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1998年(平成10年)

平成10年仙審第28号
    件名
漁船第三十五稲荷丸乗組員死亡事件

    事件区分
死傷事件
    言渡年月日
平成10年12月15日

    審判庁区分
地方海難審判庁
仙台地方海難審判庁

供田仁男、高橋昭雄、安藤周二
    理事官
黒田均

    受審人
A 職名:第三十五稲荷丸船長 海技免状:五級海技士(航海)(旧就業範囲)
B 職名:第三十五稲荷丸副漁労長 海技免状:四級海技士(航海)
    指定海難関係人

    損害
操機長が搦死

    原因
漁労作業の安全確保に対する配慮不十分、船舶所有者の船側に対する安全管理業務不十分

    主文
本件乗組員死亡は、漁労作業の安全確保に対する配慮が十分でなかったことによって発生したものである。
船舶所有者が、船側に対する安全管理業務を十分に行っていなかったことは、本件発生の原因となる。
受審人Aを戒告する。
受審人Bを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年5月16日15時30分
岩手県尾埼東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 漁船第三十五稲荷丸
総トン数 75トン
登録長 27.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 592キロワット
3 事実の経過
第三十五稲荷丸(以下「従船」という。)は、第三十二稲荷丸(以下「主船」という。)と船団を組んで2艘曳の沖合底曳網漁業に従事する鋼製漁船で、船体のほぼ中央部に操舵室を設け、その後方の船尾甲板後部がスリップウェイにより左右の甲板(以下「サイドデッキ」という。)に分かれ、船尾端に門型ガロースを装備していた。
サイドデッキは、長さ4.50メートル、船尾端における幅が2.70メートルで、周囲を高さ1.15メートルのブルワークによって囲まれ、船尾端左右の角に直径25センチメートル(以下「センチ」という。)の円柱形のガロース脚部が立っていた。そして、同脚部は、その強度を保つため、ブルワーク上面から29センチ下方で2辺をブルワーク内面に固定された長さ55センチ、幅70センチの四角形をした水平補強板(以下「補強板」という。)のほぼ中央部を貫通していた。
また、左右のサイドデッキ前方にはトロールウインチが各1台設けられ、両トロールウインチから繰り出される左舷及び右舷曳網索を海中に導く左舷及び右舷トップローラが各サイドデッキ中心線上のガロー下面から吊り下げられ、各トップローラのシーブ上端が同デッキ上1.65メートルのところにあった。
従船は、曳網に際して主船の右方に位置し、右舷曳網索を底曳網の右側袖網につなぎ、右舷トップローラから10メートル後方で、同索のリングに左舷曳網索をシャックルを用いて連結していた。さらに、両曳網索の連結部にはトッタリワイヤと称する索の一端がシャックルで止められ、他端が左舷外板の外側沿いに前方に導かれて船体中央部付近の甲板に固定されており、3索を張り合わせることによって船体を左方に向け、曳網中に主従両船を徐々に近寄らせるための操船の一助として使用されていた。
左舷曳網索及びトッタリワイヤは、曳網の終盤に主従両船が互いに近づくと、揚網に先立って右舷曳網索から外され、その作業は、同索を巻き込んで3索の連結部を右舷トップローラ付近まで引き寄せ、右舷サイドデッキ後部で行われていたが、各索にねじれを生じて右舷曳網索に他の2索が絡むことがあり、このような状態になると右舷曳網索を延ばして左舷同索を巻き、再び元に戻す作業を何度か繰り返し、左舷トップローラの近くで絡みが解けたときには、左舷サイドデッキ後部でトッタリワイヤが外されることもあった。
C指定海難関係人は、昭和61年4月有限会社Aが漁業及び水産物加工業等を目的に資本金500万円で設立された当初から取締役に就任して、所有する底曳網漁船3隻の安全管理業務を担当し、短期間ながらも乗船して操業の実態を視察したものの、安全担当者の選任等のほか同業務の一切を漁労作業にかかわるものとしてB受審人と主船に乗り組む漁労長とに任せていた。したがって、同指定海難関係人は、漁労作業中にスリップウェイが開口部となって海中転落の危険にさらされている乗組員の作業用救命衣の着用やスリップウェイ以外にも海中転落のおそれがある場所を立入禁止にするなどの安全確保について、漁労長、副漁労長及び安全担当者に対する教育を十分に行っていなかった。
従船は、B受審人指揮のもと、甲板長を甲板部安全担当者に選任して同人の下船中にはA受審人がこれを兼務し、三陸沖合での日帰り操業を繰り返し行い、水揚げのため、平成9年5月15日岩手県大船渡港に入港した。その際、B受審人は、機関長に主機関の取扱いを習熟させようと考えて主船に派遣し、また、甲板長が急用で下船したことから、主船の操機長Dを従船に転船させ、雇入れの手続きをとらないまま従船においても操機長として就労させることとした。
翌16日02時00分従船は、A、B両受審人及びD操機長ほか5人が乗り組み船首1.2メートル船尾4.2メートルの喫水をもって、主船と共に大船渡港を発し、前御崎岬灯台から095度(真方位、以下同じ。)14.3海里の漁場に向かった。
03時45分B受審人は、漁場に到着し、操舵室で漁労作業全般の指揮を執るにあたり、平素から作業用救命衣着用の習慣がないまま乗組員を船尾甲板に配し、船尾角の補強板には手摺がなく同作業中に乗組員がこの上に不用意に上がり船体の動揺などで平衡を失って海中に転落するおそれがあったが、その危険性について思い至らず、船尾角に立入禁止区域を設けるなどの措置を講じることなく、04時00分第1回目の投網を開始した。
B受審人は、北北東方に曳網し、揚網ののち再び投網して操業を続け、15時15分陸中尾埼灯台から126度7.9海里の地点に至り、017度の針路及び3.0ノットの対地速力で第3回目の曳網中、休息している乗組員に揚網用意を令した。
一方、A受審人は、漁場に到着して乗組員と共に船尾甲板で漁労作業に就き、甲板部安全担当者として作業上の危険を防止する立場にあったものの、補強板上からの海中転落の危険性について思い至らず、乗組員に対して同板上には上がらないことを指導せずに操業を開始し、その後、第3回目の揚網用意の合図で機関部員をトロールウインチに就けて右舷曳網索を巻き込ませ、同索から左舷曳網索及びトッタリワイヤを外す作業にD操機長ほか2人の甲板員をあて、自らはデリックの準備作業に従事した。
また、D操機長は、第3回目の揚網用意の合図で長袖シャツの上にヤッケを着て雨がっぱのズボン及び長靴をはき、安全帽を着用して作業用救命衣を着けないまま船尾端に赴き、右舷曳網索から左舷同索とトッタリワイヤとを外そうとしたところ、3索が絡んでいたので、トロールウインチを操作する機関部員が左右の曳網索の伸縮を繰り返して絡みを解こうとしている間、右舷サイドデッキから左舷同デッキに拶り、振れ回る左舷トップローラと同曳網索とを避けようとして補強板上に上がった。
15時28分A受審人は、D操機長が補強板上に上がりガロース脚部の前方で船尾方を向いで立っているのを認めたものの、速やかに下りるよう命じずにデリックの準備作業を続けた。
こうして、15時30分D操機長は、陸中尾埼灯台から120度7.7海里の地点において、身体の平衡を失って海中に転落した。
当時、天侯は曇で風はほとんどなく、海上は穏やかであった。
15時30分わずか過ぎA受審人は、D操機長の姿が見当たらないことに気付いて左舷船尾に駆けつけ、10メートル後方の海面に浮いているのを見つけて直ちにB受審人に知らせ、同時35分意識を失っている同躁機長を船上に引き揚げ、人工呼吸を施しながら岩手県釜石港に帰港して病院に急送した。
その結果、D操機長(昭和15年9月23日生)は溺死と検案された。

(原因)
本件乗組員死亡は、尾埼南東方沖合の漁場において、2艘曳底曳網漁業の操業中、漁労作業の安全確保に対する配慮が不十分で、海中転落のおそれがある船尾角ブルワーク頂部付近に設けられたガロース脚部の水平補強板上への立入りが禁止されなかったばかりか、作業用救命衣が着用されず、乗組員が同補強板上に上がり身体の平衡を失い海中に転落したことによって発生したものである。
船舶所有者が、船側に対する安全管理業務を十分に行っていなかったことは、本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
A受審人は、2艘曳底曳網漁業船団の従船の甲板部安全担当者として乗組員と共に船尾甲板で漁労作業を行う場合、船尾角のブルワーク頂部付近に設けられたガロース脚部の水平補強板には手摺がなかったから、乗組員がこの上に不用意に上がって海中に転落することのないよう、同補強板上には上がらないことを指導するなど作業実施上の安全確保に対する配慮を十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、水平補強板上からの海中転落の危険性について思い至らず、同補強板上には上がらないことを指導するなど作業実施上の安全確保に対する配慮を十分に行わなかった職務上の過失により、乗組員が同補強板上に上がり身体の平衡を失い海中に転落して溺死するに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、2艘曳底曳網漁業船団の副漁労長として従船の漁労作業全般の指揮を執り、乗組員に同作業を行わせる場合、船尾角のブルワーク頂部付近に設けられたガロース脚部の水平補強板には手摺がなかったから、乗組員がこの上に不用意に上がって海中に転落することのないよう、船尾角に立入禁止区域を設けるなど作業環境上の安全確保に対する配慮を十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、水平補強板上からの海中転落の危険性について思い至らず、船尾角に立入禁止区域を設けるなど作業環境上の安全確保に対する配慮を十分に行わなかった職務上の過失により、乗組員が補強板上に上がり身体の平衡を失い海中に転落して溺死するに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
C指定海難関係人が、船舶所有者の取締役として2艘曳底曳網漁業船団の安全管理業務にあたる際、漁労作業中の安全確保にっいて、作業用救命衣の着用や海中転落のおそれのある場所を立入禁止にするなど、作業指揮者及び安全担当者に対する教育を十分に行っていなかったことは、本件発生の原因となる。
C指定海難関係人に対しては、その後、作業用救命衣着用などの安全確保に関する教育を行っている点に徴し、勧告しない。

よって主文のとおり裁決する。






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