日本財団 図書館




1998年(平成10年)

平成8年第二審第38号
    件名
漁船由美丸漁船ともえ衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成10年4月28日

    審判庁区分
高等海難審判庁
原審長崎

須貝壽榮、伊藤實、田邉行夫、小西二夫、鈴木孝
    理事官
佐々木吉男

    受審人
A 職名:由美丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
由美丸…船首の塗料剥離
ともえ…左舷船尾外板に凹損、船長が両下腿に粉砕骨折

    原因
ともえ…有資格者を乗り組ませず、法定灯火不表示、見張り不十分、船員の常務(衝突回避措置)不遵守(主因)
由美丸…見張り不十分、船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

    二審請求者
理事官下川幸雄

    主文
本件衝突は、ともえが、有資格者を乗り組ませず、かつ、法定灯火を表示しなかったばかりか、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが、由美丸が、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成6年11月9日05時35分
長崎県対馬豆酘(つつ)埼沖合
2 船舶の要目
船種船名 漁船由美丸 漁船ともえ
総トン数 6.76トン 0.3トン
全長 13.70メートル 4.27メートル
機関の種類 ディーゼル機関 電気点火機関
漁船法馬力数 70 30
3 事実の経過
由美丸は、一本釣り漁業に従事する木造漁船で、A受審人が1人で乗り組み、操業の目的で、船首0.15メートル船尾1.00メートルの喫水をもって、平成6年11月9日05時00分長崎県下県郡厳原町内院漁港を発し、豆酘埼北北西方沖合の漁場に向かった。
A受審人は、発航時から航行中の動力船の灯火を掲げ、船尾寄りに設けられた操舵室右舷側の踏み台に立ち、舵輪を操作しながら見張りに当たり、神埼灯台を右舷側に通過したのち、豆酘湾を西行した。
05時30分A受審人は、豆酘埼灯台から115度(真方位、以下同じ。)1,200メートルの地点に達したとき、針路を270度に定め、豆酘埼と大瀬との間に東西に開けた幅約100メートル長さ約200メートルの水路(以下「水路」という。)の東口南側の立標に向け、機関を回転数毎分1,700にかけて10.0ノットの対地速力で進行した。
やがて、05時33分A受審人は、豆酘埼灯台から165度520メートルの地点に至り、同立標まで170メートルに接近したとき、機関を回転数毎分1,600に下げるとともに、針路を水路のほぼ中央に向く290度に転じ、9.0ノットの対地速力で続航した。
転針したとき、A受審人は、水路の西口から200メートル西方で正船首550メートルのところに、ともえが紅色点滅灯を掲げて漂泊を開始し、同船と衝突のおそれのある態勢であったが、その灯色が紅色であり、かつ、閃光時間が短かったので同灯火を視認することができないまま、水路をこれに沿って西行した。
05時34分半少し前A受審人は、水路の西口を通過したとき、正船首200メートルばかりのところに、漂泊中のともえの掲げる紅色点滅灯を視認することができる状況となったが、前路には他船はいないと思い、そのころ右舷船首20度800メートルのところに、豆酘埼西方沖合に設けられている定置網の黄色点滅灯を視認し、同点滅灯を次の転針目標にして注目していたところから、前路の見張りが不十分となり、ともえの存在に気付かず、転舵するなどの衝突を避けるための措置をとることなく進行した。
こうして、A受審人は、同一針路で西行中、突然船体に衝撃を感じ、05時35分豆酘埼灯台から230度500メートルの地点において、由美丸は、原針路、原速力のまま、その船首がともえの左舷側後部に後方から72度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力1の南西風が吹き、潮候は下げ潮の初期で、視界は良好であった。
また、ともえは、船外機付きのFRP製漁船で、有資格者が乗り組まず、B指定海難関係人が1人で乗り組み、いか釣りの目的で、船首0.1メートル船尾0.3メートルの喫水をもって、同日04時00分長崎県下県郡厳原町豆酘漁港を発し、豆酘埼付近の釣り場に向かった。
ところで、ともえは、B指定海難関係人の父親で、二級小型船舶操縦士の海技免状を受有するC船舶所有者が、平素は同指定海難関係人を同乗させて運航していた。
ところが、B指定海難関係人は、当日、父親がみかんの取り入れに携わる予定であったことから、これまで無資格にもかかわらず単独でともえを操船して魚釣りに出ては、その都度、父親から使用しないように注意されていたのに、同人の就寝中に無断で出港したものであった。
B指定海難関係人は、ともえが航行中に揚げなければならない法定灯火を備えていなかったので、代わりに発航時から株式会社ゼニライトブイ製のL-2型と称する紅色点滅灯の標識灯(単1乾電池4個入り、紅色4秒1閃光、閃光時間0.4秒)をグラスファイバー製の竿の先端部に固縛し、これを胴の間床面から1.7メートルのところに掲げ、いかの引き縄釣りをしながら豆酘埼東岸に沿って南下し、大瀬の南を迂回したのち、05時32分衝突地点付近に至り、船外機を停止して船首で漂泊準備にとりかかった。
05時33分B指定海難関係人は、同標識灯を掲げたまま、直径1.5メートルのパラシュート型シーアンカーを投入し、そのロープを15メートルばかり延出して船首のたつにとり、218度に向首した状態で漂泊を開始した。
そのころ、B指定海難関係人は、左舷船尾72度550メートルのところに、自船に向首する由美丸の白、紅、緑3灯を視認することができる状況で、同船が衝突のおそれのある態勢で接近していたが、有資格者が乗り組んでおらず、同指定海難関係人の見張りの重要性に対する認識が不足していたことから、周囲の見張りが不十分となり、由美丸の灯火に気付かなかった。
B指定海難関係人は、船首で前方を向いてパラシュート型シーアンカーの投入作業を続けるうち、05時34分半少し前由美丸が200メートルばかりに接近したが、依然これに気付かず、同シーアンカーのロープを放って機関を使用するなどの衝突を避けるための措置をとらないで漂泊中、同時35分少し前同作業を終えて船尾に戻ったとき、至近に迫った由美丸を初めて視認し、大声で叫んだものの効なく、危険を感じて海中に飛び込んだ直後、ともえは、218度を向いたまま前示のとおり衝突した。
衝突の結果、由美丸は、船首の塗料が剥(はく)離したのみであったが、ともえは、左舷船尾外板に凹損を生じ、B指定海難関係人は、由美丸のプロペラに接触し、両下腿に粉砕骨折を負った。

