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1998年(平成10年)

平成10年横審第32号
    件名
漁船第二十一大成丸乗組員死亡事件

    事件区分
死傷事件
    言渡年月日
平成10年12月18日

    審判庁区分
地方海難審判庁
横浜地方海難審判庁

川原田豊、猪俣貞稔、河本和夫
    理事官
相田尚武

    受審人
    指定海難関係人

    損害
船長ほか4人死亡

    原因
冷蔵装置の取り扱い不適切、冷蔵装置担当の乗組員を適正に乗り組ませなかった

    主文
本件乗組員死亡は、冷蔵装置の取り扱いが適切でなかったことによって発生したものである。
船舶所有者が、冷蔵装置担当の乗組員を適正に乗り組ませなかったことは原因となる。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年8月23日09時50分ごろ(現地時間)
アイルランド西方北大西洋
2 船舶の要目
船種船名 漁船第二十一大成丸
総トン数 371トン
登録長 47.36メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,103キロワット
3 事実の経過
1 船体の設備及び冷蔵装置
第二十一大成丸は、昭和56年3月の就航当初より、北大西洋でのまぐろはえ縄漁業に従事する冷蔵装置を備えた長船尾楼型鋼製漁船で、船楼内上申板の船首側中央には、漁獲したまぐろの前処理を行う前側及び後側各準備室が、その両側の前後に前処理後のまぐろを冷凍する各凍結室がそれぞれ設けられ、同甲板の下には、船首側両舷の1番魚倉及びその後ろに、魚倉総容積の約60パーセントを占める大区画2番魚倉があり、はえ縄の餌や冷凍まぐろを貯蔵し、その出し入れを後側準備室の床のハッチから行うようになっていた。
上甲板部は、凍結室の後ろに3番魚倉と機関区画後方の船尾に4番魚倉が設けられ、両魚倉間の機関室上段には、前部隔壁に冷蔵装置の操作パネルを取り付け、同室船首側に、電動機でベルト駆動される2段圧縮8気筒の冷凍圧縮機3台が左右に並んで据え付けられ、中央付近が船尾楼甲板や機関室下段との連絡階段を備えた開口部で、その両側に造水器など補機の一部が設置され、船尾側左舷の機関監視室内に冷蔵装置の監視盤などが、同右舷に船尾楼甲板の食堂やギャレーに通じる昇降口が設けられていた。
冷蔵装置は、日新興業株式会社が製作した、冷媒にフロンガス(R-22)を使用する直接膨張式で、海水温度が摂氏30度大気温度が同35度、予冷時間が魚倉24時間まぐろ36時間で、摂氏マイナス50度(以下、摂氏マイナスを「-」と表示する。)以下の超低温に冷却可能な仕様となっており、高圧と低圧各シリンダが1対3の冷凍圧縮機には、アンローダ装置及び油圧低下や異常高圧に対する危急停止装置が装備されていた。
魚倉各室には、外径42.7ミリメートル肉厚3.5ミリメートルの、外面に亜鉛めっき処理の施された、冷凍配管用鋼管製のヘアーピン形蒸発管が、乾式蒸発器として各準備室の天井と側壁、各凍結室の天井と凍結用管棚、各魚倉の天井と側壁と床下の各部に配管され、準備室と魚倉に合わせて34系統、凍結室に16系統の計50系統が、それぞれ200メートル前後の長さになって接続され、操作パネルで12個に分かれた各膨張弁ヘッダーより、入口元弁と手動または自動各膨張弁を備えた2経路を経由し、冷媒を循環するようになっていた。
膨脹弁ヘッダーには、呼び径25ミリメートルの元弁がそれぞれに取り付けられ、また各魚倉にば蒸発管保護のため、側壁にプラスティック製パネルを取り付け、床にボルト止めしたアルミニニウム製敷板を敷き詰めていて、ハッチ下の2番魚倉には、冷凍まぐろなど出し入れのため、倉内に等間隔に立てたピラーを利用した、高さ約1.2メートルの棚板を設けていた。
冷媒は、機関室下段に設置した容量2,070リットルの受液器2台から供給され、水分除去のドライヤーを通り、操作パネルから各蒸発管に送られてガス化され、各部を冷却後各系統戻り側の出口弁を出たあと、凍結室の4室とそれ以外の5系統に分岐され、それぞれの切り換え弁を備えたアキュムレータと称する、吸入側の緩衝ヘッダー及びストレーナを経由して冷凍圧縮機こ吸入され、冷却海水温度相当の臨界圧力に圧縮のうえ、同室下段に設置した凝縮器に送られ冷却液化し受液器に溜められていた。
操作パネルの前面には、各系統ごとの入口元弁や各膨脹弁、アキュムレータに至る各系統の戻り側出口弁、魚倉などの温度を示す隔測温度計のほか、各冷凍圧縮機の圧力計などの計器も、同パネル前面と機関監視室内に備えられており、凝縮器や受液器には自動ガスパージャと称する、系統内の冷媒に混入した空気を排除するエアー抜き装置が配管されていた。
2 A社と第二十一大成丸の運航状況
指定海難関係人A社(以下「A社」という。)は、まぐろはえ縄漁業として北大西洋で操業する本船のほかに、ペルー沖で操業する大型漁船1隻、太平洋で操業する小型漁船3隻を所有し、役員などの社員6人が運航や乗組員配乗などの業務に当たり、操業中の安全等については、同社の所属する神奈川県鰹鮪漁業協同組合の上部組織である、日本鰹鮪漁業協同組合連合会(以下「日かつ連」という。)発行の関連出状を適宜船に配布する程度で、担当者が外地出張することもあるが、すべてを船長以下乗組員に任せて運航し、特に指導を行っていなかった。
本船は、スペイン領カナリア諸島ラスパルマス港を基地とし、定期検査で日本への帰港時以外は北大西洋漁場での操業に従事し、漁労長や船長など職員とキーマンとなる主な乗組員14人が日本人船員で、他に外国人船員が部員として乗り組み、基地を出港したあとは漁場近くの港で食料などを補給しながら、満船になるまで操業を続けで基地に帰港し、その間漁獲したまぐろは各魚倉で-50度以下に凍結貯蔵されていた。
乗組員は、いずれも期間雇用として雇入れされ、漁労長など一部の者は休暇のあとも再雇入れされていたが、それ以外は、その都度新たに雇入れされ、日本人乗組員はほぼ一年交代で空路赴任し、外国人乗組員は、日本漁船の運航支援に当たる日かつ連ラスパルマス事務所の仲介などにより現地採用されていた。
平成8年6月基地に帰港し本船は、ラスパルマス港で機関や冷蔵装置整備のほか、主な乗組員のうち10人が交代し、A社で10年以上乗船経歴のある、漁労長兼船長A(昭和21年8月7日生、三級海技士(航海)免状受有)、甲板長B(昭和12年10月30日生)とともに、新たに6人が同8月1日に雇入れされた。
しかし、冷蔵装置を担当する機関部職員は、機関長及び一等機関士ともに適任者がいなく、一等機関士が手配されないまま、ようやく採用した機関長C(昭和12年2月15日生、三級海技士(機関)免状受有)が1週間ほど他の者より一人遅れて赴任し、乗船後同港の日かつ連事務所に駐在の、冷蔵装置メーカーが派遣した技術者の指導を受け、冷凍機の運転に当たり、魚倉などの冷却を開始した。
こうして本船は、A船長ほか日本人船員12人とインドネシア人船員8人が乗り組み、一等機関士を適正に乗り組ませず、遠洋まぐろ漁船等に対する船舶職員法の特例措置に違反した欠員のまま、各魚倉がほぼ-50度に冷却された状態で、同8月10日同港を出港した。
ところで冷蔵装置は、常に魚倉の温度や冷凍圧縮機の運転状態を監視し、操作パネルで各系統の冷媒の通過状況をバランスさせて運転することが重要で、通常は冷媒通過量を戻り系統で温度調節する自動膨脹弁を使用し、手動膨張弁はあくまで応急使用とされるところ、機関長と操機長及び機関員D(昭和25年7月11日生)の3人が機関当直し、各直で同パネルを操作しながら、漁場近くなって凍結室などの冷却を開始した際、手動膨張弁が主に使用されていた。
3 本件発生の経緯
本船は、北大西洋アイルランド西方の漁場に到着して8月16日早朝より操業を開始し、連日04時(現地時間、以下同じ。)から10時ごろまでに投縄し、しばらく漂泊のあと、15時ごろから夜半まで揚縄を行う1日1回の操業を繰り返し、これと並行して冷凍長などが、漁獲したまぐろの内臓除去や洗浄など前処理して凍結させるとともに、午後から揚縄開始までの間に、凍結処理後の冷凍まぐろを2番魚倉に降ろす作業を行っていた。
そのころ冷蔵装置は、操作パネルの手動膨脹弁が十分に開度調節されず、やがて全開とされたため、受液器内の冷媒が全量排出されて系統内に滞留し、魚倉などの温度が-10度から-50度の範囲で上下する状況となり、さらに第2回目操業の翌17日以後は、各系統内に堆積していた経年によるさびなどの異物が、冷媒に洗われて潤滑油とともに冷凍圧縮機に戻り、吸入ストレーナの120メッシュ金網のエレメントを詰まらせ、吸入圧が高度の真空となったことにより、油圧が低下して同機が頻繁に停止するとともに、魚倉などが温度上昇気味となり、凍結処理も順調に行われなくなった。
同20日になって船長が、会社に状況を電話連絡して対策について助言を求め、これにメーカーの三崎出張所が対応した結果、手動膨脹弁を閉めて受液器への冷媒回収や吸入ストレーナ掃除などが行われ、全体的に再び温度が低下するようになって、翌21日には平均してほぼ-50度を維持できるようになった。
ところが翌22日14時30分ごろ、冷凍長などが2番魚倉内で冷凍まぐろの降ろし作業中、一つを棚板から誤って床に落下させ、敷板は凹損した程度であったがその衝撃で床下の木製根太(ねだ)に収められた、後部左舷系統の蒸発管がたまたま溶接部で折損し、折損部からフロンガスが漏出するとともに、系統内に空気が吸入されるようになった。
運転中の冷凍圧縮機は、同22日16時ごろ、空気混入ガス圧縮のため高圧吐出側圧力計の目盛りを振り切るほどの異常高圧となって停止し、再始動を試みても継続運転が不能であったため、操機長が冷凍長等に尋ねて作業中にまぐろを落下させたことが分かり、同魚倉内でフロンガスの漏洩(えい)が検地されたことから蒸発管の損傷と判断し、膨脹弁ヘッダーで床下4系統のうちの両舷後部2系統の、入口元弁及び出口弁を閉めて損傷系統が隔離された。
しかし冷蔵装置は、その後系統内に混入した空気中の水分氷結による、膨脹弁や冷凍圧縮機吸入ストレーナの詰まりを生じ、依然として同機の連続運転不能状態が続き、同22日夜半に船長がA社に再度助言を求め、同機の間欠運転と凝縮器や受液器からのエアー抜きなどが脂示され、機関長等3人が同機を順次切り換えながらエアー抜きと同ストレーナ掃除を行い、翌23日07時ごろになって同ストレーナの著しい汚れなどが報告された。
一方本船は、かねて船長が援助を要請していた僚船と、同23日真夜中に会合予定となっており、前日から徹夜で先の対応措置に当たっていた機関長等3人が、その後も操作パネルなどの各弁を開閉しながら冷媒回収などの作業中、右舷前側凍結室の膨脹弁ヘッダーの元弁を、なぜその必要があったのか不明であるが、機関長がバルブハンドル回しの柄にパイプを継ぎ足し、開弁状態の同弁を無理に開けたため、弁棒がハンドル車取り付け部で折損した。
機関長は、このような不手際が重なって気が動転したのか、元弁に至る系統の冷媒排除などの安全措置を施さないまま、操機長とD機関員の目前で、同弁のボンネット締め付けボルト4本を外し始め、機関室では、2本がほぼ外された同23日09時50分ごろ北緯53度27分西経16度48分の地点において、ボンネットの取り付けが緩むと同時に冷媒が一気に柱状となって噴出した。
当時、天候は曇で風力3の北北西風が吹き、海上に白波があった。
驚いた操機長とD機関員は、右舷後部昇降口より直ちに甲板上に逃れたが、船内に急を知らせようと操機長が船長を探すうち、D機関員が機関長を探しに機関室に戻り同人とともに、また前示作業を見ていたのか、たまたま開口部の階段付近にいたと思われる、船長及び甲板長も一緒に同昇降口から逃れようとしたが、酸欠状態となった同室の出入口付近で全員が倒れた。
これを見た他の乗組員や操機長が救助しようと昇降口を降りたが、いずれも酸欠のため気を失いそうになり辛うじて逃れたものの、助けに入った司厨長E(昭和15年11月10日生)と船長等4人は死亡した。
本船は、主機及び発電機が酸欠のため停止して電源喪失し、さらにバッテリーの消耗により通信不能となったが、通信長がトランシーバで連絡した結果、僚船より電源供給を受けて機関の運転及びA社との交信などが可能となった。そして、アイルランドのコーク港に寄港して事後措置のうえ、ラスパルマス港に帰港して冷蔵装置などの修理を行い、乗組員を適正に乗船させたが、A社は、その後本件を契機として大型漁船による操業を取り止めることになった。

(原因に対する考察)
労働災害的な事故原因は、それに係わった者の管理的要因、技術的要因、精神的要因について検討されるが、本件では乗組員交代時に一等機関士が欠員であった管理的要因、冷蔵装置を取り扱うとき担当者の知識や技術が十分出なかった技術的要因について考察する。
本件のようなフロンガスによる酸欠事故は、その防止について業界団体などがすでに周知し、折にふれ注意を促しているところである。
膨脹弁ヘッダー元弁がほぼ分解されており、事後処置に当たった僚船の連絡で、「考えられないこと」と半ば非難されるような、ごく常識的でしかも基本的な安全措置が守られなかったのは、その経緯をみれば、現場にいた者の作業に対する認識不足があったためと考えられる。
冷蔵装置を取り扱うに当たっての技術的な対応が、当時の機関長は十分でなかったが、冷媒系統を開放するという不安全行為を、制止することなく、これを見過ごしていた操機長などにおいてもそれは同様である。
冷蔵装置については、F常務が質問調書で「海技免状を持つ者で冷凍機を取り扱い出来ない者はいない、持たない者でも技術のある者もおり個人差が大きい。」と述べるように、乗船中の実務でその技術を会得することが多いと思料され、操機長が質問調書で「乗船歴約30年のうち半分以上が甲板部であった。」と述べていることから察せられるように、その技術は、習得する機会の少ない部員よりも、冷蔵装置を常に担当する機関長など、機関部職員に期待されているところである。
通常複数の者が係わった事故の原因には、それぞれの行為が単独で危険発生の要因となる併存的競合、片方の行為で危険を生ずるが、他方がそれを防止できる重畳的競合、一人の行為だけでは危険を生じないが、それが重なると発生する累積的競合があるとされている。
本件では作業に従事した機関長などが、同時的な横のつながりを保ちながら併存的競合、または累積的競合の関係にあり、一方これら技術的要因と時系列的に縦のつながりを有する、一等機関士の欠員という管理的要因は、どちらかが機能しておれば、事故を防止できる重畳的競合の関係にあったと判断されるから、一等機関士を乗船させておくことが、事故防止のためには必要であった。
よってA社が、船舶職員法第20条に係わる特例措置に違反し、機関部職員を適正に配乗しなかったことは、本件発生の原因である。

(原因)
本件乗組員死亡は、冷蔵装置を取り扱うに当たり、冷媒管系を操作するときの作業が不適切で、同管系の締め付け部が不用意に緩められ、フロンガスが大量に噴出し、酸欠状態となったことによってよって発生したものである。
作業が適切に行われなかったのは、船舶所有者が、冷蔵装置担当の乗組員を適正に乗り組ませなかったことと、担当者が冷媒管系に対し作業をする際、安全措置しなかったこととによるものである。

(指定海難関係人の所為)
A社が冷蔵装置担当の乗組員を適正に乗り組ませなかったことは、本件発生の原因となる。A社に対しては、その後、大型漁船による操業を取り止めた点に徴し、勧告しない。

よって主文のとおり裁決する。






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