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1998年(平成10年)

平成9年仙審第82号
    件名
遊漁船山幸釣客死亡事件

    事件区分
死傷事件
    言渡年月日
平成10年5月28日

    審判庁区分
地方海難審判庁
仙台地方海難審判庁

?橋昭雄、安藤周二、供田仁男
    理事官
上中拓治

    受審人
A 職名:山幸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
釣客1名死亡

    原因
救命胴衣未着用、荒天避難の措置不適切、荒天となった際、企画を中止しなかったこと

    主文
件釣客死亡は、救命胴衣が着用されなかったばかりか、荒天避難の措置がとられなかったことによって発生したものである。
遊漁斡旋業者が、荒天となった際、遊漁の企画を中止しなかったことは、本件発生の原因となる。
受審人Aの一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年5月24日06時30分
山形県飛島南西沖合
2 船舶の要目
船種船名 遊漁船山幸
総トン数 2.4トン
全長 10.35メートル
全幅 2.54メートル
全深 0.90メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 80キロワット
3 指定海難関係人B
B指定海難関係人は、昭和48年以降船長として遊漁船の運航に携わったのち、釣具店を営む傍ら、平成6年ごろ地元の遊漁船船長数人とともに、釣客誘致のため、A観光と称する会を組織した。その後、自らは遊漁船の運航をやめ、専ら釣具店の名で新聞等に釣り情報及び広告を掲載して釣客を募集し、応募してきた釣客を同会に所属する9隻の遊漁船に斡旋して、同会の実質的な運営にあたるようになった。そして、これら遊漁船船長と運航に関する契約書を取り交わすことや、組織としての規約を設けることなどを行っていなかったものの、年に4回ほど安全運航等についての話合いを主催するほか、月に3回ほど自ら乗船して釣り情報を収集するときには、船長を指導したり注意を与えたりしていた。
B指定海難関係人は、気象条件による運航中止の基準を、テレビやラジオによる天気予報で波高2メートル以上の波が予想されるときとし、このような気象情報を得たときには、自らの判断で運航中止を決め、船長と予約客にその旨を連絡していた。
4 受審人A
A受審人は、昭和62年以降自家用の小型プレジャーボートを魚釣りなどに使用し、その後、平成6年に遊漁船登録を行ってA観光に加わり、B指定海難関係人から遊漁船の運航方法や釣場等を教えられ、自動車部品の販売会社を経営する傍ら週末の休日にのみ遊漁船として就航させるようになった。そして、同9年3月に将来は遊漁船業に専念する目的で山幸を購入した。
5 山幸
山幸は、最大搭載人員が13人の小型無蓋(がい)平底のFRP製遊漁船で、船内外機を装備し、船首及び船尾両甲板間に平坦な甲板(以下「遊漁甲板」という。)を設け、船首瑞から船尾端に至る甲板上の全周に舷縁を備えていた。船首甲板は、船首端から後方1.64メートルまでの間にあって、遊漁甲板より32センチメートル(以下「センチ」という。)高くなっており、船首甲板下の倉庫に救命胴衣が格納されていた。遊漁甲板は、釣客の乗船場所に利用され、長さが5.21メートル、前部及び後部における舷縁の甲板上高さがそれぞれ49センチ及び41センチ、舷縁頂部の幅が11.5センチで、甲板上には構造物がなかった。船尾甲板は、前部に機関室囲壁を設け、同囲壁上面の前方及び左右側方を透明なプラスチック製風防でそれぞれ囲み、舵輪、機関操縦装置と航海計器類を備えていた。また、機関室囲壁後方の船首尾線上に操縦用のいすとその両舷側に鋼製ビットが設置されていた。
6 当時の気象及び海象
平成9年5月19日から同月22日にかけて低気圧が秋田県沖合に停滞し、このため山形県沖合では西風が強吹して海上が荒れ模様となった。翌23日低気圧が東方に去り、強風がやんだものの、西からのうねりが残り、酒田港南西方18海里の温海沿岸波浪観測局では、22時波高2.4メートル、最大波高4.1メートル、その後、次第に静まりながらも、翌24日06時波高1.5メートル、最大波高2.4メートルを観測した。
24日早朝、酒田港付近の海上は、風力3の東風であったが、陸地から離れるにつれて風力を増し、西からのうねりとあいまって、波浪が高まり、同港沖合では波高2メートルにも達する状況であった。
7 本件発生に至る経緯
B指定海難関係人は、平成9年5月24日の飛島東方の釣場における遊漁を企画し、応募した個人客用に山幸を、団体客用に船室を備えた遊漁船やまかぜを使い、早朝酒田港から出港することを決めた。その際、かねてより知り合いの釣客Cに魚釣りの指導を依頼され、釣り情報の収集も兼ねて同行することとした。
5月23日正午前B指定海難関係人は、テレビの天気予報により翌24日の予想波高が1メートルであったので、予定どおりの出港を決め、同日05時のラジオの天気予報で予想波高が1.5メートルに修正されたことを知った。
また、A受審人は、5月23日19時テレビの天気予報を見て、なんら警報が発表されていないことを知り、翌24日04時山幸に1人で乗り組み、酒田港の岸壁で待機した。やがて、釣客8人とB指定海難関係人とが到着して山幸に乗船した際、同受審人は、低気圧通過後のうねりが残っていることが予想される沖合での遊漁であったが、釣客に救命胴衣を着用させることなく、船首0.1メートル船尾0.7メートルの喫水をもって、やまかぜとともに、05時10分酒田港を出港し、飛島東方沖合の釣場に向かった。
このとき、B指定海難関係人は、船尾甲板上でA受審人の左後方に立ち、一方、釣客は、2人が後方を向いて船首甲板に腰を下ろし、6人が遊漁甲板上で片舷に3人ずつ前方を向いてそれぞれの持参したクーラーボックスに腰掛けていた。
05時19分A受審人は、港外に至り、酒田港南防波堤灯台から332度(真方位、以下同じ。)1.0海里の地点で、針路を飛島に向かう324度に定め、機関を回転数毎分3,000の全速力前進にかけ、22.0ノットの対地速力(以下速力は対地速力である。)で手動操舵により進行したところ、間もなく、陸地から離れるにつれて東風が強まり、西からはうねりが来襲して、波浪が高まってくるのを認めた。
05時35分A受審人は、酒田港南防波堤灯台から325度7.7海里の地点に達し、東風が更に増勢して波高が時には2メートルにまで及ぶようになり、飛島に近付くに従って波浪が一層高まるおそれがあったものの、波浪がこれ以上高くなったら飛島漁港に避難すれば大丈夫と思い、直ちに引き返すなどの荒天避難の措置をとることなく、機関を回転数毎分2,600とし、速力を16.0ノットに減じて続航した。
一方、B指定海難関係人は、減速したとき、飛島島陰の風下までは行けるものと思い、速やかにこのたびの企画を中止しなかった。06時03分半飛島灯台から146度4.2海里の地点に至り、飛島東方沖合に高波が立ち、海面が白くなっているのを認めるようになったので、釣場を変えて、同島西方沖合に向けることをやまかぜに伝えるよう、A受審人に指示した。
そこで、A受審人は、先航するやまかぜにアマチュア無線でその旨を連絡したのち、針路を292度に転じ、左舷船首寄りからの波浪に応じて、機関の回転数を種々調節しながら、増減速を繰り返し、10.0ノットの平均速力で進行中、06時30分飛島灯台から227度2.5海里の地点において、波高3メートルにも及ぶ一段と高起した波浪が左舷船首部から甲板上に打ち込み、船体が左舷側に著しく傾斜し、釣客のうち船首甲板左舷側のD、遊漁甲板左舷側のE、F及びC釣客が左舷側舷縁を越えて海中に転落した。
当時、天候は晴で風力5の東風が吹き、潮候は下げ潮の中央期にあたり、海上は最大波高約3メートルの高波が生ずる状況であった。
A受審人は、釣客が転落したのを見て、直ちに機関を中立とし、転落を免れた釣客に救命胴衣を着用させ、一方、B指定海難関係人は、D釣客が舷縁にしがみつきながら後方に流されて船尾甲板のビットをつかんだところを船内に引き上げた。
A受審人は、B指定海難関係人及び釣客とともにバケツで海水を排水して船体傾斜を直したのち、反転して転落者の救助に向かい、泳いでいたE釣客、意識を失ったままクーラーボックスにつかまっていたF及びC両釣客を順次船上に引き上げ、飛島漁港に急行した。
その結果、C釣客(昭和28年6月15日生)は、病院に搬送されたが、溺水による窒息死と検案された。

(原因)
本件釣客死亡は、酒田港を出港して飛島東方の釣場に向かうにあたり、救命胴衣が着用されなかったばかりか、出港後、陸地から離れるにつれて東風の増勢とともに波浪が高まった際、直ちに引き返すなどの荒天避難の措置がとられず、甲板上に高波が打ち込んで船体が著しく傾斜し、釣客が海中に転落したことによって発生したものである。
遊漁斡旋業者が、飛島東方の釣場での遊漁を企画して同行中、荒天となった際、速やかに同企画を中止しなかったことは、本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
A受審人は、飛島東方の釣場に向けて酒田港を出港後、陸地から離れるにつれて東風の増勢とともに波浪が高まった場合、飛島に近付くに従って一層波浪が高まるおそれがあったから、直ちに引き返すなどの荒天避難の措置をとるべき注意義務があった。しかし、同人は、波浪がこれ以上高くなったら飛島漁港に避難すれば大丈夫と思い、直ちに引き返すなどの荒天避難の措置をとらなかった職務上過失により、高波の打ち込みによって、船体が著しく傾斜して釣客の海中転落を招き、死亡させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B指定海難関係人が、飛島東方の釣場での遊漁を企画して同行中、荒天となった際、速やかに同企画を中止しなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、事故後同人が遊漁船の運航基準を見直して釣客の安全確保に努めた点に徴し、勧告しない。

よって主文のとおり裁決する。






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