(原因に対する考察)
本件は、夜間、豆酘埼南西方沖合において、法定灯火を、点灯して航行中の由美丸と、無資格者が1人で乗り組み、紅色点滅灯の標識灯を掲げて漂泊中のともえとが衝突したものであり、その原因について検討する。
1 ともえの灯火について
ともえは、当時、パラシュート型シーアンカーを投入して漂泊中であったが、海上衝突予防法上は航行中であるから、同法第22条、第23条の両規定により、全長12メートル未満の同船には、マスト灯、船尾灯及び舷灯、又はこれらに代わる2海里以上の距離から視認することができる白色全周灯と、1海里以上の距離から視認することができる両色灯とをそれぞれ表示することが求められている。
ところが、ともえにはこれらの灯火の設備がなく、当時、L-2型と称する標識灯を掲げていたものである。しかし、同標識灯は、標識灯L-2型についての照会に対する株式会社ゼニライトブイ大阪営業所の回答書中、「白灯の場合、光達距離は約2キロメートルである。」旨の記載はあるが、同船が掲げていたのは紅灯で、その視認距離は同数値以下であると推測されるうえ、4秒1閃光で、かつ、閃光時間が0.4秒と短いため、由美丸に対し自船の存在を十分余裕のある距離から示すことができるものではなかったと認められる。
したがって、ともえが法定灯火を表示しなかったことは、本件発生の原因となる。
2 ともえに有資格者が乗り組んでいなかったことについて
船舶保有者は、ともえを運航するに当たり、船舶職員法第18条の規定に従って、海技従事者を乗り組ませなければならない。しかしながら、本件は、無資格のB指定海難関係人が有資格者である父親に無断で同船に単独で乗り組んで操船し、豆酘埼沖合に至り、パラシュート型シーアンカーの投入作業を終えた直後に発生したものである。
仮に、当時、有資格者が乗り組んでいれば、同作業時といえども周囲の見張りを十分に行い、接近する由美丸を早期に発見することができ、かつ、衝突を避けるための適切な措置をとり得たものと推認される。
したがって、ともえが有資格者を乗り組ませなかったことは、本件発生の原因となる。
3 由美丸側の見張りについて
A受審人は、水路を出たのち右舷前方の定置網の灯火に注目していた旨を供述していることから、前路の見張りを十分に行っていたとは言い難い。
当時、ともえが、法定灯火でないまでも紅色点滅灯を点灯していたのであるから、由美丸としては、前路の見張りを十分に行っていれば、少なくとも水路の西口を出たころ、正船首200メートルばかりに存在するともえの灯火を視認することができ転舵するなどの衝突を避けるための措置をとり得たものと認められる。
したがって、A受審人が前路の見張りを十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。

(原因)
本件衝突は、夜間、長崎県豆酘埼南方沖合の、同埼と大瀬との間に開けた水路の西口付近において、ともえが、有資格者を乗り組ませず、かつ、漂泊中、法定灯火を表示しなかったばかりか、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが、由美丸が、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人等の所為)
A受審人は、夜間、長崎県豆酘埼南方沖合の、同埼と大瀬との間に開けた水路の西口を出て漁場に向けて西行する場合、漂泊中の他船が掲げる灯火を見落とさないよう、前路の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、前路に他船はいないと思い、右舷前方に視認した次の転針目標となる定置網の黄色点滅灯に注目し、前路の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、ともえの掲げる紅色、点滅灯に気付かず、衝突を避けるための措置をとることなく進行して衝突を招き、ともえの左舷側後部外板に凹損を生じさせ、B指定海難関係人の両下腿に粉砕骨折を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人は、有資格者と乗り組むことなく単独でともえを操船したばかりか、夜間、豆酘埼南方沖合において漂泊中、法定灯火を表示せず、かつ、見張りを十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。同人に対しては勧告しない。

よって主文のとおり裁決する。

(参考) 原審裁決主文平成8年10月17日門審言渡 (原文縦書き)
本件衝突は、由美丸が、見張り不十分で、漂泊中のともえを避けなかったことに因って発生したが、ともえが、見張り不十分で、有効な音響による注意喚起信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったこともその一因をなすものである。
受審人Aの一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

参考図






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION