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1998年(平成10年)

平成9年長審第32号
    件名
漁船久栄丸プレジャーボート(船名なし)衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成10年6月30日

    審判庁区分
地方海難審判庁
長崎地方海難審判庁

原清澄、保田稔、坂爪靖
    理事官
平良玄栄、山田豊三郎

    受審人
A 職名:久栄丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
B 職名:プレジャーボート(船名なし)船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
久栄丸…船首船底擦過傷及び推進器翼曲損
A号…左舷船尾に破口を生じて転覆、のち廃船、船長が右前腕を骨折、同乗者が骨盤を骨折するなどして死亡

    原因
久栄丸…狭視界時の航法(速力・信号)不遵守(主因)
A号・…狭視界時の航法(信号)不遵守(一因)

    主文
本件衝突は、久栄丸が、視界制限状態における運航が適切でなかったことによって発生したが、プレジャーボート(船名なし)が、視界制限状態における運航が適切でなかったことも一因をなすものである。
受審人Aの一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
受審人Bを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年7月14日06時30分
長崎県平島漁港西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 漁船久栄丸 プレジャーボート(船名なし)
総トン数 5.5トン
全長 約14.75メートル 約6.25メートル
機関の種類 ディーゼル機関 電気点火機関
出力 7キロワット
漁船法馬力数 80
3 事実の経過
久栄丸は、FRP製漁船で、A受審人が1人で乗り組み、いさき一本釣り漁を行う目的で、船首0.53メートル船尾0.84メートルの喫水をもって、平成8年7月14日05時15分長崎県平島漁港を発し、同県相崎瀬戸の漁場に向かったが、霧模様で徐々に霧が濃くなってゆく状況にあった。
05時30分ごろ漁場に着いたA受審人は、直ちに漁を始めたところ、霧がますます濃くなり、視程が著しく制限される状況となったので、漁を打ち切り、自船にレーダーはおろか汽笛などの音響を発することができる設備を備えていなかったが、付近で漁撈(ろう)中の僚船が全船帰港する状況にあったので、濃霧の中をまさか出港してくる他船はあるまいと思い、霧が晴れるまで安全な海域に移動して漂泊したり、錨泊したりすることなく帰途に就くことにした。
ところで、当時の霧は、海面上に発生した低い霧で、海面温度が上昇すれば時間の経過とともに消滅することが期待できる霧であった。
06時24分少し過ぎA受審人は、平島灯台から295度(真方位、以下同じ。)1,000メートルの地点を発航し、GPSプロッターの画面上に平島漁港出航時からの進路を表示させ、同プロッターでは周囲の他船の状況が把握できなかったものの、表示させた進路をたどって航行し、同時27分平島灯台から180度120メートルの地点に達したとき、針路を平島漁港港口に向く087度に定め、機関を霧中の速力としては過大な11.4ノットの前進にかけ、手動操舵で進行した。
06時29分A受審人は、平島港北防波堤灯台(以下「北防波堤灯台」という。)から264度600メートルの地点に達したとき、平島漁港を出港して来るプレジャーボート(船名なし、以下「A号」と呼称する。)がほぼ正船首430メートルのところに存在し、同船と著しく接近することが避けられない状況となっていたものの、同船に気付くすべもないまま、GPSプロッター画面上に表示させた進路のみを頼りに続航した。
こうして、久栄丸は、原針路、原速力を保って進行中、06時30分北防波堤灯台から260度250メートルの地点において、ほぼ327度に向いたA号の左舷船尾部に、久栄丸の船首が左舷前方から約60度の角度をもって衝突した。
当時、天候は霧で風力1の南東風が吹き、視程は約20メートルで、付近海域には海上濃霧警報が発表されていた。
A受審人は、衝撃を受けて衝突したことを知り、A号の船内にいたCと海上に浮かんでいるB受審人をそれぞれ認め、僚船の乗組員の協力を得て間もなく転覆したA号からCを救助し、僚船にB受審人の救助を依頼して平島漁港に入港し、僚船に救助されたB受審人とともに2人をレーダー設備のある船で病院に移送した。
また、A号は、全長約6.25メートルの電気点火式船外機を有する、無登録のFRP製プレジャーボートで、B受審人が1人で乗り組み、同人の妻であるCを同乗させ、雑籠(ざつかご)漁を行う目的で、船首0.05メートル船尾0.10メートルの喫水をもって、同日06時26分少し前北防波堤灯台から094度85メートルばかりのところに設置されたいけすを発し、同漁港沖防波堤西方沖合の漁場に向かった。
これより先06時ごろB受審人は、いけすで雑籠の餌を付け替えているとき、付近一帯に霧が発生し、その後、ますます霧が濃くなって視程が著しく制限される状況となり、また、活魚運搬船が佐世保の市場に向けて平島漁港を出港する時刻が近づいたため、同船の出港に間に合うよう鮮魚を獲て入港する他の漁船が多数あることを知っており、自船にレーダーはおろか有効な音響を発することができる設備を備えていなかったが、速力を落として航行すればなんとか漁場に行けるものと思い、出漁準備を整えたのち、霧が晴れるまで出漁を見合わせることなく、前路の状況を十分に把握できないまま発航した。
ところで、B受審人は、操船するにあたり、船尾左舷側に座って右手で船外機のレバーを握り、船首部右舷側甲板上に積み上げた雑籠による死角を補うため、左舷舷側外に体を乗り出して前路の見張りを行い、同人の妻を右舷側に座らせていた。
06時27分少し過ぎB受審人は、北防波堤灯台から234度55メートルの地点に達したとき、針路を267度に定め、機関の回転数を適宜調整しながら、平均速力を2.5ノットとして手動操舵で進行し、同時29分平島漁港の沖防波堤北西端沖合の、北防波堤灯台から256.5度175メートルの地点に達したとき、ほぼ正船首430メートルのところに久栄丸が存在し、互いに著しく接近する状況となっていたが、同船に気付くすべもないまま続航した。
こうして、A号は、原針路、原速力のまま進行中、06時30分わずか前B受審人が、突然左舷船首至近に迫った久栄丸の船影を初めて視認し、驚いて右舵一杯としたが、及ばず、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、久栄丸は、船首船底擦過傷及び推進機器翼曲損を生じ、のち修理されたが、A号は、左舷船尾に破口を生じて転覆し、のち廃船とされた。また、B受審人が右前腕を骨折し、C(昭和2年6月10日生)が骨盤を骨折するなどして移送された病院で死亡した。

(原因に対する考察)
本件衝突は、濃霧となって視程が約20メートルに狭められた状況下において発生したものであり、その原因について考察する。
まず、航法についての関係法令には霧中に航行してはならないという規定はない。
しかしながら、両船ともレーダーを備えておらず、また、全長が約14.75メートルある久栄丸は汽笛を末装備であり、A号も有効な音響を発することのできる設備を有していなかったことを踏まえ、本件時のように霧のため極端に狭められた視程の中を航行することが可能であるかについて検討するに、例えば両船がそれぞれ1ノットの速力で航行していたとしても相手船を視認してからの時間的余裕は20秒足らずであり、霧には濃淡があることを考慮すると航行することの危険性は極めて高い状況にあったと言える。
すなわち、本件時のような霧のため著しく視程が狭められた状況において、両船に求められることは、久栄丸側においては他船の航行海域を避け、漂泊するなり、錨泊するなりして霧が晴れるのを待つことであり、A号においては霧が晴れるまで出漁をとり止めることである。
よって、A受審人が、霧の晴れるのを待たず、11.4ノットの過大な速力で進行したことは本件発生の主因をなし、B受審人が、霧が晴れるのを待たず、出漁したことも本件発生の一因をなすものである。

(原因)
本件衝突は、レーダーはおろか汽笛などの音響を発する設備を有しない久栄丸が、長崎県南松浦郡平島西方の相崎瀬戸で漁撈中、濃霧のために視程が著しく妨げられる状況となった際、安全な海域に移動して漂泊するなり、錨泊するなりし、霧が晴れるのを待たなかったばかりか、過大な速力のまま進行したことによって発生したが、レーダーはおろか有効な音響を発する設備を有しないA号が、同県平島漁港で出漁準備を整えたのち、濃霧のため視程が著しく制限される状況となった際、霧が晴れるのを待たずに出漁したことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
A受審人は、長崎県南松浦郡平島西方の相崎瀬戸において、濃霧のため視程が著しく制限される状況となった場合、自船にレーダーはおろか汽笛などの音響を発することができる設備を備えていなかったのであるから、安全な海域に移動し、漂泊するなり、錨泊するなりして霧が晴れるのを待つべき注意義務があった。しかるに、同人は、まさか濃霧の中を出港する他船はいないものと思い、霧が晴れるのを待たなかった職務上の過失により、前路の状況が把握できないまま、過大な速力で進行して衝突を招き、自船の推進器翼に曲損を、A号の左舷船尾部などに破口を生じさせ、B受審人に右前腕骨折を負わせ、同人の妻を骨盤骨折等によって死亡させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人は、長崎県平島漁港において、出漁準備を整えて出漁しようとする際、濃霧のため視程が著しく制限される状況となった場合、自船にレーダーはおろか有効な音響を発することができる設備を備えていなかったのであるから、霧が晴れるまで出漁を見合わせるべき注意義務があった。しかるに、同人は、速力を落して航行すればなんとか漁場に行けるものと思い、出漁をとり止めなかった職務上の過失により、前路の状況が十分に把握できないまま進行して衝突を招き、前示の損傷を生じさせ、同人が重症を負い、同人の妻を死亡させるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。

参考図(その1)






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