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1998年(平成10年)

平成9年函審第34号
    件名
ケミカルタンカー佐渡丸作業員等負傷事件

    事件区分
死傷事件
    言渡年月日
平成10年2月5日

    審判庁区分
地方海難審判庁
函館地方海難審判庁

平野浩三、大石義朗、岸良彬
    理事官
山本宏一

    受審人
A 職名:佐渡丸船長 海技免状:三級海技士航海)
    指定海難関係人

    損害
一等航海士が顔面、頚部、両手、両下肢部に入院一箇月、甲板手が顔面、頚部、左手部に通院三週間及び陸上作業員が顔面、頚部に通院二週間のそれぞれ加療を要する薬傷

    原因
荷役用ホースの点検不十分

    主文
本件作業員等負傷は、船舶、陸上間の接続に使用する荷役用ホースの点検が十分でなかったことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年6月3日14時10分
北海道苫小牧港
2 船舶の要目
船種船名 ケミカルタンカー佐渡丸
総トン数 699トン
全長 70.016メートル
航行区域 沿海区域
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,176キロワット
3 佐渡丸の概要
佐渡丸は、昭和62年12月に進水した船尾船橋型ケミカルタンカーで、A有限会社がB株式会社との裸用船契約により船舶管理及び船員配乗を行い、株式会社Cが運航に当たり、月間約8航海を主に東北、北海道太平洋岸、時折京浜以南及び日本海側の諸港に硫酸、燐酸、カセイソーダ水溶液の輸送に従事し、貨物倉はフォアピークタンクより後方に6倉を有して1番、2番及び5、6番倉を左右に分けて硫酸専用倉、3、4番倉をカセイソーダ水溶液及び燐酸専用倉とし、揚荷用のポンプルームは2番、4番、6番の各倉の後部にあり、上甲板上には船橋から船首楼にかけて歩行橋を設け、船体中央部両舷のマニホールドに陸上との荷役用連結部を集中配管し、硫酸の揚荷において船側から陸側への受渡しにはゴム製の荷役用ホースを使用していた。
4 荷役用ホース
荷役用ホース(以下「ホース」という。)は、東海ゴム工業株式会社が製造した商品名「ハイパロンB・Lホース」と称し、長さ8メートル呼び径100ミリメートル(以下「ミリ」という。)、外面形状は蛇腹円筒形、内面形状は平滑円筒形で、その材質の構成は、ホース内面から順に厚さ5.5ミリの耐酸性合成ゴム(以下「内面ゴム」という。)、ポリエステル補強繊維、らせん状に巻き付けた径3ミリの補強鋼線、厚さ1.5ミリの合成ゴム、ビニロン製の補強帆布、厚さ1.5ミリの赤色の合成ゴム以下「外面ゴム」という。)の積層とし、ホース両端に径210ミリのステンレス製のフランジと一体となった径101ミリ長さ197ミリのニップルをホース積層の間に差し込んだもので、硫酸荷役に使用され、常用圧力を10キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)とし、当時佐渡丸が常用していたホースは平成4年4月に製造され、同5年8月に積み込まれたものであった。
ホースは、内面ゴムの表面が常温で約360から720時間硫酸に接触すると層状に炭化して劣化し、また外面ゴムは、衝撃により傷を生じやすく、直射日光にさらすとオゾン亀(き)裂などが生じ、管理、使用状況によって耐用限度に大きく影響を与えることから、株式会社Cでは佐渡丸に危険物取扱規程を配布し、その保管取扱及び耐用限度を見極めるための検査方法などについて次のような注意を与えていた。
(1) 保管方法については堅い支持台のうえにまっすぐに置くこと、両端に必ず盲蓋(めくらふた)を施すこと、直射日光を避けること、ホースの耐用圧力、製造年月日、前回検査年月日をホースに明示し、ホース台帳に記録しておくこと
(2) 荷役前検査については、荷役前に内外面の異常な傷、変形、ゴムの膨張剥(はく)離、汚染の有無を調査すること
(3) 定期検査については、前回検査日より6箇月経過後に耐圧テストを行う、その方法は、ホースの全長を測定し、ホース内に水を入れてエアーにて本船使用圧力の1.5倍を加圧して約10分間の耐圧テストを行って伸び率が9パーセント以上ある時及び濡れがあるときは使用しないこと
(4) 荷役開始30分前にチェックリストにより荷役責任者が荷役設備全体の点検を行うこと、荷役時の取扱については、ホースを1点吊りとしないこと、ホースのニップル部及び接続部を極端に曲げないこと、ホースの移動に際してはデッキ上を引きずらぬこと、ホースの支持点を3メートル以内とすること、潮の干満を考慮して十分たるみをもたせること、荷役終了後ホース内の残液処理を十分に行うこと
5 苫小牧ケミカル株式会社専用岸壁及び同付属陸上施設
苫小牧ケミカル株式会社専用岸壁(以下「ケミカル岸壁」という。)及び同付属施設は苫小牧ケミカル株式会社が管理し、同岸壁には硫酸専用の西、中央及び東の各バースがあり、各バースから貯酸タンクまでの配管を共通とし、揚荷の硫酸は揚程24.17メートルの配管を経て貯酸タンクの頂部から落とし込みとし、バースにおいて2隻以上が着岸したときは同時に揚荷することができなかった。荷役終了後の陸上配管内の残液はタンクローリー車に移し替えないかぎり、通常は貯酸タンクの頂部の高さまで満たされていて、各バースの受入弁には配管内の残液により常に約4キロの圧力がかかっていた。西バースの受入弁は呼び径250ミリの鋼管に取り付けられたボール弁であり、取外し式の棒状のハンドルで弁体を開閉するものであった。荷役開始の注意事頃については、陸上の残液圧力によりホースに急激な圧力がかからないよう、同社規定の作業順序に従って同弁を徐々に開けるよう定められていた。
