|
(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成8年5月2日07時45分 三重県三木埼沖合 2 船舶の要目 船種船名 貨物船大豊丸
貨物船平星丸 総トン数 498トン 474トン 全長 72.10メートル 73.74メートル 機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関 出力
735キロワット 735キロワット 3 事実の経過 大豊丸は、船首部にジブクレーンを装備した、船尾船橋型の鋼製貨物船兼砂利運搬船で、A受審人ほか4人が乗り組み、空倉のまま、船首2.00メートル船尾3.20メートルの喫水をもって、平成8年5月1日12時00分千葉県千葉港葛南区を発し、大分県津久見港に向かった。 翌2日05時00分A受審人は、大王埼東北東沖合を航行中、船橋当直に就いていた甲板長から視界が悪くなった旨の報告を受けて昇橋し、霧のため視界が狭められていることを知り、周囲の状況を確認したうえ一時降橋した。 07時10分ごろA受審人は、大王埼灯台から208度(真方位、以下同じ。)15.2海里の地点で、改めて昇橋して操船指揮に当たり、視程が200メートルばかりの視界制限状態となっていたが、法定灯火を掲げただけで霧中信号を行わないまま、針路を230度に定め、機関を全速力にかけ、12.0ノットの対地速力で自動操舵により、甲板長を左舷側の見張りに就け、適宜レーダーを監視しながら進行した。 07時30分A受審人は、三木埼灯台から084度21.2海里の地点に達したとき、6海里レンジのレーダーで、船首輝線のやや右5.2海里のところに、平星丸の映像を探知したので、速力を半速力の10ノットに減じて、その動静を監視しながら続航したところ、同映像の接近模様から反航船であることを知った。 07時36分A受審人は、同映像を右舷船首2度3海里に見るようになり、船首輝線に沿った状況で著しく接近することとなることが分かったものの、大幅に右転するなど、この事態を避ける措置をとらず、その後同時39分両船の距離が2海里となり、著しく接近することが避けられない状況となったが、かなり接近しても転舵で替わせるものと思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、行きあしを止めることもなく続航した。 07時42分A受審人は、平星丸との距離が1海里になったとき、左舷を対して替わるつもりで10度右転し、240度の針路に転じて進行中、同時45分少し前左舷船首至近に同船の船影を認め、とっさに左舷側横への衝突は避けようと思い、左舵一杯、機関を全速力後進として左回頭中、07時45分三木埼灯台から088度19.2海里の地点において、大豊丸は、船首が210度に向いたとき、その右舷船首部が、平星丸の右舷側後部に、前方から10度の角度で衝突した。 当時、天候は霧で風力1の北東風が吹き、視程は200メートルで、潮候は下げ潮の中央期であった。 また、平星丸は、船尾船橋型の鋼製貨物船で、B受審人ほか4人が乗り組み、鋼材1,272トンを積載し、船首3.30メートル船尾4.20メートルの喫水をもって、同月1日16時00分大阪港を発し、静岡県清水港に向かった。 翌2日06時00分B受審人は、三木埼灯台から150度12海里の地点において、船橋当直に就き、針路を050度に定めて自動操舵とし、機関を全速力にかけ、10.5ノットの対地速力で進行したところ、07時過ぎたころから霧のため視程が200メートルばかりの視界制限状態となったが、法定灯火を掲げただけで霧中信号を行わないまま、6海里レンジのレーダーをときどきのぞきながら続航した。 07時30分B受審人は、三木埼灯台から093度17.2海里の地点に達したとき、6海里レンジのレーダーで、船首輝線のやや右5.2海里のところに大豊丸の映像を探知でき、その後その接近模様から反航の態勢で、著しく接近することとなることが分かる状況にあったが、レーダーによる十分な見張りを行わなかったので、これに気付かず、早期に大幅な右転をするなど、この事態を避ける措置をとることができないまま続航した。 07時39分、B受審人は、3海里レンジのレーダーで右舷船首3度2海里のところに大豊丸の映像を初めて探知し、既に著しく接近することが避けられない状況になっていたが、同船の映像を右舷船首方に認めたことから、とっさに右舷を対して航過する反航船と思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、行きあしを止めることなく進行したところ、07時45分少し前船首至近に大豊丸の船影を認め、驚いて左舵一杯をとって回頭中、平星丸は、船首が020度を向き、速力約4ノットとなったとき、前示のとおり衝突した。 衝突の結果、大豊丸は右舷船首部外板に、平星丸は右舷側後部外板にそれぞれ凹損を生じ、のち修理された。
(霧中におけるレーダー航法についての考察) 本件は、霧中、紀伊半島東岸の距岸10海里以上の沖合において、総トン数489トンの大豊丸が速力10ノットで南下中、総トン数474トンの平星丸が速力10.5ノットで北上中、両船ともレーダー使用中に発生した事案である。 そこで、両船のレーダー航法について検討する。 一般に、速力10ノット程度の船舶が、距岸10海里以上離れた水域においては、霧中、レーダー使用レンジを12海里として活用することが望まれるところであるが、両船とも6海里レンジを使用し、共通するところは、両船間の距離が接近するに従い、3海里レンジで航過距離を確かめようとしている。そもそもレーダーのみによる他船の動静を観察するに当たり、有視界時と異なり、1海里以内の航過距離を見定めることは極めて危険を伴うことである。即ち、レーダー情報では、他船の動きにかなりの誤差が見込まれ、かつ、時間的な遅れを考慮しなければならないからである。 ところで、大豊丸側においては、6海里レンジのレーダーで、ほぼ正船首5.2海里のところに平星丸の映像を探知し、船首輝線沿いに急接近しているのを認めており、反航の態勢で、有視界時の、いわゆる行き会い関係にあることを承知していた。両船の速力から、6分後には3海里に接近しており、この時点で大幅な動作をとることは可能であった。 一方、平星丸側においては、6海里レンジを使用していたとはいえ、大豊丸の映像を探知したのは、3海里レンジとしていたときで、その探知距離は、既に両船の距離が2海里となったときであった。従って平星丸側においては、大幅な動作をとる時機を失していた。 両船のレーダーによる見張り模様を比較した場合、大豊丸則は、レーダーによる大幅な動作をとることが可能な時機に相手船を探知しており、12海里レンジで探知したときとは劣るが、まず、レーダーによる見張りについては妥当であり、平星丸側は、相手船の動静を観察する余裕のない時機に探知したものであり、レーダーによる見張りについて妥当であったとは言えない。 次に、他船映像知後の両船の措置であるが、大豊丸は、レーダーの船首輝線沿いに他船の映像がかなり速い速度で接近していたのを承知しておりながら著しく接近することが避けられない時機に至るまで直進し、その後、小右転をして進行したのであるが、いわゆる、有視界でいうところの行き会いの態勢で接近していたのであるから、早期であれば大幅な動作をとることが可能であったところ、その時期を過ぎて著しく接近することが避けられない状況になったからには、減速、または、行きあしを止めることが必要であった。また、平星丸は、他船の映像を探知した時機が、既に2海里であり、動静を観察する余裕を得るためにも、減速、または、行きあしを止める措置が必要であった。 以上のことから、本件事案のように、霧中、レーダーでほぼ正船首に他船の映像を探知し、レーダーの船首輝線に沿って接近する状況においては、著しく接近することが避けられない状況となる時期、いわゆる2海里に接近するまでに時間的、距離的に余裕があれば、大幅な動作をとることは互いに可能であり、12海里レンジを活用して、早期にそのような状況となる他船を探知することが肝要であり、また、望まれる。
(原因) 本件衝突は、視界制限状態下の熊野灘において、南下中の大豊丸が、レーダーによりほぼ正船首に平星丸の映像を探知し、船首輝線に沿って著しく接近することとなったとき、その事態を避けるための大幅な動作をとらず、その後著しく接近することが避けられない状況となった際、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、行きあしを止めずに小角度の右転で進行したことと、北上中の平星丸が、ほぼ正船首から接近する大豊丸と著しく接近することとなる時機を過ぎ、その後著しく接近することが避けられない状況となったとき、レーダーで同船の映像を探知した際、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、行きあしを止めなかったこととによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、視界制限状態下の熊野灘において、レーダーでほぼ正船首に平星丸の映像を探知し、船首輝線に沿って著しく接近することとなったとき、その事態を避けるための大幅な動作をとらず、その後著しく接近することが避けられない状況となったのを認めた場合、針路を保つことができる最小限度の速力に減じ、また、行きあしを止めるべき注意義務があった。しかしながら、同人は、かなり接近しても転舵で替わせるものと思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、行きあしを止めなかった職務上の過失により、漫然と相手船との距離が1海里となったとき小角度の右転進行して衝突を招き、大豊丸の右舷船首部外板及び平星丸の右舷側後部外板にそれぞれ凹損を生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B受審人は、視界制限状態下の熊野灘において、ほぼ正船首から接近する大豊丸と著しく接近することとなる時期を過ぎ、その後著しく接近することが避けられない状況となったときに、レーダーで同船の映像を探知した場合、針路を保つことができる最小限度の速力に減じ、また、行きあしを止めるべき注意義務があった。しかしながら、同人は、同船の映像を船首少し右方に認めたことから、とっさに右舷を対して航過する反航船と思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、行きあしを止めなかった職務上の過失により、漫然と進行して衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
|