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1998年(平成10年)

平成9年広審第65号
    件名
旅客船くるしま旅客負傷事件

    事件区分
死傷事件
    言渡年月日
平成10年6月3日

    審判庁区分
地方海難審判庁
広島地方海難審判庁

釜谷奨一、杉?忠志、黒岩貢
    理事官
田邉行夫

    受審人
A 職名:くるしま船長 海技免状:四級海技士(航海)
    指定海難関係人

    損害
旅客1名が左腕骨折等の負傷

    原因
安全指導(適切な旅客誘導)不徹底

    主文
本件旅客負傷は、安全指導が不徹底で、適切な旅客誘導が行われなかったことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年11月18日13時22分
愛媛県今治港
2 船舶の要目
船種船名 旅客船くるしま
総トン数 698トン
登録長 55.56メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 2,206キロワット
3 事実の経過
くるしまは、広島県尾道糸崎港と愛媛県今治港間の定期運航に従事する船首船橋型の、船首にランプウェイを有する最大搭載人員366人の旅客船兼自動車渡船で、A受審人ほか6人が乗り組み、旅客13人車両6台を載せ、船首2.1メートル船尾2.5メートルの喫水をもって、平成8年11月18日11時40分尾道糸崎港第6区三原を発し、今治港東防波堤灯台(以下「東防波堤灯台」という。)から207度(真方位、以下同じ。)390メートルのところにある、今治港第1区西端の大型フェリー岸壁に向かった。
ところで、指定海難関係人B株式会社(以下「B社」という。)は、くるしまほか17隻の船舶を所有し、主に旅客及び車両の運送を目的として設立され、航行区域を広島・松山、呉・江田島及び三原・今治の各方面とするもので、同7年3月運航に関する統括責任者として代表取締役専務Cを運航管理者として任命し、その職務を全般にわたり補佐する運航管理者代理3人、特定区域内にある船舶あるいは乗組員の配乗など特定の職務について運航管理者を補佐する副運航管理者5人をもって構成する運航管理組織を定め、これを通じて全船の運航管理を行う社内体制をとっていた。
一方、B社では、運航船舶の安全運航を図るため、運航管理規程を定め、これに基づいて船舶の安全を確保するための運航基準のほか、旅客、車両の輸送に関連する作業の安全を確保するための作業基準を作成し、年間2度社外講師を招いて行う安全講習会、毎月1度の防災予防会議を開催し、これを通じて各基準に従った具体的な運航、作業が社内全体に徹底するよう教育等による指導が行われていた。
このうち作業基準は、作業体制として着岸時の旅客、車両の昇降に伴う作業員配置、その作業内容及び指揮命令系統、乗下船作業として旅客、車両の案内、誘導及びこれに伴う作業上の注意事項、旅客の遵守事項等の周知としては、掲示、船内放送を通じて、危険個所への立入禁止、旅客に対する注意事項等に関する内容を定めており、そのうち旅客の乗下船時における安全に関する項目には、着岸時、これに先立ち各階段口に旅客誘導員を配置して乗下船客の通行の整理と階段からの転落事故防止の監視にあたるよう定められていた。
また、設備面では、各階段の降下口に着岸に伴う船体の衝撃に際し、踏板上に不安定な姿勢となって位置する旅客が転落することを防止するため、立入禁止の表示板を付したチェーンによる立入禁止索が設けられ、着岸に際し不用意に旅客がここに立入ることのないよう配慮されていた。
B社は、このような管理体制と設備を施して旅客運送等に従事する一方、その具体的な実施方法については、各船の船長に権限を委譲し、船長が乗組員を適切に監督して安全管理の確保に努めるよう指導していた。
こうしてA受審人は、12時52分ナガセ鼻灯台から090度200メートルの地点に達したとき、針路を東防波堤灯台と今治港美保町第一防波堤灯台の中央に向首する176度に定めて操舵を手動とし、14.0ノットの全速力前進にかけて来島海峡の中水道を南下した。
13時12分A受審人は、東防波堤灯台から340度560メートルの地点に達したとき、着岸予定時刻の10分前であることを知り、速力を3.0ノットの微速力前進に減速し、旅客に対し「着岸の際に軽いショックがありますので船が完全に着くまで席でお待ち下さい。出入口は進行方向に向かって左側のデッキです。お客さまは係員の誘導に従って下さい。」という旨の下船案内のテープの放送を行った。
A受審人は、平素、船内放送に際し、その放送内容を知り得なかった者等が着岸前に既に座席を離れて、下船準備をすることを知ってはいたが、着岸にあたり軽い衝撃を感じることはあっても、身体のバランスを崩す程度の衝撃に至ることはなかったことから、船内放送に従って行動しない旅客がいても、格別このことを気にかけず黙認していたものの、旅客が、階段の踏板上に位置して身体が不安定な状態下にあるときには着岸にはあたり、軽い衝撃を受けても転倒、墜落事故が発生し得ることは予知しており、このような事故防止に備え、下船案内の放送後、旅客誘導員に対し、旅客が着岸完了まで、階段を使用することのないようにチェーンによる立入禁止索を施すなど、安全指導を徹底することなく、着岸操船に従事した。
ところで、くるしまは、同年10月14日から従来同船の常用する今治港の中型フェリー岸壁の補修工事のため、同岸壁の工事が終了する翌11月22日までの間、その西方に隣接する大型フェリー岸壁を臨時に使用することとなった。この変更に伴い、従来、車両客は着岸の約10分前、当時行われていた船内放送に従って旅客に先立ち車両甲板に降り、各自の車両で着岸を待ち、旅客は着岸後、右舷側の階段を使用して右舷舷門からタラップを通行して直接岸壁に下船するようになっていたところ、大型フェリー岸壁ではタラップの構造が同岸壁形状に合わなかったことから旅客も車両客も共に船首のランプウェイから下船するよう変更されていた。
このような状況の下、各旅客誘導員は、前示下船案内のテープが放送された後、各自の船内配置に就いたが、左舷船首側の上甲板階段を担当する旅客誘導員は、船長の指導が徹底していなかったことから常用の岸壁と同じ要領で誘導を行い、車両客が同階段を降り終えるのを認め、入港準備のため同甲板上での諸作業に就くこととなったが、間もなく着岸になることでもあり、いずれ旅客が同階段を使用して下船することからチェーンによる立入禁止索を施さずに持ち場を離れ、このとき、旅客Dが、車両客に引き続き同階段に向かっていたがこのことに気付かなかった。
A受審人は、13時18分東防波堤灯台から287度150メートルの地点に達したとき機関を停止し、その後適宜、機関を使用して着岸体勢に入ったが、船首方の岸壁と約150メートルになったとき、残存速力がやや過大であることに気付き全速力後進としたが及ばず、13時22分約3ノットの速力で船首が岸壁に設けられたゴム製フェンダに接触して船体に衝撃が生じた。
この衝撃により、折から左舷船首側の階段を下船準備のため降下中のD旅客は、身体のバランスを崩して車両甲板の下から3段目の踏板から同甲板上に転落し、左腕骨折等の負傷をした。
当時、天候は曇で風力3の北西風が吹き、潮候は上け潮の中央期で、港内海上は平穏であった。

(原因)
本件旅客負傷は、今治港の大型フェリー岸壁に着岸するにあたり、安全指導が不徹底で、適切な旅客誘導が行われなかったことによって発生したものである。

(受審人等の所為)
A受審人は、今治港の大型フェリー岸壁に着岸する場合、船体に衝撃が発生し得るから、旅客誘導員に対し、着岸前に旅客が階段に立ち入って不安定な姿勢で踏板上に位置することのないよう、既存のチェーンによる立入禁止索を施すなど安全指導を徹底すべき注意義務があった。しかるに同人は、旅客誘導員に対し、安全指導を徹底させなかった職務上の過失により、着岸時の衝撃の際、踏板を降下中の旅客の転落事故を招き、同旅客に左腕骨折等の負傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B社の所為は、本件発生の原因とならない。

よって主文のとおり裁決する。






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