日本財団 図書館




1998年(平成10年)

平成9年神審第118号
    件名
漁船宝勝丸乗組員死亡事件

    事件区分
死傷事件
    言渡年月日
平成10年10月28日

    審判庁区分
地方海難審判庁
神戸地方海難審判庁

山本哲也、佐和明、工藤民雄
    理事官
坂本公男

    受審人
A 職名:宝勝丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
機関長が全身の圧挫による心肺挫傷により死亡

    原因
漁網の曵索の巻込み作業に対する安全措置不十分

    主文
本件乗組員死亡は、漁網の曵索の巻込み作業に対する安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年4月9日08時40分
石川県橋立漁港沖
2 船舶の要目
船種船名 漁船宝勝丸
総トン数 19トン
全長 24.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 558キロワット
3 事実の経過
宝勝丸は、かけ回し式沖合底びき網漁業に従事する幅4.40メートル深さ2.00メートルの一層甲板型FRP製漁船で、A受審人及び機関長として雇い入れられたBほか2人が乗り組み、操業の目的で、船首0.20メートル船尾2.50メートルの喫水を'もって、平成9年4月9日00時00分石川県加賀市橋立漁港を発し、01時ごろ同港西北西約10海里の漁場に至って直ちに操業を開始した。
甲板上ほぼ中央部に設けられた船橋楼は、甲板からの高さ1.40メートルの機関室囲壁と、その上の操舵室及び後方の賄室とに区画され、船橋楼の前方が長さ約8メートルの前部甲板に、後方が長さ約6メートルの船尾甲板に、両側が幅約1メートルの通路にそれぞれなっており、両舷側が高さ約1.20メートルのブルワークで囲われていた。
また、漁ろう設備として、前部甲板上の船首部にデリックが、中央やや左舷寄りに漁網用リールがそれぞれ設置され、船尾甲板上には右舷側に1台と左舷側に前後2台の曵(えい)索用リールを備えていたほか、曳索の巻込み用に、船首ブルワーク上に左右2個の船首ローラ、機関室囲壁の前部両舷側にガイドローラ及び巻胴式ウインチ(以下「ウインチ」という。)のドラム(以下「巻込ドラム」という。)をそれぞれ装備していた。
ウインチは、定格巻揚げ荷重3.5トン同速度毎分120メートルの油圧式で、直径約40センチメートル(以下「センチ」という。)長さ約60センチの巻込ドラムが、機関室囲壁両側面から左右に突き出す格好で取り付けられており、甲板からドラム軸心までの高さが約80センチであった。また、ウインチの運転操作は、それぞれ巻込ドラムの船尾側約90センチの位置に取り付けられたウインチ操作レバーによって行われ、各ドラムの回転方向及び速度が制御できるようになっていた。
さらに、油圧発停レバーが、各ウインチ操作レバーから約1.20メートル船尾側にそれぞれ設けてあり、船首側の運転位置に倒すと、ウインチカ繰作レバーで運転可能となるとともに曳索用リールが一定速度で回転し、船尾側に倒して停止位置にすると、ウインチ及び曳索用リールがともに停止するようになっていた。
本船の漁法は、機関を全速力前進にかけて反時計回りに航走しながら浮標の樽(たる)、長さ約1,500メートルの引き綱、重量約200キログラムのチェーン、長さ約500メートルの手綱及び漁網を順に連結して投入し、続いて逆の順序で樽まで戻り、ひし形にかけ回して投網を終え、回収した引き綱の端部を船尾中央に固定して曳網を行い、揚網時には船体を反転させて機関を微速力後進にかけ、両引き綱をそれぞれ船首側に回し、船首ローラ及びガイドローラを経て巻込ドラムで巻き込み、張り合わせ程度の力で曳索用リールに巻き取ったうえ、デリックと漁網用リールで揚網するものであった。
A受審人は、新造時から船長兼安全担当者として本船に乗り組み、当初は4人の乗組員とともに出漁していたところ、平成9年2月下旬、甲板員の1人が都合で乗船できなくなり、以来欠員の補充ができないまま出漁し、揚網時など乗組員を両舷に分けて配置するときは、経験の豊富なB機関長を右舷側に1人で就け、2人の甲板員を左舷側配置とし、自らは操舵室で操船しながら作業の指揮監督に当たっていた。
ところで、曳網中、先に投入した引き綱あるいはチェーンが海底の泥や岩に引っ掛かり、いわゆる根掛かりすることがときどきあり、その際は揚網時の要領でウインチを使用し、両引き綱を巻き込んで外すようにしていた。ところが、同作業は、根掛かりした側の曳索を無理に巻き込むので危険を伴い、また、両引き綱の緊張具合を監視しながら巻込み速度を調整しないと、引き綱が切断したり漁網が破損するおそれがあった。
そこでA受審人は、同作業時は機関を微速力後進にかけ、右舷側ウインチによって根掛かりした引き綱を一定の低速度で巻き込み、左舷側ウインチの巻込み速度を右舷側に合わせながら引き外すようにしており、右舷側はB機関長に任せ、左舷側のウインチ操作レバーと油圧発停レバーに甲板員をそれぞれ就け、自らは操舵室の左舷側窓寄りに立ってときには機関を前進に掛けるなど繰船に当たりながら、両引き綱及び左舷側を監視して甲板員にウインチの巻込み速度を指示していた。
ところで、操舵室は、両舷が機関室囲壁からそれぞれ約50センチ張り出しており、室内からは同張出し部の下に位置する巻込ドラムやガイドローラなどを見ることはできなかった。そこでA受審人は、平素から両甲板員に対し、曳索が巻込ドラムに絡等の異常が発生したときは、必ず停止してから対処するよう注意していた。しかし、同人は、監視がおろそかになりがちな右舷側で、1人で作業に当たるB機関長に対しては、自分より経験が豊富だったこともあって、具体的な指示をしなくても大丈夫と思い、同様の注意を行うなどの十分な安全措置を講じていなかった。
本船は、同日07時40分4回目の操業に取り掛かり、08時05分かけ回しを終えて機関を前進にかけ、約2ノットの速力で曳網に掛かったところ、同時20分ごろ曳索が根掛かりして行き脚が停止した。そして、このことに気付いたA受審人が乗組員にその旨を告げ、いつもの手順で船体を反転させたうえ、B機関長を1人で右舷側の配置に就け、左舷側の甲板員2人にウインチ速度を調整させながら曳索の引き外しに掛かった。
漁船に20年以上乗船経験があるB機関長は、雨ガッパ上下、ゴム長靴、ゴム手袋及び布製帽子を着用し、船尾甲板の右舷側に立って巻込ドラム及び曵索用リールの監視に当たった。
こうして本船は、微速力で後進しながら、直径35ミリメートルの化学繊維製引き綱を、それぞれ船首ローラからガイドローラを経て巻込ドラムに導き、上巻きに5巻きして巻き込み、曵索用リールに巻き取り中、右舷側の引き綱が、根掛かりが外れたはずみでガイドローラから外れたことによるものか、巻込ドラム上で絡んで逆巻き状態となり、曳索用リールが逆回転し始めた。そして、これに気付いたB機関長が、ウインチを停止しないまま、思わず巻込ドラムの船首側に回り込んで絡みを外そうと引き綱に右手を伸ばしたところ、08時40分加佐岬灯台から真方位296度6.5海里の地点で、ゴム手袋から同ドラムに巻き込まれた。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、海上は穏やかであった。
A受審人は、右舷方からの規則的な異音に気付き、操舵室の右舷側に出て張出し部の下をのぞいたところ、B機関長が引き綱で上半身を巻込ドラムに巻き込まれて回転しているのを発見し、油圧発停レバーを倒して回転を止め、事後の措置に当たった。B機関長(昭和19年2月26日生)は、病院に搬入されたが、全身の圧挫による心肺挫傷により既に死亡していた。

