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1998年(平成10年)

平成10年函審第35号
    件名
漁船第65ところ丸乗組員死亡事件

    事件区分
死傷事件
    言渡年月日
平成10年9月22日

    審判庁区分
地方海難審判庁
函館地方海難審判庁

米田裕、大石義朗、大山繁樹
    理事官
千手末年

    受審人
A 職名:第65ところ丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
甲板員1人が海中に転落溺死

    原因
漁労作業不適切(桁網の格納方法、作業用救命衣の着用指示)

    主文
本件乗組員死亡は、ほたて桁網の格納方法が適切でなかったことと、作業用救命衣の着用指示がでなかったこととによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年9月24日16時24分
北海道能取岬西北西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 漁船第65ところ丸
総トン数 14トン
全長 21.66メートル
全幅 4.78メートル
機関の種類 ディーゼル機関
漁船法馬力数 160
3 事実の経過
第65ところ丸(以下「ところ丸」という。)は、専らほたて桁(けた)網漁業に従事する一層甲板のFRP製漁船で、船首部に船橋、船尾部の甲板下に機関室を配置し、船橋と機関室間の甲板下が魚倉となっており、甲板上には、機関室上部に船尾端から2.44メートルのところを起点として、前後部2段に分かれ、後方部分が長さ3.60メートル、幅1.80メートル、高さ0.70メートル、それに接続した前方部分が長さ1.65メートル、幅1.60メートル、高さ0.30メートルのエンジンケーシング、その前側の魚倉上部に前方部分のエンジンケーシングと同じ幅、高さの魚倉ハッチが船橋近くまで設けられていた。
エンジンケーシング後方の甲板(以下「船尾甲板」という。)には、合成樹脂製のかごに入れたくず物のほたて貝の置き場所とするため約1.8メートルの高さでオーニングが同甲板をほぼ覆う形で施され、甲板上の周囲に設けられた高さ0.60メートルのブルワークとエンジンケーシング側壁の間の1.06メートルが船尾甲板に至る両舷の通路となっていた。
オーニングの前端右舷側の支柱上部にはリングが設置され、直径3.5センチメートル(以下「センチ」という。)長さ約6メートルでその先端にフック及びその少し下側に浮きの付いたはやすけと称する、ほたて桁網(以下「桁網」という。)を揚収する際に使用するグラスファイバー製のボートフックを、同リングに通し、船尾方を下に斜めに立てかけて収納するようにしていた。
また、ところ丸の桁網は、八尺と称し、幅、長さが共に約1.3メートルの鉄枠の橇(そり)の一端に、長さ2.75メートルの間に68センチの長さの爪6本が付いた櫛(くし)状金具をへの字型に約45度の角度で取り付けた重量約250キログラムの桁網本体とそれに接続する長さ約4メートルで前後端同じ幅の大部分が金網でできた重量約150キログラムの袋網からなり、爪の下方に接続する袋網下側の縁端部分はチェーンとなっていた。そして、同船における操業は、両舷から桁網を各1丁ずつ出して15分から30分ワイヤロープの引き綱により曳(えい)網したあと揚網し、それを1日に17回ほと繰り返して15トンないし17トンを漁獲したところ、もしくは午後4時をもって操業を終えるというものであった。
ところ丸は、A受審人及び甲板員Bほか4人が乗り組み、平成9年9月24日03時40分北海道常呂郡常呂町常呂漁港を発航し、04時50分サロマ湖沖合の漁場に至り、ほたて桁網漁による操業を開始した。
ところで、ほたて漁船の乗組員に対して常呂漁業協同組合の組合長名で、同年4月8日に作業用救命衣(以下「救命衣」という。)の着用を義務付ける旨の、更に同年8月7日に作業の際には救命衣及び安全帽の着用を励行するよう指示した文書が出されていたが、A受審人は、ところ丸に前任船長の急病により3日前の同月21日に乗り組んだばかりで、そのことを知らなかったばかりか、乗組員への遠慮から、操業するにあたり、甲板上で漁労作業する乗組員に対して救命衣を着用するよう指示することなく、救命衣も安全帽も不着用のまま乗組員を漁労作業に当たらせた。
その後A受審人は、目標としていたほたて貝約17トンを漁獲したので操業を終えで帰航することとし、揚収した桁網を漁獲物を陸揚げするまでの間仮置きすることとしたが、右舷側の桁網を右舷トロールダビットに吊り下げて置くなどして船尾甲板に至る通路及びはやすけ収納のための安全な足場を確保する格納方法をとることなく、僚船と同様にすればよいものと思い、両舷の桁網を、その爪の先端部分をそれぞれの舷側の32センチ幅のブルワーク頂部上、爪と反対側の鉄枠部分をエンジンケーシング上段の船尾寄りに載せて袋網部分をこれらの上に被(かぶ)せ、両舷の通路を塞(ふさ)ぐ状態で格納した。
こうして、15時50分A受審人は、船首0.5メートル船尾1.2メートルの喫水をもって、サロマ湖口灯台から037度(真方位、以下同じ。)3.8海里の地点を発進し、針路を110度に定め、機関を10.9ノットの全速力前進にかけて、単独で船橋当直に当たり、乗組員に甲板上でほたて貝の選別作業を行わせで常呂漁港に向け帰途に就いた。
B甲板員は、救命衣及び安全帽不着用のまま、厚手のTシャツにジャージーのズボン姿でゴム長靴を履いて漁労作業に従事し、漁場発進後魚倉ハッチコーミングの左舷側甲板上でほたて貝の選別を行ったあと、後片付けにかかり、くず貝を入れたかごを押して左舷側の桁網の下をくぐり抜けて船尾甲板に運び、同かごを同甲板上に積み付けた。そして、同甲板員は、オーニング前部の中央部付近に立て掛けてあったはやすけを所定の位置に収納しようとして、はやすけを手に持ち、格納された桁網の後端とオーニング前部との間が約70センチしかなく、その間の甲板上に立って柄の長いはやすけを取り扱うのは困難であったことから、足場としては不適当な右舷側に格納された桁網の上に乗り、オーニング前部右舷側の支柱上部のリングにはやすけを通しているとき、16時24分サロマ湖口灯台から084度8.2海里の地点において、収納を終える直前に突然身体のバランスを崩したものか海中に転落した。
当時、天候は晴で風力2の北北西風が吹き、海上は穏やかで船体動揺はなかった。
A受審人は、海面上にB甲板員を認めた乗組員からの通報で後方を見たところ、はやすけが浮いているのを認め、直ちに反転してはやすけのあるところまで引き返したが、同甲板員を発見できず、その後僚船とともに捜索を続けたところ、翌25日14時40分ごろ前示転落地点付近で、捜索中の僚船が同甲板員(昭和44年6月7日生)を遺体で発見し、検案の結果溺(でき)死と診断された。

(原因)
本件乗組員死亡は、北海道能取岬西北西方沖合において、ほたて桁網漁による操業を終え、甲板上で作業をしながら帰航する際、桁網の格納方法が不適切であったことと、作業用救命衣の着用指示が不十分であったこととにより、同救命衣不着用のまま船尾甲板で後片付けを行っていた乗組員が、足場とした桁網上から海中に転落したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
A受審人は、ほたて桁網漁による操業を終えて甲板上で作業を行わせながら帰航する場合、エンジンケーシングとブルワーク間の右舷側の甲板は、くず貝の置場となっていた船尾甲板に至る通路であるとともに漁労作業に使用するボートフックをオーニング前部右舷側の支柱上部のリングに収納する際の足場となっていたのであるから、安全な足場を確保できるよう、揚収した右舷側の桁網を右舷トロールダビットを舷外に出したまま吊り下げて置くなどして右舷側の通路を塞がないような格納方式をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、僚船と同様にすればよいものと思い、桁網をブルワーク頂部とエンジンケーシング上に載せ、右舷側の通路を塞ぐ状態で格納した職務上の過失により、格納した右舷側の桁網の上に立ってはやすけを収納しようとしたB甲板員が海中に転落する事態を招き、同人を溺死させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。






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