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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成7年5月5日03時40分 島根県温泉津漁港北西方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船第八十七新洋丸 総トン数 39.76トン 全長 25.93メートル 機関の種類
ディーゼル機関 出力 419キロワット 3 事実の経過 第八十七新洋丸(以下「新洋丸」という。)は、昭和56年11月に進水した、幅5.38メートル深さ1.85メートルの中型まき網漁業に従事する鋼製漁船で、甲板上には船首方から順に船首楼、前部漁労甲板、船体中央より少し船首寄りに機関室囲壁、同囲壁の前部上方に操舵室、次いで同囲壁の後方に網置場を兼ねた後部漁労甲板がそれぞれ配置されており、前部漁労甲板の両舷には高さ約90センチメートル(以下「センチ」という。)のブルワークが設けられていた。 また、新洋丸は、前部漁労甲板上の漁労設備として、船首部右舷側に竪ローラ、その左舷側に浮子網巻きウインチ、同甲板の右舷側中央部に環ワイヤロープ巻取りダビット(以下「ダビット」という。)、左舷側に環巻きウインチ、同ウインチの後部にパースウインチなどがそれぞれ設けられており、同甲板上から高さ約40センチのところに木製敷板が全面に敷かれていた。 漁網は、長さ630メートル幅180メートルのもので、浮子方に発泡スチロール製の浮子約1,000個を、沈子方に長さ約48メートル重さ約70キログラムのチェーン式沈子12組をそれぞれ取り付け、更に沈子にはその中央部から両端部にかけて長さ3メートルから6メートルまで次第に長くなったロープを間隔を開けて60本結び、それぞれのロープ端に外径20センチの鉄製の環を取り付け、各環にパースウインチのドラムに巻いた長さ約1,000メートルの環ワイヤロープを通し、投網して魚群を包囲したのち、ダビットを介して同ウインチ及び環巻きウインチで同ワイヤロープを巻き締めて漁網の底部を閉じるようになっていた。 ところで、ダビットは、信和技研株式会社が製造したHRD-07型と称する、起倒式の環ワイヤロープ巻取り専用のもので、H字型の外形をしたダビット本体の両頂部にシーブブロックを取り付け、右舷側ブルワークから約1メートル左舷方の前部漁労甲板上に据え付けた同本体の基部に起倒用駆動軸を設け、揚網開始時には同甲板上に転倒させた格納状態から油圧装置で同駆動軸を回転させて同ブルワークに立て掛けたうえ、同ブルワークの上縁に設けた連結金具にピン2本を差し込んで固定するようになっており、このとき両シーブブロックが約24センチ舷外に振り出され、同ブロックの高さが同甲板上から約1.6メートルであった。 しかし、ダビットは、漁網の底部が閉じられたのち、舷側まで揚がった環の揚収作業の際に、これに従事する乗組員が身体を舷外に乗り出し、ダビットの両頂部に取り付けた環固定用具で環30個ずつを1組として、いったんダビットに2組の環をそれぞれ固定したうえで、長さ約2メートル直径約3ミリメートルのワイヤロープを環30個に通し、その後順次各組の環を同用具から外して機関室囲壁右舷側後部に設けたウインチを用いて揚収しなければならず、特に船体の動揺が大きいときなど乗組員が海中に転落する危険があったので、同作業を開始する前に環巻きウインチでダビット本体を右舷側ブルワークから引き起こし、シーブブロックを船内に取り入れるようにして使用されていた。 そこで、引き起こされたダビットは、油圧装置がダビット本体を起倒させるだけの駆動能力しかなかったことから、長さ約1メートル直径約10センチの鋼管の上端に厚さ約7ミリメートルの鋼板をU字型に加工した金具を溶接し、鋼管の下端を前部漁労甲板上のアイプレートにピンで固定するようになっているダビットの起立保持用支柱(以下「支柱という。)を、ダビット本体中央部の鉄製丸棒に下方から取り付けたうえ、支柱の金具の両端に設けたピン穴に長さ15センチ直径2センチのステンレス製ピン1本を同丸棒の上方から差し込んで保持されるようになっていた。 A受審人は、A株式会社が中古の新洋丸を購入した昭和63年8月から船長兼安全担当者として乗り組み、航行中の操船及び漁労設備などの保守管理を担当していたもので、揚網時には操舵室から後部漁労甲板などに赴いて揚網作業に従事しており、平成7年4月上旬支柱の鋼管部が腐食して破孔が生じているのを認めたことから、ダビットが転倒しないよう支柱を整備することとした。しかしながら、同人は、支柱の金具ピン穴部が余り大きくなっているように見えなかったので大丈夫と思い、支柱の金具も新替えする整備を行うことなく、修理業者に支柱の鋼管部だけを新替えするよう依頼したので、腐食の進行により支柱の金具の肉厚が著しく衰耗していて、いつしかその強度が低下して同ピン穴部2個のうちの1個に微細な亀裂(きれつ)が生じ、これが徐々に進行する状況となっていることに気付いていなかった。 一方、B受審人は、昭和63年8月から漁労長としてまき網船団の網船である新洋丸に乗り組み、同船団に所属する灯船2隻及び運搬船2隻に探索及び集魚作業などを指示するとともに、投網及び揚網作業を指揮して操業を繰り返していたところ、甲板員C(昭和15年5月20日生)が引き起こしたダビットと右舷側ブルワーク間に立ち入って環の揚収作業を行っているのを認めていた。しかしながら、同人は、それまでダビットが転倒したことがなかったので大丈夫と思い、同甲板員に対し、ダビットとブルワーク間に立ち入って同作業を行わないよう指示するなど十分な安全措置をとることなく、操業を繰り返していた。 こうして、新洋丸は、A受審人、B受審人及びC甲板員ほか12人が乗り組み、操業の目的で、船首1.5メートル船尾1.8メートルの喫水をもって、灯船及び運搬船とともに、平成7年5月4日16時00分島根県浜田港を発し、同県温泉津漁港北方17海里ばかり沖合の漁場に至って探索にかかり、23時ごろB受審人の指揮のもとに第1回目の操業を行っていわし約70トンを捕獲し、その後、同漁港北西方の漁場に移動しながら更に探索を続け、翌5日03時10分ごろ投網して第2回目の操業を開始した。 03時20分ごろ、新洋丸は、船首楼上に甲板員1人、前部漁労甲板に環巻きウインチ及びパースウインチの操作要員としてC甲板員と甲板員1人、後部漁労甲板にほかの甲板員をそれぞれ配置し、機関を中立として灯船に裏こぎをさせながら揚網作業を開始した。 このとき、専ら環の揚収作業を1人で担当していたC甲板員は、安全帽、ゴム製カッパの上下、ゴム長靴及び手袋を着用し、パースウインチなどを操作して環ワイヤロープを巻き締めて漁網の底部を閉じ終え、環が舷側まで揚がってきたのを認めて同作業を開始することとし、まず船尾側シーブブロックに集まった環30個を1組としてワイヤロープを通し、ウインチでつり上げて機関室囲壁と右舷側ブルワーク間の通路に揚収し、次いでダビットと同ブルワーク間に立ち入って船首方シーブブロックの環30個にワイヤロープを通していたところ、折からのうねりの影響で船体が動揺し、ダビットに作用していた揚網中の漁網による荷重が増加したこともあって、かねてより支柱の金具ピン穴部に生じていた亀裂が更に進展し、同ピン穴部が大きく破断してピンが抜け落ち、03時40分温泉津港灯台から真方位315度10.8海里の地点において、舷側に転倒したダビットと同ブルワーク間に挟まれた。 当時、天候は晴で風力3の南南西風が吹き、海上にはうねりがあった。 揚収した環の整理を行っていたA受審人は、C甲板員の悲鳴を聞いて事故を知り、直ちにB受審人に事故発生を報告するとともに、環巻きウインチでダビットを引き起して同甲板員を救出し、灯船で浜田港に急送した。 その結果、C甲板員は、病院に搬入されたが、骨盤部外傷による多量出血で既に死亡していた。
(原因) 本件乗組員死亡は、ダビットの支柱の整備不十分で、腐食により支柱の金具の肉厚が著しく衰耗していたうえ、支柱の金具ピン穴部に亀裂が生じたまま継続使用され、揚網時、同ピン穴が大きく破断してピンが抜け落ち、ダビットが舷側に転倒したことと、環の揚収作業中にダビットとブルワーク間に立ち入って同作業を行わないよう指示するなどの安全措置が不十分で、同作業を行っていた乗組員が転倒したダビットとブルワーク間に挟まれたこととによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、船長兼安全担当者として、新洋丸購入時から継続使用していた支柱の鋼管部が腐食して破孔を生じているのを認めた場合、腐食により支柱の金具の肉厚も衰耗し、その強度が低下しているおそれがあったから、環の揚収作業中に支柱の金具ピン穴部が破断してダビットが舷側に転倒することのないよう、支柱の鋼管部の新替えを行う際に、支柱の金具も新替えする整備を行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、同ピン穴部が余り大きくなっているように見えなかったので大丈夫と思い、支柱の金具も新替えする整備を行わなかった職務上の過失により、支柱の金具の肉厚が著しく衰耗していたうえ、同ピン穴部に亀裂が生じていることに気付かず、そのまま継続使用してダビットの転倒を招き、同作業中の乗組員を骨盤部外傷による多量出血で死亡させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B受審人は、まき網操業を指揮する漁労長として、揚網中、乗組員がダビットとブルワーク間に立ち入って環の揚収作業を行っているのを認めた場合、ダビットには荷重がかかっていて、不測の事態によりダビットか転倒すれば危険であるから、乗組員に対し、ダビットとブルワーク間に立ち入って同作業を行わないよう指示するなど十分な安全措置をとるべき注意義務があった。しかしながら、同人は、それまでダビットが転倒したことがなかったので大丈夫と思い、ダビットとブルワーク間に立ち入って同作業を行わないよう指示するなど十分な安全措置をとらなかった職務上の過失により、乗組員が転倒したダビットとブルワーク間に挟まれ、前示のとおり乗組員を死亡させるに至った。 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |