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1998年(平成10年)

平成8年第二審第7号
    件名
瀬渡船宮島丸潜水者死亡事件

    事件区分
死傷事件
    言渡年月日
平成10年3月10日

    審判庁区分
高等海難審判庁
原審横浜

須貝壽榮、鈴木孝、松井武、伊藤實、田邉行夫
    理事官
金城隆支

    受審人
A 職名:宮島丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
潜水者1人右大腿部等を切断し失血死

    原因
宮島丸…見張り不十分、潜水漁業に従事中の潜水者を避けなかった(主因)
潜水者…存在を明確に示さなかった(一因)

    二審請求者
理事官亀井龍雄

    主文
本件潜水者死亡は、宮島丸が、見張り不十分で、潜水者を避けなかったことによって発生したが、潜水者が、その存在を明確に示さなかったことも一因をなすものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成6年8月24日09時02分
静岡県南伊豆町沖合
2 船舶の要目
船種船名 小型遊漁兼用船宮島丸
総トン数 3.07トン
全長 11.50メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 180キロワット
3 事実の経過
宮島丸は、専ら釣客の瀬渡しに従事する、旅客定員12人のFRP製小型遊漁兼用船で、A受審人が1人で乗り組み、平成6年8月24日早朝静岡県賀茂郡南伊豆町石廊崎の本願の係留地から沖合の島嶼(しょ)に釣客の瀬渡しを行ったのち、08時30分釣場を見回る目的で、船首0.60メートル船尾0.52メートルの喫水をもって同係留地を発航し、各釣場を巡回して石廊崎の北東方に位置する割島に寄せ、09時00分石廊崎灯台から063度(真方位、以下同じ。)1,240メートルの同島北西端を発して帰航の途についた。
ところで、A受審人が所属する南伊豆町漁業協同組合(以下「漁業組合」という。)は、静岡県知事から伊豆半島南岸の南伊豆町地先海域における第1種共同漁業権の免許を受け、その海域を組合員の居住地毎に9区画に分けてそれぞれの組合員に刺網、潜水漁業等の共同漁業を営ませ、そのうち石廊崎を挟んだ東方の蓑掛島から西方の鰹島に至る水域を、石廊崎在住の同受審人を含む組合員に利用させていた。
そして、漁業組合は、潜水漁業者と航行漁船等との事故防止を図るため、潜水漁業を行う者に対しては、航行船から潜水者の存在が明確に識別できるように、その使用する浮き樽やウエットスーツのフード及びフィンを黄色のものとするように指導していた。
また、A受審人が加入している静岡県遊漁船業協会(以下「遊漁船業協会」という。)では、遊漁船の航行の安全を図るために遵守すべきことを記載した「遊漁船業ハンドブック」を刊行して配布し、安全指導講習会等を通じて遊漁船に対し、航行中の遊漁船が見張りを励行して衝突等の事故を防止するように指導、啓蒙(けいもう)していた。
A受審人は、割島から機関を後進に入れて離れたのち、微速力前進に切り替え、左回頭して船首を一旦吉子の浜の北端に向け、操舵室左側で甲板上の高さ約38センチメートル(以下「センチ」という。)の踏み台に立って手動操舵と見張りに当たり、機関の回転を徐々に上げ、09時01分少し過ぎ石廊崎灯台から051度1,290メートルの地点で、針路を係留地の沖側にある消波ブロックの南側に向く283度に定め、機関を9.0ノットの半速力前進にかけ、吉子の浜から南に向かって小島や岩礁が散在し、昼間には潜水業者やレジャーの潜水者が頻繁(ひんぱん)に見掛けられる海域を進行した。
09時01分半A受審人は、石廊崎灯台から047度1,230メートルの地点に達したとき、右舷前方に見える赤島の南約50メートル沖合で、潜水者Bが1人で素もぐりによる潜水漁業に従事しており、同人の使用している黒色の浮きを正船首約150メートルに視認できる状況にあったが、朝早い時間なので潜水者がいないものと思い、周囲を一瞥(いちべつ)しただけで前方の見張りを十分に行わず、折から前窓にしぶきが付着して見えにくく、また、太陽光線が波に反射してまぶしいこともあって、同潜水者や同浮きの存在に気付かないまま、これを避けることなく続航した。
そして、09時02分石廊崎灯台から042度1,150メートルの地点において、宮島丸は、原針路、原速力のまま、その推進器がB潜水者に接触した。
当時、天候は晴で風力4の北東風が吹き、潮候は下げ潮の中央期であった。
A受審人は、衝撃を感じて後方を振り返り、海上に浮いているB潜水者を初めて認め、急いで同人を収容して係留地に帰航し、救急車で病院に搬送するなどの事後措置に当たった。
また、B潜水者は、A受審人と同じ漁業組合に所属する組合員で、自ら経営する民宿の顧客に供する貝類を採捕する目的をもって、同24日08時30分1人で自宅を出て近くの吉子の浜に行き、漁業組合の指導と異なるいずれも黒色で上下のウエットスーツ、フード、フィン、ウエートベルト及び水中眼鏡を装着し、高さ約15センチ、外径約40センチの円筒形で、黒色の布に覆われた発泡スチロール製浮きと貝類の採捕用器具を持ち、同時50分ごろから海に入り、岩伝いに素もぐりによる潜水漁業を行いながら赤島の沖合に向かった。
そして、B潜水者は、事故発生地点付近まで泳ぎ、同浮きを浮かべて潜水漁業に従事中、前示のとおり、右大腿部に宮島丸の推進器が接触した。
その結果、宮島丸は、損傷がなかったが、B潜水者(昭和8年8月23日生)は、右大腿部等を切断し、失血死した。