(原因)
本件乗組員死亡は、操業中、根掛かりした漁網の曳索をウインチを使用して巻き込むにあたり、同作業に対する安全措置が不十分で、運転中の巻込ドラムに近づいた乗組員が同ドラムに巻き込まれたことによって発生したものである。
安全措置が不十分であったのは、船長が機関長に曵索巻き込み中に異常が発生したときは、必ずウインチを停止してから対処するよう指示していなかったことと、機関長が曳索巻き込み中に、絡みを直そうとしてウインチを停止しないまま巻込ドラム近くで引き綱に手を伸ばしたこととによるものである。

(受審人の所為)
A受審人は、橋立漁港西北西方沖合の漁場において、曳網中に根掛かりした漁網の曳索をウインチを使用して巻き込む場合、右舷側で1人で作業を行っている機関長が、引き綱が巻込ドラム上で絡むなどの不具合が生じたとき、ウインチを停止しないまま思わず1人で対処しようとするおそれがあったから、異常が発生したときは必ずウインチを停止してから対処するよう指示しておくべき注意義務があった。ところが、同人は、機関長が自分より経験が豊富だったこともあって、具体的な指示をしなくても大丈失と思い、異常が発生したときは必ずウインチを停止してから対処するよう指示しなかった職務上の過失により、機関長が、ウインチを停止しないまま、巻込ドラム近くで引き綱に手を伸ばし、同ドラムに巻き込まれて死亡するに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION