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1998年(平成10年)

平成10年函審第33号
    件名
漁船第五十八栄祥丸乗組員負傷事件

    事件区分
死傷事件
    言渡年月日
平成10年10月2日

    審判庁区分
地方海難審判庁
函館地方海難審判庁

米田裕、大石義朗、古川隆一
    理事官
熊谷孝徳

    受審人
A 職名:第五十八栄祥丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
甲板員1人が左手関節挫滅創及び左手関節外傷性脱臼など

    原因
ボールローラ使用に当たっての基本動作の順守不十分

    主文
本件乗組員負傷は、ボールローラ使用に当たっての基本動作が順守されなかったことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年7月28日06時50分
北海道歯舞(はぼまい)漁港南方沖合
2 船舶の要目
船種船名 漁船第五十八栄祥丸
総トン数 12トン
全長 21.27メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 394キロワット
3 事実の経過
第五十八栄祥丸(以下「栄祥丸」という。)は、専ら刺網漁業に従事する一層甲板型の軽合金製漁船で、きちじ及びたら刺し網漁を行う目的で、A受審人、B指定海難関係人及びC指定海難関係人が乗り組み、船首1.5メートル船尾2.0メートルの喫水をもって、平成9年7月28日02時00分北海道歯舞漁港を発し、同港南南東方沖合の漁場に向かった。
ところで、栄祥丸は、船体中央やや船尾寄りに配置された船橋と船首楼との間の前部甲板下が漁具倉庫と魚倉となっており、漁労作業を行う前部甲板には上甲板から高さ44センチメートル(以下「センチ」という。)のところに木製の甲板(以下「仮甲板」という。)が敷き詰められ、前部甲板の右舷側中央部付近の船橋前壁から3メートルのところに揚網機が据え付けられ、風雨よけのため仮甲板から船体中心線上が1.9メートル、左右の舷側が1.75メートルの高さで、揚網機付近から船橋までの間の右舷側側面を除く前部甲板をほぼ全面覆う状態でオーニングが施され、操舵室からは同甲板上での作業の様子を見ることのできないようになっていた。そして、船橋前壁から5.65メートルのところにオーニング天井部分の支柱に沿って、その梁に据え付けられた高さ9センチ、幅10センチのボールローラ用のレールが設けられていた。ボールローラは、網を甲板上に整理して積み付けるために使用するもので、直径25センチばかりの空気入りの球形ゴムタイヤ2個を上下に抱き合わせたものをレール上を移動させることができる滑車に取り付け、油圧で駆動される同ローラの正転、逆転、停止及び速度調整をコード付きダイヤル式の遠隔操縦装置で行うようになっていた。
こうして、A受審人は、ハボマイモシリ島灯台から172度(真方位、以下同じ。)14.3海里の水深110メートルばかりの漁場に至り、高さ約6メートル、長さ約2,100メートルのたら刺し網を192度方向に投入したのち、その東方4海里ばかりの水深300メートルばかりの漁場に移動して3日前に投入したきちじ刺し網を揚収したあと、少し移動して再びきちじ刺し網を投入した。その後、同人は、前示のたら刺し網の投入開始地点に戻り、06時30分同網の揚収を開始した。
A受審人は、揚網する際の指揮を執って自らは操舵室で操舵操船とともに揚網機の遠隔操作にあたり、前部甲板で、C指定海難関係人に揚網機前で揚収した網のさばき、B指定海難関係人に網から漁獲物を取り外したあと溜った網を左舷寄りにセットしていたボールローラにかけて甲板上に整理して積み付ける作業を担当させていた。しかし、A受審人は、同ローラの取扱いには慣れているので特に注意を与えるまでもないものと思い、乗組員に対し、同ローラの巻き込み側の網には手を掛けない、同ローラに絡んだ網を直すときは同ローラを停止させてから行うなどの同ローラ使用に当たって安全上順守しなければならない基本動作について指導することなく、前示の作業に従事させていた。
A受審人は、機関を微速力にかけ、クラッチの入切と転舵を繰り返して1ノットばかりの前進速力で、網を投入した方位の192度に向首させて揚網を続け、刺し網600メートルばかりを揚収したとき、C指定海難関係人からボールローラに網が絡んだ旨の報告を受け、揚網機を停止した。
B指定海難関係人は、船橋前側の右舷側に立ち、遠隔操縦装置でボールローラを操作していたところ、同ローラに網が幾重にも絡んだのを認め、それを直すため同ローラを停止させてC指定海難関係人に遠隔操縦装置の操作を任せ、自らは同ローラの船首側に移動した。そして、同ローラの逆回転で巻き込み側となる網に手を掛けないようにすることなく、逆回転で巻き込み側となる網を左手に持ったまま、C指定海難関係人に同ローラを少し戻すよう要請した。
C指定海難関係人は、B指定海難関係人からボールローラを戻すようにとの要請を受けて、同人が巻き込み側となる網に手を掛けていることを確認することなく、揚網機の後方に立ってオーニングの支柱から吊り下げていた左横の遠隔操縦装置のダイヤルをゴム手袋を付けた左手で、右舷方を見ながら逆回転となる右側に回したところ、同ローラが早い速度で回転しだし、06時50分ハボマイモシリ島灯台から173度14.7海里の地点において、B指定海難関係人は、手に掛けていた網に左手が巻き上げられて、同ローラに巻き込まれた。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、海上は穏やかであった。
A受審人は、B指定海難関係人の叫び声を聞いて前部甲板に赴き、同人がボールローラに巻き込まれたことを知り、止血などの応急手当を施すとともに、揚収中の刺し網を切断して歯舞漁港に急行し、同人を市立根室病院に移送した。
その結果、B指定海難関係人は、左手関節挫滅創及び左手関節外傷性脱臼などを負った。
なお、ボールローラは本件発生後に撤去された。

(原因)
本件乗組員負傷は、北海道歯舞漁港南方沖合において、刺し網を揚収中、ボールローラに同網が絡んだ際、同ローラ使用に当たっての基本動作の順守が不十分で、巻き込む側の網に手を掛けて絡みを直そうとし、手が網に巻き上げられて同ローラに巻き込まれたことによって発生したものである。
基本動作の順守が十分でなかったのは、船長が、乗組員に対しボールローラ使用に当たって安全上順守しなければならない基本動作について指導していなかったことと、同ローラを操作した乗組員が、巻き込み側の網に乗組員が手を掛けているのを確認しないでその操作を行ったこと及び網の絡みを直そうとした乗組員が、巻き込み側の網に手を掛けて作業を行ったこととによるものである。

(受審人等の所為)
A受審人は、乗組員にボールローラを使用して揚収した刺し網の整理を行わせる場合、同ローラに巻き込まれることのないよう、乗組員に対し、同ローラの巻き込み側の網には手を掛けない、同ローラに絡んだ網を直すときは同ローラを停止させてから行うなどの同ローラ使用に当たって安全上順守しなければならない基本動作について指導すべき注意義務があった。ところが、同人は、取扱いに慣れているので特に注意を与えるまでもないものと思い、乗組員に対し、基本動作について指導しなかった職務上の過失により、乗組員が同ローラに絡んだ網の絡みを直そうとして同ローラの巻き込み側の網に手を掛けて同ローラに巻き込まれ、左手関節挫滅創及び左手関節外傷性脱臼などを負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が、ボールローラに網が絡んだのを認め、それを直そうとした際、巻き込み側の網に手を掛けたことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、本件後にボールローラが撤去された点に徴し、勧告しない。
C指定海難関係人が、作業員がボールローラの巻き込み側の網に手を掛けているのを確認しないで同ローラの操作を行ったことは、本件発生の原因となる。
C指定海難関係人に対しては、本件後にボールローラが撤去された点に徴し、勧告しない。

よって主文のとおり裁決する。






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