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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成8年5月12日11時03分 千葉県野島埼東南東方沖合 2 船舶の要目 船種船名
プレジャーボートユーファ 総トン数 14トン 登録長 11.90メートル 幅
6.31メートル 深さ 2.89メートル 機関の種類 ディーゼル機関 出力
88キロワット 3 事実の経過 ユーファは、フランス共和国で建造され、A受審人が購入し、友人のBの名義で登録された、型式をプリビレッジ12と称するFRP製双胴型プレジャーヨットで、主機としてヤンマーディーゼル株式会社製の出力17.6キロワットの船内機を2基装備し、補助推進装置として同社製の出力26.5キロワットの船外機2基を船尾両端にそれぞれ設け、臨時検査を受けて航行区域を限定近海区域に変更の上、A受審人及びC(昭和23年11月23日生)ほか2人が乗り組み、クルージングの目的で、船首尾とも0.10メートル中央部1.25メートルの喫水をもって、平成8年5月11日06時00分宮城県要害漁港の係留地を発し、東京都小笠原諸島父島の二見港に向かった。 ユーファの船体構造は、ほぼ中央部にメインキャビンがあり、その前端付近にマストを備え、左舷後部に操縦席を設け、両舷に設置されたスタンションと船首尾に設置されたパルピットに海中転落防止用ワイヤロープを展張していた。 また、双胴の各船尾部には、跳ね上げ式のふたを設置した出入口を有する機関室をそれぞれ配置し、同室内は高さ約1.05メートル幅約1.45メートル前後の奥行き約1.15メートルのスペースで、同室船首方中央部に主機を据え付け、その後部にスクリューシャフトを連結し、同シャフト部が、連結部から船尾方へ長さ約15センチメートル(以下「センチ」という。)にわたり床上に露出していた。 ところで、各機関室の主機前方には、容量約200リットルのレベルゲージ付きの各燃料油タンクがあり、同ゲージ下端に設置されたボタンを押して油量を読み取る構造となっていた。このことから、燃料油の残油量を調べるには、スクリューシャフトをまたいで立ち、主機に覆いかぶさる態勢で押しボタンに手を伸ばす姿勢で行われ、主機が駆動している状態での残油量の計測作業は、同シャフトの露出部に装着物等が巻き込まれる危険性を伴うものであった。 また、A受審人は、社団法人宮城外洋帆走協会の会員で、同じ会員であるC乗組員とともに年間十数回ほどユーファに乗り組み、クルージングを愛好していたところ、機械に詳しく一級小型船舶操縦士の免許を有する同乗組員に、ユーファの機関を担当させて保守整備のすべてを行わせ、一方、自らも機走中に残油量を調べたことがあったものの、帆走が主体のヨットなので、機走でクルージングを行う際も、機関に対する関心がやや薄く、スクリューシャフトなど機関室内の回転体の危険性に対する配慮に欠けるところがあった。 A受審人は、発航時、航海当直をC乗組員、同受審人及び他の有資格者の順で3直3時間交替の単独当直制とし、全機関を全速力前進にかけて機走で南下し、同日夕刻ごろから海上が次第に時化(しけ)模様となったので、波浪の打込みや船体動揺による海中転落の危険を防ぐため、命綱を接続したハーネスを航海当直者に装着するよう指示し、翌12日02時00分犬吠埼灯台から117度(真方位、以下同じ。)30海里の地点で航海当直に就き、針路を父島に向く175度に定め、引き続き全機関を全速力前進にかけ、8.5ノットの対地速力とし、主として自動操舵により進行した。 ところで、ハーネスは、幅約5センチ厚さ約2ミリメートルの合成繊維製で、背後上部がY字型をなし、肩ベルトと胸部ベルトが一体型となっており、胸部ベルトの両端にはD環がそれぞれ取り付けられ、命綱の一端が各D環を通って結ばれていた。また、命綱は、長さ約1.7メートル幅約2.5センチの合成繊維製で、一方の端に開閉式のフックが取り付けられ、これを航海当直者が操縦席の周囲に張られた海中転落防止用ワイヤロープに掛けて使用していた。 A受審人は、11時00分C乗組員から航海当直を引き継いだ際、同乗組員から燃料油の残油量を調べる旨の申し出があり、前日の夕刻ごろポリタンクから予備の燃料油を1回補給していたので、次の補給時期を知るのによいと思い、これを了承した。 こうして、A受審人は、C乗組員がヨットマン専用の雨合羽(あまがっぱ)の上にハーネスを装着し、命綱を雨合羽のポケットに収めた服装で左舷側機関室に入るのを見届け、同室内への波浪の打込みを防ぐ目的で一旦(いったん)出入口のふたを閉め、同乗組員の作業終了の合図を待っていたところ、合図がないので不審に思い、11時03分ごろ北緯34度13分東経141度33分の地点で、ふたを開けて機関室をのぞいたところ、C乗組員が主機シリンダカバーにかぶさるような姿勢でうつ伏せに倒れているのを発見した。 当時、天候は曇時々雨で風力4の南南西風が吹き、波高約4メートルの波浪があった。 A受審人は、異変に気付き、直ちに他の乗組員とともにC乗組員を機関室から引き揚げ、約1時間にわたって心臓マッサージを行うなど蘇(そ)生措置を講じるとともに海上保安庁に救助を要請し、その後最寄りの千葉県勝浦港に回航して海上保安庁の見分等を受けた。 その結果、C乗組員は、ポケットから落下した命綱が毎分3,000で回転中のスクリューシャフトの露出部に巻き付き、ハーネスを装着した上半身が主機シリンダカバーに引き寄せられて胸部が圧迫され、胸骨内損傷のための呼吸不全による死亡と検案された。
(原因に対する考察) 本件は、波浪の高い海況下、プレジャーヨットが機走でクルージング中、乗組員が燃料油の残油量を調べに機関室に入った際、装着したハーネス付きの命綱がポケットから落下して回転中のスクリューシャフトの露出部に巻き付き、主機シリンダカバーに引き寄せられて胸部が圧迫され、呼吸不全となって死亡したものである。 以上の状況を踏まえ、本件の原因について考察する。 1 レベルゲージ及びスクリューシャフトの設備構造関係 燃料油タンクのレベルゲージは、主機の前方の同タンクに取り付けられ、同ゲージの下端に押しボタンが設置されており、一方、主機の後部にスクリューシャフトが連結され、同シャフト部のうち、長さ約15センチが床上に露出した状態にあった。 狭隘(きょうあい)な機関室において、残油量の計測作業を行う場合、主機の後方に立ち、同機前方のレベルゲージ下端で床面付近の押しボタンを押すので窮屈な姿勢となり、足元の安定のためスクリューシャフトをまたぐようにして行われることから、同シャフトの露出部に装着物等が巻き込まれる危険性を伴うものであった。 そこで、同ゲージや同シャフトの設備構造の問題も検討すべきところで、同種海難の再発防止の観点からすれば、燃料油タンクのレベルゲージを機関室外に設置すること、甲板上から残油量の計測ができるようにすること及びスクリューシャフトの露出部をカバーで覆ったりするなど設備構造上に改良すべき余地が残されている。 しかしながら、ユーファは外国で建造され、購入時には船舶検査を受検して日本船舶として正式に登録されたものであり、また、本件発生まで同シャフトの露出部に巻き込まれることもなかった点を合わせ考え、これらの設備構造上の問題点を原因とするまでもない。 2 ハーネス等の装着模様及び操船模様 本件発生当時の海象状況は、風力4の逆風が吹き、海上は波浪が高く、時化模様であった。 そこで、残油量の計測作業前にハーネス等を外さなかったことについて着目してみると、同作業時間はごくわずかであり、装着していること自体が同作業を行うにあたって特段の不都合はなく、同作業後は再び甲板上に出てハーネス等を使う状況となることもあり、波浪の打込みや船体動揺による海中転落の危険を防止するための安全器具で外しにくい状況であった。また、同作業のために一旦左舷機を停止しなかった点については、このような海況下で機関を停止すると操船の自由を失い、横波を受けるなどして転覆を招くおそれがあった。 したがって、ハーネス等の装着と左舷機の一時不停止とはいずれも本件発生の原因とするまでもない。 3 A受審人の回転体の危険性に対する配慮模様 船長は、乗組員の作業の安全に対する注意義務があり、機走中に露出した回転体の至近で行われる作業に対しては、最も注意を払わなければならないことは当然のことであって、A受審人としては、これまで数隻のクルーザーに乗船したことがあったものの、スクリューシャフトが露出しているものはユーファ以外になかったのであるが、機走中に自らも残油量の計測作業の経験を有し、同シャフトの状況を知っていたのであるから、機走を行う場合には、同シャフトの露出部に対して気を配っておくことが安全管理を担う船長として基本的なことである。 ところが、A受審人は、本件発生まで同シャフトに対しで注意を払ったことはなく、回転体の危険性を意識せず、安全管理の重要性について基本的な認識を欠いていたものと認めざるを得ない。 しかしながら、A受審人は、C乗組員が残油量を調べる旨を申し出た際、命綱をポケットに収めていたので特に問題はないものと思って了承したもので、当時の状況から判断すれば、同受審人が、ポケットから命綱が落下することに対してまで予見可能性があったものと認められない。 4 C乗組員の回転体の危険性に対する配慮模様 同人は、数年来ユーファの乗船経験があり、同船の機関関係の仕事をすべて任されていたことから、露出したスクリューシャフトに対する危険性を十分認識できる経歴を持っていた。 したがって、命綱がポケットから落下するおそれがある状態のまま残油量の計測作業が行われた結果から、ポケットを完全閉鎖するなりして収納していなかった同人にも、回転体の危険性についての配慮が不足していたものと認められる。 5 結論 以上を総合すると、本件については、狭隘な機関室内における回転体に対する危険性や安全管理の重要性について基本的な認識に欠けるところにあって、回転体の危険性に対する配慮が十分でなかったことが、本件発生の原因であると認めるのが相当である。 しかしながら、C乗組員は、これまで回転体のある機関室内の状況を認識できる経歴を持っており、その上で同人が命綱をポケットに収めたにもかかわらず本件が発生したもので、このような状況下では、A受審人に対して命綱の落下まで予見することを期待できず、また、設備構造上に改良すべき余地が残されていることなどを考慮すると、同受審人の職務上の過失とするまでもないとするのが相当である。
(原因) 本件乗組員死亡は、野島埼東南東方沖合において、機走によりクルージング中、機関室内の回転体の危険性に対する配慮が不十分で、乗組員が燃料油の残油量の計則に同室に入った際、装着したハーネス付きの命綱が落下して回転中のスクリューシャフトの露出部に巻き付き、主機シリンダカバーに圧着されたことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人が、機走でクルージングを行う場合、機関室内の回転体の危険性に対する配慮を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。 しかしながら、以上のA受審人の所為は、乗組員が機関室内の状況に詳しかった点、同人が命綱をポケットに収めていた点及び同受審人がポケットから命綱が落下することに対し予見可能性があったと認められない点、並びに設備構造上に改良すべき余地が残されている点などに徴し、職務上の過失とするまでもない。
よって主文のとおり裁決する。 |