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1998年(平成10年)

平成8年第二審第17号
    件名
漁船(船名なし)プレジャーボート累進丸衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成10年6月3日

    審判庁区分
高等海難審判庁
原審広島

小西二夫、鈴木孝、須貝壽榮、伊藤實、根岸秀幸
    理事官
米田裕

    受審人
A 職名:漁船(船名なし)船長 海技免状:四級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
A丸…船首及び船首部右舷外板を損傷、船長が腰部、両大腿、両前腕等に全治20日間の挫傷を負い、同人の妻Eは、口唇、歯肉等に全治1週間の裂創
累進丸…船首部右舷外板を損傷、同乗者が1箇月の入院加療を要する頸部打撲、顔面裂創、喉頭外傷等

    原因
A丸…灯火不表示、見張り不十分、船員の常務(衝突回避措置)不遵主
累進丸…灯火表示不適切、見張り不十分、船員の常務(衝突回避措置)不遵主

    二審請求者
理事官織戸孝治

    主文
本件衝突は、漁船(船名なし)が、灯火を表示しなかったばかりか、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことと、累進丸が、灯火の表示が適切でなかったばかりか、過大速力による見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったこととによって発生したものである。
累進丸の実質的な船舶所有者が有資格者を乗り組ませなかったことは本件発生の原因となる。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成6年6月29日22時30分
香川県坂手港
2 船舶の要目
船種船名 漁船(船名なし) プレジャーボート累進丸
総トン数 1.68トン
全長 5.95メートル 7.70メートル
機関の種類 電気点火機関 電気点火機関
出力 183キロワット
漁船法馬力数 60
3 事実の経過
漁船(船名なし、以下「A丸」という。)は、建網漁業に従事する、船外機2基を装備したFRP製漁船で、A受審人と同人の妻の2人が乗り組み、操業の目的で、船首0.20メートル船尾0.25メートルの喫水をもって、平成6年6月29日18時30分香川県小豆島の土庄港を発し、同島の坂手港南東部にある児島付近の漁場に向かった。
発航後、A受審人は、地蔵埼を替わして坂手湾を東行し、19時30分ごろ児島南岸沖合の漁場に達したので、長さ約150メートル幅約2.7メートルの建網を同島の海岸線に沿って東西方向に投入した。そして、1時間ばかり待機したのち揚網し、ぼらを1キログラムばかり漁獲したところで漁場を移動することにした。
ところで、A受審人は、A丸に法定灯火を設備することなく船尾部右舷側の甲板上に高さ約1.2メートルのビニールパイプを立て、その頂上に12ボルトのバッテリーを電源とする20ワットの紅色全周灯1個を設け、航行中及び操業中はこれを点灯していたが、網を入れる地点を確認するために陸岸からの遠近を測定する、いわゆる山立てのときは、同灯火の明かりで山を確認し難いことから、これを消灯することにしていた。また、右舷側中央部の舷縁上に木製の二股を立て、同一バッテリーを電源とする20ワットの白色全周灯1個をこれに掲げるようにしていたが、同灯火は作業時にのみ点灯することとしていた。
このようにして、A受審人は、22時12分紅色全周灯を点灯したうえ、坂手港灯台から181度(真方位、以下同じ。)1,200メートルの地点を発進し、針路を312度に定めて船外機1基を極微速力前進にかけ、3.0ノットの対地速力(以下速力は対地速力である。)で同港の西部にある雨倉鼻沖合の漁場に向かった。
A受審人は、船尾部右舷側にある操舵スタンドの後方に木箱を置いてこれに腰を掛け、同人の妻を同部左舷側にある船倉の上に腰を掛けさせて操船に当たるうち、22時27分陸影を見て同鼻沖合に到着したことを知った。そこで、A受審人は、機関を停止して漂泊を始め、網を投入するのに適した漁場を確認することにしたが、紅色全周灯を点灯していると山立てが困難であることから、これを消灯して無灯火の状態とした。やがて、同人は、自船が坂手港灯台から254度1,100メートルの地点にいることを知るとともに、雨倉鼻陸岸寄りの好適な漁場に無灯火の釣り船が6隻ばかり出漁しているのを認めた。
そのため、A受審人は、網を入れることについてどうすればよいかと思案し、これらの釣り船に気を取られて見張りを十分に行わなかったので、22時28分自船から246度1,000メートルのところに、累進丸が縁灯を表示して来航するのを視認することができる状況であったが、これに気付かなかった。また、22時29分少し前同船が自船から254度650メートルのところで転針し、両色灯を表示して自船に向首し、その後衝突のおそれのある態勢で接近するのを認めることができる状況であったが、このことにも気付かなかった。そして、紅色全周灯を点灯して累進丸に避航を求めることも、また、機関をかけて同船との衝突を避けるための措置をとることもできないまま漂泊を続けた。
22時30分少し前A受審人は、釣り船の散在状況から見て網を入れることができないと思い、妻の「もう帰ろう。」という勧めもあって操業を断念し、帰路に就くことにした。そこで、無灯火の状態のまま船外機1基のみを前進にかけ、左回頭して船首を塩谷鼻沖合に向首する234度に向け、約3.0ノットの速力で航行を開始したところ、その直後に妻の叫び声で船首至近に迫った累進丸の船体を初めて視認した。
しかし、A受審人は、どうすることもできず、22時30分坂手港灯台から254度1,100メートルの地点において、A丸は、その船首が累進丸の右舷船首に、同船の左舷船首方から20度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は上げ潮の初期で、月出は23時08分であった。
また、累進丸は、釣りや素潜りに使用される、船外機1基を装備したFRP製プレジャーボートで、B指定海難関係人が操縦者として乗船し、C指定海難関係人と同人の友人1人を乗せ、素潜りによる採介の目的で、船首・船尾とも0.1メートルの喫水をもって、同日19時30分小豆島の橘漁港を発し、同島蒲野漁港沖合の潜水予定水域に向かった。
ところで、C指定海難関係人は、平成5年7月に累進丸を同船の船舶所有者であるDから購入し、代金の支払いが未了であったことから名義の書替えを行っていなかったが、実質的な船舶所有者として、有資格者を乗り組ませる必要があったにもかかわらずこれを乗り組ませず、また、日没から日出まで航行が禁止されていたにもかかわらずその間も航行し、釣りや素潜りなどを行っていた。そして、当日も、C指定海難関係人は、B指定海難関係人が無資格者であることを承知していたが、操船の経験が豊富で、かつ、同人の希望もあったことから、同指定海難関係人に操船を任せることにし、有資格者を乗り組ませなかった。また、累進丸の灯火は、購入前から船尾部右舷側の甲板上に高さ約2メートルのステンレスパイプが立てられていて、その頂上に緑色閃光(せんこう)灯が、さらに同灯の下方35センチメートルのところに乙種小型船舶用両色灯が、いずれも12ボルトのバッテリーを電源として取り付けられていたものの、C指定海難関係人は、白色全周灯を取り付けることなく両色灯のみを点灯して発航した。
一方、B指定海難関係人は、発航時から船尾部右舷側にある操舵スタンドの後方に立って操船に当たり、大角鼻を替わして坂手湾を西行し、やがて、蒲野漁港沖合に達したところで機関を停止し、バッテリーの消耗を防止するため両色灯を消灯した。そして、C指定海難関係人ら2人が素潜りするのを見守っていたところ、海水が濁っていて海中の見通しがきかないということからこれを中止し、両色灯を点灯して塩谷鼻沖合に向かった。
間もなくして、B指定海難関係人は、塩谷鼻沖合に達したので機関を停止し、両色灯を消灯して暫時海面の様子をうかがったところ、波が立っていて素潜りに適さないことが分かったため、再度潜水水域を変更することにし、海面が静かな坂手港灯台付近に向かうことにした。
22時25分B指定海難関係人は、改めて両色灯を点灯したうえ、C指定海難関係人ら2人を操舵スタンド前方の生け簀(す)の上に腰を掛けさせ、坂手港灯台から244度2海里の、塩谷鼻沖合を発進し、針路を055度に定め、機関を回転数毎分3,500にかけ、17.0ノットの速力で海岸線に沿って進行した。その際、B指定海難関係人は、雨倉鼻沖合の漁場には無灯火の釣り船等が出漁している可能性があることを知っていたが、これらの釣り船等は他船が接近すれば灯火を点灯するので、それを見てから避ければよいと思った。そのため、無灯火船でも十分な時間的、距離的余裕をもってその船体を確認できるよう、適切な見張りが可能な3.0ノットばかりの極微速力前進で航行することなく、過大な速力で航行し、十分な見張りを行う機会を逸することになった。
22時28分B指定海難関係人は、坂手港灯台から250度1.1海里の地点に達したとき、右舷船首11度1,000メートルのところにA丸が漂泊していたが、同船は紅色全周灯を消灯して無灯火であったため、これを視認することができなかった。また、同時29分少し前、坂手港灯台から254度1,700メートルの地点で、針路を同灯台に向首する074度に転じたとき、漂泊中のA丸が正船首650メートルのところに存在し、その後衝突のおそれのある態勢で接近することとなったが、同船が依然無灯火のままであったので、これを視認することができなかった。
しかし、22時30分少し前B指定海難関係人は、A丸まで90メートルばかりとなったとき、よく見れば正船首に同船の船体をかすかながらも視認することができ、また、左舷側の陸岸寄りには無灯火の数隻の釣り船を視認することができる状況であったが、速力が過大であったためそのゆとりがなく、A丸を含む船舶の存在に気付かなかった。
こうして、B指定海難関係人は、原速力で続航中、22時30分わずか前船首至近距離にA丸を初めて視認したが、どうすることもできず、累進丸は、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、A丸は船首及び船首部右舷外板を、累進丸は船首部右舷外板をそれぞれ損傷したが、のちいずれも修理された。また、A受審人は、腰部、両大腿、両前腕等に全治20日間の挫傷を負い、同人の妻Eは、口唇、歯肉等に全治1週間の裂創を受けた。一方、C指定海難関係人は、1箇月の入院加療を要する頸部打撲、顔面裂創、喉頭外傷等を負った。

(主張に対する判断)
A受審人は、「累進丸は灯火を点灯していなかった。」旨を主張するので、以下この点について検討する。
A受審人は、同人に対する質問調書において、「衝突地点の雨倉鼻沖合には5、6隻の釣り船が出ていたが、これらの釣り船は灯火を掲げておらず、他船が近付くとその都度点灯するのが実情である。」旨を供述している。
一方、B指定海難関係人は、同人に対する質問調書において、「Cさんやその知人と一緒に累進丸に乗り、私が操船して釣りや素潜りに行ったことが10回から20回くらいはある。本件時もCさんに頼んで操船させてもらった。」旨を供述している。
したがって、B指定海難関係人は、衝突地点付近の水域をしばしば航行しており、同水域には無灯火の釣り船等が出ていて、これらの釣り船等は他船が近付くと、自船の存在を明示し、かつ、相手船に避航を求めるために灯火を点灯することがあることを十分承知していたと思われる。
他方、累進丸は、同船の見通し及び損傷状況に関する実況見分調書謄本中の、「累進丸の両色灯のスイッチは操舵スタンドの下部にあり、同スイッチを入れたところ点灯した。」旨の記載により、同灯火を点灯するのに何ら支障なかったと認められる。
したがって、B指定海難関係人は、同人に対する質問調書において、「両色灯は、素潜りをした蒲野の沖合や素潜りを予定していた塩谷鼻の沖合に着いて漂泊を開始したときに消灯し、両地点を発つときに私が点灯した。」旨を供述しているが、同供述のとおり、累進丸が無灯火の釣り船等に接近したとき、これらの釣り船等が累進丸の接近を知って、容易に、かつ、確実に灯火を点灯することができるよう、両色灯を点灯して航行していたと認めるのが自然である。
このことは、C指定海難関係人が、同人の原審審判調書において、「両色灯を点けて航行しないと危ないからである。」旨を供述しており、また、A受審人自身も、同人の原審審判調書において、「航行中は紅色全周灯を点けていたが、それは無灯火よりも何か点けて走った方がよいと思ったからである。」旨を供述していることからも裏付けられるところである。
確かに、A受審人は、同人に対する質問調書においても、また、原審審判調書においても、一貫して「衝突直前真正面に累進丸の黒い船体を認めたが、同船の灯火は認めなかった。」旨を供述している。
しかしながら、衝突直前は、危機が切羽詰まった状況にあり、かつ、全く予期せぬ事態が発生したことから、目前に迫った相手船の船体にのみ目を奪われ、その灯火に気付かないのが通常である。
したがって、A受審人が相手船の灯火を認めなかったということをもって、同船の灯火を見落としたということを否定することができず、それ故、同人の上記供述をもって累進丸は灯火を点灯していなかったということにはならない。
また、他に、累進丸は灯火を点灯していなかったことを認めるに足りる証拠はない。
以上を総合すると、累進丸は両色灯を表示して航行していたと認めるのが相当である。

(原因に対する考察)
本件は、夜間、無灯火の状態で漂泊し、そのまま発進したA丸と、夜間の航行を禁止されていたものの両色灯のみを表示し、かつ、有資格者を乗り組ませないまま航行した累進丸とが、A丸の発進直後に衝突した事件である。
以下本件発生の原因について検討する。
(1) 灯火について
船舶が表示しなければならない灯火の目的は、海上衝突予防法の灯火に関する各規定を見れば明らかなとおり、当該船舶の種類や状態あるいは大きさ等を示すことにあることは当然であるが、まず第一に当該船舶の存在を示すことにあることは言うまでもない。
すなわち、船舶が夜間他の船舶との衝突を防止するためには、何はともあれ当該他の船舶の存在に関する情報を得ることが必要不可欠であり、当該船舶はその情報を得て初めて当該他の船舶の種類や状態、大きさ等を認識することができ、次いで自他両船間の見合い関係の確認を経て適用される航法を知り、それによって衝突を防止するための然るべき措置をとることができることになる。
ところで、A丸は、衝突の約3分前に網を入れようとして機関を停止するとともに、山立てを行うために紅色全周灯を消灯してから、操業を断念し、帰途に就こうとして発進した直後に衝突するまで、無灯火の状態であったと認められる。
このように、A丸が漂泊中も、また、発進時も、ともに設備されていた紅色全周灯すら点灯することなく無灯火の状態であったことは、累進丸に対して自船の存在及び状態を不十分ながらも認識させ、ほぼ漂泊状態にある自船を速やかに避航させることを困難にさせたといわざるをえない。
したがって、A丸が灯火を表示していなかったことは、本件発生の原因をなしたものと認める。
また、A丸が法定の灯火を設備していなかったことは、自船の存在はもちろんのこと、種類や状態、大きさ等を他の船舶に明瞭に知らせることができなかったことになる。
しかしながら、本件発生当時のA丸は、操業のため山立てを行うにあたり、無灯火の状態にせざるを得ない状況にあったと認められるので、仮に法定灯火を設備していたとしても、これを消灯する必要があったものと思われることから、本件発生の原因をなしたものとは認めない。
なお、A丸は、A受審人の原審審判調書中、「本船は現在航海灯を付け、これを点灯して走るようにしている。」旨の供述記載により、本件発生後、法定灯火を設備したと認められるが、夜間は航行、錨泊等その時の状況に応じた灯火を常時点灯するようにしなければならず、このことは山立てを行う場合にあっても同様であり、例外は認められない。
一方、累進丸は、日没より日出まで航行が禁止されていたにもかかわらず、夜間に航行したことは違法であり、誠に遺憾である。
しかしながら、本件は、累進丸を白色全周灯と両色灯を装備した船舶と同一視することはできないものの、累進丸が視認距離1海里の両色灯を点灯し、かつ、ほぼ漂泊状態のA丸の方向に向かって進行しているときに発生していることから、A丸は、累進丸を少なくとも衝突の3分半前から視認でき、また、衝突を避けるための措置をとることができる状況にあったと思われる。
したがって、累進丸が夜間に航行したことは、本件発生の原因をなしたものとは認めない。
しかし、累進丸が、夜間航行をするに当たって、視認距離2海里の白色全周灯を点灯していなかったことは、A受審人の同船に対する注意喚起を鈍らせたと推認されることから、本件発生の原因をなしたものと認める。
なお、累進丸が、夜間航行をも意図するのであれば、法定の灯火を設備したうえ船舶検査を受検し、「日没より日出までの航行を禁ずる。」との「航行上の条件」の取消しを受け、同灯火を灯火して航行しなければならない。
(2) 見張りについて
A受審人は、自船に向かって進行してくる累進丸の船体を衝突直前になって初めて視認している。
一方、累進丸は、上記のとおり、視認距離が1海里の両色灯を、点灯しており、かつ、同灯の視認を妨げるものは何もなかったと認められる。
したがって、A受審人が、衝突直前まで累進丸に気づかなかったことは、同人の見張りが十分でなかったからであると推認され、これが本件発生の原因をなしたものと認める。
また、B指定海難関係人も、ほぼ漂泊状態のA丸の船体を衝突直前に初めて視認している。
一方、A丸は、無灯火の状態であったが、A丸、累進丸両船の夜間における視認状況に関する実況見分調書謄本中、「A丸の船体は、93メートル離れた距離でかすかに視認でき、56メートル離れた距離ではっきり視認できた。」旨の記載がある。
これより、仮に累進丸が3ノットばかりの極微速力前進で航行していたとすれば、衝突の約1分前にA丸の船体をかすかながらも初認でき、また、約35秒前にその船体をはっきり視認できたと推認され、同船との衝突を避けるための措置を十分とり得たものと認められる。
このことは、C指定海難関係人が、同人の原審審判調書において、「スピードにもよるが、他船は10メートルぐらい手前で避航できる。」旨を供述していることからも首肯されるところである。
他方、B指定海難関係人は、上記のとおり、素潜りなどにしばしば出ていて操船の経験も豊富であり、かつ、自らも漂泊中は消灯していたのであるから、本件発生水域には無灯火の釣り船等が出漁し漂泊している可能性の高いことを十分承知していたと推認される。
そうだとすれば、このような水域を航行するに当たっては、慎重、かつ、余裕のある見張りを行い、衝突を避けるための適切な措置をとることができるよう、極微速力前進で進行する必要があったことは、A丸が3ノットの極微速力前進で漁場を移動していたことを見ても明らかである。
ところが、B指定海難関係人は、17ノットの過大な速力で航行したため、衝突の約10秒前にA丸を初認することができたにとどまり、これがひいては、慎重、かつ、余裕のある見張りを行う機会を著しく損ね、衝突直前まで同船に気付かず、衝突を避けるための措置をとり得なかったという結果を招いたものと認められる。
したがって、B指定海難関係人が、無灯火の釣り船等の出漁が十分予想される水域であったにもかかわらず、安全な速力で航行することなく過大な速力で航行し、十分な見張りを行う機会を逸したことは、本件発生の原因をなしたものと認める。
なお、A丸は、衝突の3分半前には未だ20ワットの紅色全周灯を点灯していたことから、B指定海難関係人は、そのころ同灯火を右舷船首8度1海里に視認でき、衝突の3分前には同灯火がほぼ同方位1,550メートルのところで消灯したのを知ることができたところ、このことに気付かなかったということは、仮に累進丸の過大な速力を是認したとしても、見張り自体が十分でなかったという可能性があることを一概に否定できないというべきである。
一方、C指定海難関係人は、同人に対する質問調書において、「平成5年7月に累進丸を購入したが、船体はすぐに入手したものの、書類は代金の完済を待つということで、名義の変更手続きはしていなかった、しかし、実質的には私が船主である。」旨を供述しており、同人は累進丸の実質的な船舶所有者であり、かつ、そのことを十分自覚していたと思われる。
そのうえ、C指定海難関係人は、同人の原審審判調書において、「動力船を運航するには有資格者を乗り組ませなければならないことは知っていたが、いつも無資格者だけで走っていた。」旨を供述しており、有資格者を乗船させる必要性も十分認識していたと考えられる。
ところが、C指定海難関係人は、同人に対する質問調書において、「B指定海難関係人は、過去に海苔(のり)船に乗っていたため操船ができた。」旨を供述しており、このことから推察すると、有資格者を乗り組ませなくても大丈夫と考えて無資格者のみで発航したものと思われ、このことが、B指定海難関係人をして過大な速力で航行することを許容し、十分な見張りを行う機会を著しく損ねる事態を招くことになったものと推認される。
したがって、C指定海難関係人が有資格者を乗り組ませなかったことは、本件発生の原因をなしたものと認める。

(原因)
本件衝突は、夜間、香川県小豆島南岸沖合の漁場において、A丸が、灯火を表示しなかったばかりか、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことと、累進丸が、灯火の表示が適切でなかったばかりか、過大速力による見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったこととによって発生したものである。
累進丸の実質的な船舶所有者が有資格者を乗り組ませなかったことは本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
A受審人は、夜間、小豆島南岸の雨倉鼻沖合において、無灯火状態で漂泊し、網を入れるに適した漁場を確認するため山立てを行う場合、接近する他船を見落とさないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、陸岸寄りに認めた無灯火の釣り船に気をとられ、見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、累進丸の接近に気付かず、同船との衝突を避けるための措置をとることができずに衝突を招き、A丸及び累進丸両船の右舷外板等に損傷を生じさせ、自身の腰部等に挫傷を、同人の妻の口唇等に裂創を、また、C指定海難関係人の頸部に打撲等を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が、夜間、小豆島南岸の雨倉鼻沖合において、無灯火の釣り船等が出漁している可能性のある漁場を航行する際、過大な速力で航行したため、十分な見張りを行う機会を逸したことは本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、同人が見張りの重要性について十分反省している点に徴し、勧告しない。
C指定海難関係人が、実質的な船舶所有者として、夜間、小豆島の南岸沖合で素潜りによる採介を行うため、橘漁港を出航しようとする際、有資格者を乗り組ませなかったため、十分な見張りを行うことができなかったことは本件発生の原因となる。
C指定海難関係人に対しては、同人が有資格者の乗船について十分反省している点に徴し、勧告しない。
 
よって主文のとおり裁決する。
 
(参考)原審裁決主文平成8年5月22日広審言渡(原文縦書き)
本件衝突は、漁船(船名なし)が、漂泊中に何らの灯火も表示しなかったばかりか、見張り不十分で、接近する累進丸との衝突を避けるための措置をとらなかったことに因って発生したものである。
受審人Aの4級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

参考図






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