(原因に対する考察)
本件は、静岡県賀茂郡南伊豆町石廊崎の本瀬沖合において、航行中の宮島丸が、潜水漁業に従事中の潜水者に接触し、死亡させたもので、その原因について検討する。

1 A受審人の見張りについて
事故が発生した付近は、A受審人が係留地に出入りするため、常時航行している海域であるが、地元漁業者の潜水漁業等の共同漁業が行われている漁場であり、レジャーのために一般の潜水者や遊泳者が利用する海域でもある。そこで、遊漁船業協会では、「遊漁船業ハンドブック」を刊行し、安全講習会等を通じて遊漁船に対し、航行船は、速力を減じて見張りを十分に行い、衝突等の事故を避けるよう指導していた。
また、漁業組合では、組合員に対して、遠距離から識別できる黄色の浮き樽、ウエットスーツのフード及びフィンを使用すること等の指導を行っていた。しかし、一部の潜水漁業者や一般のレジャー潜水者が黒色等の浮きやウエットスーツのフード等を使用しで潜水をしているのが見受けられ、A受審人はこれらのことを十分承知していた。
一方、海上保安官の実況見分によれば、B潜水者の使用した黒色の浮き等は約150メートル前方から視認が可能であり、A受審人が、当時、前方の見張りを十分に行っておれば、当時の速力模様から事故発生の約30秒前に、同潜水者の使用している黒色の浮きを発見して十分にこれを避けることができ、もって事故を未然に防止し得たものと認められる。
したがって、A受審人が、潜水漁業等の潜水者が存在するおそれのある海域を航行する際には、前方の見張りを十分に行い、潜水者等の存在を早目に発見してこれを避ける必要があることは当然であり、当時、波にあたる太陽光線の反射等で前方の海面が見えにくかったとしても、潜水者の浮きを視認することが不可能であったとは認めることができず、前方の見張りが不十分で、潜水漁業に従事中の潜水者を避けなかったことは本件発生の原因となる。
2 潜水者の黒色の浮き等の使用について
海上衝突予防法では、潜水夫による作業に従事している船舶は、所定の灯火、形象物又は国際信号書に定めるA旗を表す信号板を掲げることが定められている。また、都道府県で制定している各漁業調整規則においても、潜水器漁業に従事する者は、その船舶にA旗を掲示することが定められている。
一方、船舶を伴わない潜水者については、潜水及び遊泳中に表示すべき形象物等を定めた規定はない。しかしながら、船舶を伴わない潜水者としては、自己の存在を明確に周囲に示すべき方法を講じて、航行船舶に避航を促し、もって事故防止に努める必要がある。
そこで、B潜水者は、事実認定の根拠で述べたとおり、黒色のものより約2倍の距離から発見が可能で、周囲から識別しやすい、漁業組合の指導する黄色の浮き樽やウエットスーツのフード及びフィン等を使用していなかったことは、本件発生の原因となる。

(原因)
本件潜水者死亡は、静岡県賀茂郡南伊豆町石廊崎の本瀬沖合において、航行中の宮島丸が、前方の見張り不十分で、潜水漁業に従事中の潜水者を避けなかったことによって発生したが、潜水者が、周囲から識別しやすい黄色の浮きを使用するなど、その存在を明確に示さなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
A受審人は、静岡県賀茂郡南伊豆町石廊崎の本瀬沖合の割島から本瀬の係留地に向け帰航する場合、潜水者が頻繁に見掛けられる海域を航行するのであったから、潜水者やその使用する浮き等を見落とすことのないよう、前方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、朝早い時間なので沖合には潜水者がいないものと思い、周囲を一瞥しただけで前方の見張りを十分行わなかった職務上の過失により、潜水漁業に従事していたB潜水者の存在に気付かず、同潜水者と接触事故を招き、右大腿部等を切断して失血死させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文平成8年2月28日横審言渡(原文縦書き)
本件潜水者死亡は、減速措置が不十分で、潜水者の存在を示す標識となる浮きに向首したまま進行し、水中の潜水者に接触したことに因って発生したものである。
受審人Aの一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。






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