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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年10月16日16時00分 長崎港 2 船舶の要目 船種船名
漁船第二十八野村丸 総トン数 135トン 登録長 38.70メートル 機関の種類
ディーゼル機関 出力 853キロワット 3 事実の経過 第二十八野村丸は、平成3年4月に凌工し、同5年7月から長崎県奈良尾漁港を基地として大中型まき網漁業に従事するようになった船尾機関室型の鋼製網船で、機関室の前部に、三相交流電圧225ボルトの船内電源用として、定格容量250キロボルトアンペアの発電機(以下「1号発電機」という。)と、同容量180キロボルトアンペアの発電機(以下「2号発電機」という。)を備え、1号発電機を専ら操業時に、2号発電機を操業時以外にそれぞれ使用し、両発電機とも年間の使用時間が3,000時間足らずであった。 ところで、1号発電機は、大洋電気株式会社が同2年12月に製造したTNF35C-6型と称する防滴型のブラシレス発電機で、株式会社新潟鐵工所が同3年1月に製造した6NSD-G型と称する定格出力397キロワット同回転数毎分1,200の過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関(以下「1号補機」という。)によって直結駆動され、ロータの後端に外径215ミリメートル(以下「ミリ」という。)内径100ミリ幅47ミリの単列深溝開放型の玉軸受嵌(は)め込み、発電機粋に取り付けられた鋳鉄製のエンドブラケットでもって同軸受の外輪を支えていたものの、ロータの前部には軸受がなく、ロータの前端にキー止めした鋳鋼製のカップリングを、1号補機のフライホイールに緩衝ゴム付きのボルトとナットで結合してあった。 また、1号補機は、前部動力取出軸で漁労機械用油圧ポンプを運転でき、クランク室内に船尾方から順に1番から7番までの番号を付けた主軸受を配置し、1番主軸受を幅98ミリの基準軸受として同軸受の前後両面に上下二つ割れとなったスラスト軸受メタルを取り付け、同メタルの標準間隙(かんげき)を0.21ないし0.38ミリと定めてあり、同間隙を計測するには、1号発電機の軸受カバーを外してロータの後面にダイアルゲージを当て、1号補機をターニングしながらクランク軸を前後に移動させればよかった。 一方、A受審人は、同5年7月から本船に機関長として乗り組み、1ないし2箇月ごとに1号発電機の玉軸受に少量ずつグリースを補給しながら、同9年9月26日他の乗組員21人とともに尖閣諸島周辺の漁場で操業中、1号補機には何ら異状を認めなかったものの、同軸受が衰耗したことに気付き、発電機を1号から2号に切り替えて1号補機を停止し、同軸受の予備品を船内に保有してなく、また、翌月に入渠の予定であったので、入渠時に同軸受を新替えすることとし、揚網作業に従事したところ、右手を揚網機に巻き込まれて負傷した。 本船は、直ちに海上保安庁に依頼してA受審人を沖縄県石垣島の病院に緊急入院させ、引き続き操業に従事したのち、同年10月14日10時ごろいったん奈良尾漁港に帰り、石垣島の病院から自宅に戻って右手の通院治療を受けていた同人を復船させ、14時00分同漁港を発し、17時00分長崎港内の造船所に着いた。 同月16日A受審人は、朝から一等機関士と機関員の部下2人を指揮して1号発電機の玉軸受取替えにかかり、ロータとフライホイールを結合させたままフライホイールの船首側でクランク軸をつり上げ、軸受カバーとエンドブラケットを順に取り外して蓑耗した玉軸受をロータから抜き出したのち、新品の玉軸受をロータに嵌め込み、エンドプラケットを取り付けようとしたところ、同プラケットが玉軸受の外輪に途中で引っ掛かって手で押し込めなかったので、同ブラケットをボルト締めによって押し込み、岡田13時20分玉軸受の新替えを終了した。 次いでA受審人は、1号発電機の試運転のために1号補機を運転することとしたが、右手を負傷していたこともあって、通常は実施していた同補機のターニングなどしなくても構わないだろうと思い、ターニングが滑らかに行えることを確認したり、ロータの軸方向移動量を計測したりするなどの同補機始動前の点検を十分に行うことなく、クランク軸が船尾側のスラスト軸受メタルに強く押し付けられたままとなっていることに気付かないで、部下に油通しを行ってから同補機を始動し、10分間ばかり無負荷低速で運転して異状を認めなければ、徐々に負荷を掛けて運転するようにと告げ、右手の治療のため自室に退いた。 こうして1号補機は、一等機関士と機関員の2人により同日15時20分始動されたところ、船尾側スラスト軸受メタルがクランク軸との隙間(すきま)過少で焼き付き、10分間ばかり無負荷運転して1号発電機の玉軸受に異状がないことが確認されたのち、同発電機に約35キロワットの負荷を掛けて運転中、同メタルの焼損が著しく進行してクランク軸の軸方向移動量が大となり、16時00分長崎港三菱重工蔭ノ尾岸壁灯台から真方位163度2,200メートルばかりの地点において、異音を発し、直ちに停止された。 当時、天候は晴で風力2の南西風が吹き、潮候は上げ潮の中央期であった。 A受審人は、右手の治療を済ませて上甲板に出ていたところ、異変に気付いて直ちに機関室に戻り、調査した結果、1号発電機の玉軸受には異状がなかったものの、1号補機の船尾側のスラスト軸受メタルが焼損してクランク室内に散乱しているのを認め、関係先に事態を通報し、後日、同補機のスラスト軸受メタルのみならず、各主軸受メタル、クランク軸台板等を取り替えた。
(原因) 本件機関損傷は、船内電源用発電機の玉軸受新替え後の試運転にあたり、同発電機を直結駆動するディーゼル機関の始動前点検が不十分で、同機関のクランク軸がスラスト軸受メタルに強く押し付けられたまま、同機関が始動されたことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、船内電源用発電機の軸受新替えを終え、同発電機試運転のため、同発電機を直結駆動するディーゼル機関を運転する場合、同軸受は玉軸受であって、その外輪を支えるエンドブラケットをボルト締めによって押し込んだのであるから、同軸受やロータの軸系などに支障を生じさせたまま運転することのないよう、同機関のターニングか滑らかに行えることを確認したり、ロータの軸方向移動量を計測したりするなどの同機関始動前の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、右手を負傷傷していたこともあって、通常は実施していたターニングなどしなくても構わないだろうと思い、同機関始動前の点検を十分に行わなかった職務上の過失により、同機関のクランク軸をスラスト軸受メタルに強く押し付けたまま始動する事態を招き、同メタルのみならず、軸受メタル、クランク軸、台板等にも焼損を生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては海難審判法4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |