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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成8年2月4日04時00分 伊勢湾南部 2 船舶の要目 船種船名 押船あさひ
起重機付台船あけぼの 総トン数 19トン
約1,495トン 全長 15.00メートル
63.50メートル 機関の種類 ディーゼル機関 出力 1,000キロワット 3 事実の経過 あさひは、2機2軸の鋼製押船で、A受審人が1人で乗り組み、幅20.00メートル、深さ3.50メートルの起重機付台船あけぼの(以下「あけぼの」という。)に作業員5人を乗せ、空倉のまま、船首尾とも1.50メートルの喫水となった同船の船尾凹部に船首を嵌(かん)合し、全長約74.00メートルのあさひ被押あけぼの(以下「あさひ押船列」という。)とし、船首1.50メートル船尾1.80メートルの喫水をもって、平成8年2月4日00時00分三重県四日市港を発し、甲板上高さ約17メートルの起重機運転席の頂部に白色全周灯1個を点灯したほか、押船列としての法定の灯火を表示し、伊勢湾口西部の桃取水道、同県鳥羽港及び加布良古水道経由の予定で同県錦漁港へ向かった。 ところで、桃取水道は、答志島、浮島及び飛島と、その南西方陸岸との間にある、L字型に屈曲した水道で、屈曲部にあたる神前灯台及び桃取水道大村島灯標の間の水域を抜けて菅島水道及び加布良古水道に通じていた。飛島から答志島北東端に至る間の北側水域には、毎年9月から翌年5月までの期間にのり養殖施設が設置され、同施設には200メートルから300メートルの間隔で、緑、赤あるいは白色の灯火を点灯できる浮標が設置されていた。 A受審人は、昭和61年にA株式会社に入社し、その後平成7年10月あさひに乗船したが、その間は専ら四日市港内での運航に従事し、同港以外での運航の経験がなく、今回初めて錦漁港に向かうことになり、同8年2月4日の昼ごろまでに入港できるよう航海計画の立案に当たったが、海図第1051号を備えていたことから、夜間に伊勢湾を南下して桃取水道に近づき、明るくなったら周囲の地形を見ながら同水道の入口を見付けて入航すればよいと安易に考え、水路誌等で同水道の伊勢湾側入口付近の航路標識及び漁業施設の各状態を調べるなど、水路調査を十分に行うことなく発航した。 A受審人は、舵輪後方のいすに腰掛けて手動操舵に当たり、同日00時38分伊勢湾シーバース灯から243度(真方位、以下同じ。)1.6海里の地点に達したとき、針路を153度に定め、機関を全速力前進にかけ、7.2ノットの対地速力として進行し、01時36分同シーバース灯から166度7.2海里の地点で右転し、針路を正船首少し左方に伊勢湾第4号灯浮標を見る175度で続航した。 02時34分A受審人は、同灯浮標を左舷正横300メートルに見て航過したのち、03時神前灯台から355度8.3海里の地点で正船首少し右方遠方に2隻の船の灯火を認め、これらの船とは安全な距離で航過することとして、早目に左転して針路を155度とし、このころには右舷前方に桃取水道への目標となる神前灯台の灯火を認めたものの、十分な水路調査を行っていなかったことから同灯台の灯火と気付かず、やがてこれらの船が航過した後も、桃取水道への入口が分からないまま、明るくなってから地形を見ながら航行するつもりで、前方の答志島沖合にのり養殖施設があることを知らず同一針路で進行した。 こうして、A受審人は、03時58分ごろから前方にのり養殖施設の緑灯1個が見えたが、これが桃取水道を示す灯火と思い込み、同施設に向首進行していることに気付かないまま続航中、04時少し前さらに緑灯が2個が見えてきて危険を感じ、機関を停止して全速力後進としたが及ばず、04時神前灯台から051度2.9海里の地点において、あけぼのの船首に軽い衝撃があり、のり養殖施設に乗り入れた。 当時、天候は曇りで風力3の北北西風が吹き、潮候は上げ潮の中央期であった。 この結果、あさひ押船列に損傷はなかったが、のり養殖施設にはのり網約90枚の破損もしくは滅失があった。
(原因) 本件のり養殖施設損傷は、夜間、伊勢湾を南下して桃取水道に接近するにあたり、水路調査が不十分で、のり養殖施設内に進入したことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、夜間、伊勢湾を南下して桃取水道に接近する場合、四日市港以外における運航の経験がなかったのであるから、水路誌等にあたって伊勢湾南部の水路調査を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、夜間に伊勢湾を南下し、明るくなったら桃取水道の入口を見付けて入航すればよいと安易に考え、水路誌等による伊勢湾南部の十分な水路調査を怠った職務上の過失により、桃取水道の伊勢湾側入口付近の航路標識や同水道沖合ののり養殖施設に気付かないまま、左転して進行し、のり養殖施設に乗り入れ、自船には損傷がなかったものの、のり網約90枚の損傷もしくは滅失させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |