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1998年(平成10年)

平成8年第二審第43号
    件名
貨物船第十すみせ丸貨物船キーウエルス衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成10年4月28日

    審判庁区分
高等海難審判庁
原審横浜

小西二夫、松井武、師岡洋一、根岸秀幸、田邉行夫
    理事官
米田裕

    受審人
A 職名:第十すみせ丸船長 海技免状:三級海技士(航海)
    指定海難関係人

    損害
すみせ丸…船首部外板及び球状船首に凹損
キ号…左舷中央部外板に亀裂を伴う凹損等

    原因
すみせ丸…行先信号不吹鳴、動静監視不十分、船員の常務(新たな危険・避航動作)不遵守(主因)
キ号…動静監視不十分、警告信号不履行、船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

    二審請求者
理事官葉山忠雄

    主文
本件衝突は、浦賀水道航路において、第十すみせ丸が、行先信号を吹鳴せず、かつ、動静監視不十分で、先航するキーウエルスに減速して後続しなかったばかりか、同船を追い越した直後、中ノ瀬航路に向けて転針し、新たな衝突のおそれを生じさせたうえ、同船を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが、キーウエルスが、動静監視不十分で、警告信号を行わず、かつ、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
受審人Aの三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成7年6月7日20時06分
東京湾浦賀水道航路
2 船舶の要目
船種船名 貨物船第十すみせ丸 貨物船キーウエルス
総トン数 3,145.36トン 1,260.00トン
全長 96.618メートル 69.160メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 2,794キロワット 1,323キロワット
3 事実の経過
第十すみせ丸(以下「すみせ丸」という。)は、船尾船橋型のセメント専用運搬船で、A受審人ほか10人が乗り組み、セメント約4,600トンを載せ、船首5.82メートル船尾7.00メートルの喫水をもって、平成7年6月6日14時30分高知県須崎港を発し、千葉港に向かった。
A受審人は、翌7日19時30分ごろ浦賀水道航路の南口付近で昇橋し、同航路から中ノ瀬航路を経由して目的地に向かうこととし、当直の一等航海士から操船指揮を引き受け、同航海士を見張りに、甲板員を手動操舵に当てて浦賀水道航路を北上した。
19時46分A受審人は、観音埼灯台から090度(真方位、以下同じ。)1.7海里ばかりの地点に達したとき、浦賀水道航路から中ノ瀬航路に入ろうとする船舶が吹鳴しなければならない長、長、短、長の汽笛信号(以下「行先信号」という。)を行わないまま、針路を325度に定め、機関を全速力前進にかけ、約1ノットの北西流に乗じ、12.5ノットの対地速力で進行した。
20時00分次直の甲板長と甲板員とが、それぞれ前直者に替わって当直に就いたとき、A受審人は、右舷船首45度350メートルの浦賀水道航路の右側端寄りに、中ノ瀬航路に向かうと、思われるキーウエルス(以下「キ号」という。)の船尾灯を視認した。
その後、A受審人は、キ号の動静監視を十分に行っておれば、浦賀水道航路と中ノ瀬航路との接続水域付近で同号に追い付くこととなり、同号が第2海堡灯台を大きく迂(う)回するようにして中ノ瀬航路に入航する場合には、同号を追い越したのちではその前方を安全に航過して中ノ瀬航路に入航することができない状況となることを認め得たが、同号が第2海堡灯台に接航して同航路に入れば大文夫と思い、その接近状態について十分に動静監視をしなかったのでこの状況に気付かず、減速してキ号に後続するなどの措置をとることなく進行した。
20時02分A受審人は、中ノ瀬航路に入るために針路を転じることを予定している地点から法令に定める半海里手前に達したが、行先信号を行わず、キ号を追い越す態勢になっていたのに、航路内での追越し信号も行わないで続航した。
A受審人は、20時04分キ号を右舷側約220メートルで追い越したが、間もなく同号も中ノ瀬航路に入るため右転するものと思い、その後も同号に対する動静監視を行わず、同時04分半行先信号を行わないまま右舵10度を令して回頭を始め、直進を続けていた同号と新たな衝突のおそれを生じさせたが、これに気付かず、機関を停止するなどの同号を避けるための措置をとることなく続航した。
20時06分少し前A受審人は、右舷前方に迫った同号に気付き、左舵一杯、機関停止としたが及ばず、20時06分すみせ丸は、右回頭が止まったのち少し左回頭を始めて010度に向首したとき、第2海堡灯台から280度630メートルの地点において、約7ノットの速力で、その船首部が、キ号の左舷中央部に後方から45度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力2の東南東風が吹き、潮候は上げ潮の中央期にあたり、付近には約1ノットの北西流があった。
また、キ号は、船尾船橋型の鋼製貨物船で、船長Bほか7人が乗り組み、黒鉛約1,500トンを載せ、船首4.00メートル船尾4.32メートルの喫水をもって、同月2日朝中華人民共和国天津新港を発し、千葉港に向かった。
越えて同月7日19時25分ごろB船長は、浦賀水道航路の南口付近で昇橋して操船指揮に当たり、一等航海士を見張りに当て、自動操舵によって同航路を北上した。
19時42分B船長は、観音埼灯台から090度1.8海里ばかりの地点に達したとき、中ノ瀬航路を経由する予定で、行先信号を行わないまま航路の右側端に寄り、針路を325度に定め、機関を港内全速力前進にかけ、約1ノットの北西流に乗じ、10.5ノットの対地速力で進行した。
B船長は、19時45分手動操舵に切り替えさせ、当直交代のために昇橋した三等航海士をこれに就けて続航中、20時00分左舷船尾45度350メートルに、すみせ丸の白、白、緑3灯を初認し、同船が自船の左舷側を追い越す態勢であることを知り、そのまま北上を続けた。
B船長は、20時04分ごろすみせ丸が左舷側約220メートルを無難に航過するのを視認し、その後、間もなく転針する中ノ瀬航路方向を見ており、すみせ丸に対する動静監視をしなかったので、同時04分半すみせ丸が右転を開始して衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かず、警告信号を行うことも、衝突を避けるための措置をとることもなく続航した。
20時06分わずか前B船長は、すみせ丸が左舷前方より右転しながら接近するのに気付き、あわてて機関停止、右舵一杯としたが効なく、キ号は、原針路、原速力のまま前示のとおり衝突した。
衝突の結果、すみせ丸は、船首部外板及び球状船首に凹損を生じたものの、航行に支障なく、キ号は、左舷中央部外板に亀(き)裂を伴う凹損等を生じたが、のちいずれも修理された。

(原因に対する考察)
本件は、夜間、両船がいずれも千葉港に向けて浦賀水道航路を北上中、キ号を追い越したすみせ丸が、キ号が中ノ瀬航路に向けて転針する前に同航路に向けて転針して衝突したもので、その原因について検討する。
1 すみせ丸の行先信号の吹鳴について
キ号は、衝突の1分半前すみせ丸が転針した時点において、既に中ノ瀬航路に向け得る地点に達しており、すみせ丸が針路を転じることを予定している地点から半海里以内に達したとき、または、針路を転じようとしているときに行先信号を吹鳴した場合、同船がいずれ中ノ瀬航路に向けて転針すること、または、転針を開始したことを知ることができた。
したがって、キ号は、すみせ丸の監視を続け、早めに転針するなり、同船の転針開始を見て、自船もこれに続いて転針するなり、衝突を回避する措置をとることがより容易であったことを考慮すると、すみせ丸の行先信号不吹鳴は、原因となる。
2 すみせ丸の追越し信号の吹鳴について
すみせ丸が浦賀水道航路において、キ号を追い越す場合、追越し信号を吹鳴しなかったことは遺憾である。
しかしながら、同号がすみせ丸の追い越しを承知していたことから、同船の追越し信号不吹鳴は原因とするまでもない。
3 すみせ丸の動静監視とその運航について
すみせ丸は、キ号が中ノ瀬航路に向かう態勢で浦賀水道航路を航行中、同号の動静を十分に監視していたならば、浦賀水道航路と中ノ瀬航路との接続水域付近において、同号に追い付くこととなり、同号が第2海堡灯台を大きく迂回する場合には、同号の前路を安全に航過して中ノ瀬航路に無難に入航することができない状況になることを知り得たと認められ、また、この状況に気付いたならば、減速してキ号に後続し、同号の運航を見極めた上で、中ノ瀬航路に向けて転針する措置をとり得たと認められる。
したがって、すみせ丸が動静監視を十分にしていなかったことは原因となる。
さらに、すみせ丸は、キ号を追い越した後においても同号の動静監視を十分に行わず、同号が中ノ瀬航路に入航する右転前であったのに、同船が同航路への転針を開始して新たな衝突のおそれを生じさせたうえ、行きあしをとめるなど同号を避けるための措置をとらなかったことは原因となる。
4 キ号の動静監視とその運航について
本件のごとく、すみせ丸が行先信号を吹鳴しないまま転針しても、中ノ瀬航路に入航するキ号は、すみせ丸の動静を十分に監視していたならば、同船が転針を開始して衝突のおそれが生じる状況を、灯火の動きから知り得たと認められ、また、この状況に気付いたならば、警告信号を行い、かつ、衝突を避けるための措置をとり得たと認められる。
したがって、キ号が動静監視を十分に行わなかったことは原因となる。
5 キ号の行先信号の吹鳴について
キ号が観音埼灯台に並航したとき行先信号を行っておれば、すみせ丸は、あらかじめ、同号が中ノ瀬航路に向かうことを明確に予測でき、同号に追い付いたとき、そのとるべき措置もおのずと異なってくることが考えられる。
しかしながら、A受審人は、キ号が中ノ瀬航路に入るものと思っていたことから、同号が行先信号を吹鳴しなかったことは原因とするまでもない。

(原因)
本件衝突は、夜間、両船がいずれも千葉港に向けて浦賀水道航路を北上中、すみせ丸が、行先信号を吹鳴せず、かつ、動静監視不十分で、右舷前方を先航するキ号に減速して後続しなかったばかりか同号を追い越した直後、中ノ瀬航路に向け転針し、新たな衝突のおそれを生じさせたうえ、同号を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが、キ号が、動静監視不十分で、かつ、警告信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
A受審人は、夜間、中ノ瀬航路を経由する予定で千葉港に向けて浦賀水道航路を北上中、右舷前方に中ノ瀬航路に向かうと思われる同航中のキ号を認め、これに追い付くことを知った場合、同号を追い越してその前方を安全に航過し、中ノ瀬航路に入航することが可能かどうかを判断できるよう、その動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、同号が第2海堡灯台に接航して同航路に入れば大丈夫と思い、動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、減速してキ号に後続するなどの措置をとることなく進行し、両航路の接続水域付近で追い越した直後右転して衝突を招き、すみせ丸の船首部外板及び球状船首に凹損を、キ号の左舷中央部外板に亀裂を伴う凹損等を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文平成8年11月7日横審言渡(原文縦書き)
本件衝突は、第十すみせ丸が、航路内において、行先を表示する汽笛信号を行わず、動静監視不十分で、キーウエルスの前路に進出したことに因って発生したものである。
受審人Aの三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

参考図






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