び補機の燃料油系統は、機関室上段後壁沿いの燃料油重力タンクから取り出されたA重油が、その下方の機関室下段に設置されている燃料油清浄装置(以下「清浄装置」という。)、流量計を通って供給されるようになっており、同装置は、水分離槽、フィルタ供給ポンプ(以下「供給ポンプ」という。)及びフィルタで構成され、同装置が使用できないときに備えて同装置を迂(う)回する止め弁(以下「バイパス弁」という。)付きのバイパス回路が配管され、同装置の前面には供給ポンプの発停ボタンなどが組み込まれた操作盤が設けられていた。
ところで、吉隆丸は、主機及び補機を同時に運転しているときには、供給ポンプを運転して燃料油を清浄装置に通していたが、停泊中など補幾のみ運転している状態では、供給ポンプの吐出量が補機の消費量よりも多くなり、同ポンプの安全弁が常時作動する状態となることから、供給ポンプを止めてバイパス弁を開け、バイパス回路を通すようにしていた。
A受審人は、平成8年4月13日09時、宮城県気仙沼港の港町岸壁に船首をほぼ東に向けて船尾付け係留している吉隆丸に着任し、その際、前任機関長が引継ぎのため補機を運転したのち清浄装置及び主機を運転して見せ、更に、補機のみを運転しているときは前示のようにバイパス回路を使用するよう指示したが、同受審人は吉隆丸にはこれより3年ほど前にも4箇月余り機関長として乗り組んだことがあり、同装置の運転時機やバイパス回路の使用については心得ていた。
同日13時A受審人は、所用のため出港当日まで上陸することになり前任機関長に後事を託して離船し、その後、同機関長は補機、清浄装置などを停止して下船したが、バイパス弁が閉弁状態のままとなっていた。そのため供給ポンプを停止しているとき、燃料油は、同ポンプの歯車とケーシングの隙(すき)間を流れるだけとなっていた。
翌々15日06時ごろ、帰船したA受審人は、補機を運転し、陸電を外して船内電源に切り替えた後20分間主機の暖機運転を行い、10時45分出港スタンバイとなって主機を始動したところ、間もなく漁労長からエアホーンの修理を頼まれたので、エアホーンの修理を終えてから清浄装置を運転することとしてフライングブリッジで修理にかかったが、停泊中、同装置のバイパス弁を開くことになっているから同弁は開弁されているものと思い、同弁の開閉状態を十分に確認しなかった。
吉隆丸は、A受審人ほか14人が乗り組み、操業の目的で、船首1.50メートル船尾3.50メートルの喫水をもって、10時55分係留索を離し、船首方に投入していた錨を巻いて離岸した後、主機を回転数毎分320にかけてクラッチを嵌(かん)合し、揚錨終了の報告を受けて南方向に位置する港口へ向かうべく、11時01分ごろ右舵10度、プロペラ翼角前進15度にとって進行し始めたところ、間もなく、機付ブースタポンプを有する主機側に燃料油が吸引されたため補機側への供給量が不足して補機の反転が抵下し、低電圧引外し装置が作動して気中遮断器が外れ、電源を喪失して主機及び可変ピッチプロペラ装置の遠隔制御並びに操舵が不能となり、また、揚錨機が動かず緊急投錨もできない状態となった。
吉隆丸は、舵角右10度のまま前進加速し、エアホーンを修理していたA受審人が異変に気付いて機関室へ急行し、気中遮断器を投入したところ電源が回復し、漁労長が船橋の主機危急停止ボタンを押して主機を停止するなどの措置をとったがすでに遅く、11時08分離岸地点から200メートル離れた気仙沼港導灯(後灯)から真方位275度1,320メートルの地点において、真方位315度に向いた本船の左舷船首が、6ノットの速力でほぼ南北方向に構築された前示岸壁に60度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力3の西風が吹き、潮候は上げ潮の中央期であった。
衝突の結果、フォアピークタンクに破口を生じて同タンク内の燃料油が一部流出し、岸壁にも損傷を生じたが、給油業者がオイルフェンスを展張して漏油を回収し、のちに船体及び岸壁の損傷箇所は、修理された。

(原因)
本件岸壁衝突は、宮城県気仙沼港を出港するに当たって主機を運転する際、燃料油清浄装置のバイパス弁の開閉状態の確認が不十分で、停止している同装置のバイパス弁が閉弁されたまま主機が運転され、発電機用原動機への燃料油の供給量が不足して同原動機の回転が低下し、気中遮断器が外れて電源を喪失し、操船不能となったことによって発生したものである。

(受審人の所為)
A受審人は、宮城県気仙沼港を出港するに当たって主機を運転する場合、燃料油清浄装置を停止した状態では、同装置のバイパス弁が開弁されていないと燃料油の供給量が不足するから、主機及び発電機用原動機の運転に支障をきたさないよう、同装置のバイパス弁の開閉状態を十分に確認すべき注意義務があった。しかるに同人は、停泊中は、バイパス弁を開くことになっているから、同弁が開弁されているものと思い、同弁の開閉状態の確認を十分に行わなかった職務上の過失により、離岸後間もなく、発電機用原動機への燃料油の供給量が不足して電源を喪失し、操船不能となって岸壁に衝突する事態を招き、船首及び岸壁を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。






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