6 事件発生の経過
佐渡丸は、A受審人ほか6人が乗り組み、98パーセント硫酸(セ氏18度比重1.838)545キロリットルを1、2、5、6、番倉に積み、3、4番倉を空のまま、船首3.4メートル船尾4.4メートルの喫水をもって、平成8年6月2日08時00分青森県八戸港を発し、北海道苫小牧港に向かった。
ホースの保管状況は、数年前からホース全体を合成樹脂製のシートで覆いをし、ホース両端のフランジに蓋を施して歩行橋の通路上にまっすぐ延ばした状態で固縛していた。
ホース使用に際しては、潮の干満及び船体の動揺、前後の移動に対して余裕を持たせるためホースを湾曲させて使用し、また、通液中の圧力変化によりホースが脈動を繰り返すことから、いつしかゴムの経年劣化と曲げ応力の集中するホース端のフランジから570ミリ、他端のフランジから550ないし600ミリ及びホース中央部付近の各外面ゴムに亀裂や変形を生じることとなり、その後甲板上に打ち上がった海水が亀裂部に浸透して補強鋼線を腐食させ、さびで膨れあがった補強鋼線が補強繊維と摩擦を繰り返し、徐々に補強繊維が損傷して耐圧力が低下することとなったが、カバーを取り外した状態での外観及び水圧検査が行われず、またホースに耐用圧力、製造年月日、前回検査日が明示されず、ホース台帳にもその結果が記録されていなかった。
予備として平成7年11月に製造された同規格のものを所有していた。
A受審人は、同8年3月13日に乗り組み、安全担当者としても荷役全般の作業指揮を執ることとなり、前任船長からホースを未使用の予備のものに取り替えるよう進言があったものの、これまで何事もなく使用していたので大丈夫と思い、厳重なる外観検査、使用状態や耐久性について点検することがなかったので、ホースに亀裂や変形が生じて耐用限度に達していることに気付かず、カバーを取り付けたままホースを使用していた。
6月3日08時05分苫小牧第4区に投錨し、11時00分抜錨し、12時30分同港第1区ケミカルル岸壁西バースに左舷付けとした。当時東バースで先船が揚荷中で、これが終了するまでの間揚荷準備作業を佐渡丸側のみで行うこととし、マニホールドの吐出弁にレデューサ及びL型連結金具にカバーで覆われた常用のホースを取り付けて、デリックで6点吊りとし、これをほぼ90度に湾曲させて同吐出弁からほぼ3メートル後方に位置して水平距離4メートルの陸上受入れ口のレデューサに取り付けて荷役開始を待った。
14時05分A受審人は、各人に防災面付き保護帽、ゴム手袋、ゴム長靴、ビニール製ズボンを着用させ、一等航海士をホースの状況連絡に、甲板手をマニホールド吐出弁の閉鎖の確認に、一等機関士を揚荷タンクの液面監視にそれぞれ当たらせ、自らはマニホールド付近の歩行橋の上で荷役開始の指揮をとり、14時08分陸上作業員から陸上側の受け入れ態勢が完了した旨の報告を受け、荷役開始を陸上作業員に告げた。14時09分荷役開始の合図を受けた陸上作業員が、受入弁を微開し、ホース内に残液が流れてホースが脈動し始め、14時10分わずか前脈動が収まり同弁を全開としたとき、佐渡丸側のホースの以前からあった亀裂が更に深まって約4キロの内圧に耐えきれず、間もなく鈍い音を発し、14時10分苫小牧港西防波堤灯台から5,330メートルの地点において、ホースがフランジから570ミリの亀裂箇所で円周方向に沿って破断した。
当時、天候は曇で風力3の南風が吹き、潮候は上げ潮の初期で、潮差は1.25メートルで船体動揺はなかった。
ホース破断の結果、約100リットルの残液が傘状に噴き出し、付近にいた乗組員及び陸上作業員に飛散し、直ちに陸上作業員が受入弁を閉鎖して残液の漏洩を止めたが、一等航海士が顔面、頚部、両手、両下肢部に入院一箇月、甲板手が顔面、頚部、左手部に通院三週間及び陸上作業員が顔面、頚部に通院二週間のそれぞれ加療を要する薬傷を負った。
その後陸上配管には受入弁の陸側に逆止弁及び圧力計が新設された。

(原因)
本件作業員等負傷は、荷役用ホースの点検が不十分で、荷役中、曲げ応力の集中する同ホースの端部付近の耐圧力の低下した亀裂部が破断したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
A受審人は、荷役用ホースの管理に当たる場合、その使用状況が耐用限度に大きく影響を与えるから、亀裂、変形及び伸縮度を点検することにより耐用限度を見極めることができるよう、定期的に外観の損傷状態及び耐圧テストなどの点検を厳重に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、これまで何事もなく使用していたので大丈夫と思い、定期的に外観の損傷及び耐圧テストなどの点検を厳重に行わなかった職務上の過失により、亀裂及び変形を生じた同ホースを使用してその破断を招き、硫酸が飛散して陸上作業員及び乗組員を負傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。






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