|
(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年9月14日03時50分 愛媛県由利島南方沖合 2 船舶の要目 船種船名
貨物船貴峰丸 総トン数 998.66トン 全長 74.00メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力
1,691キロワット 回転数 毎分315 3 事実の経過 貴峰丸は、昭和49年11月に進水した、石炭及び石灰石の輸送に従事する貨物船で、主機として株式会社マキタ(旧社名株式会社槇田鐵工所)が製造したGSLH337型と称するディーゼル機関を装備し、各シリンダには船首側を1番として6番までの順番号が付され、操舵室に主機の回転計及び潤滑油圧力計などの各計器並びに冷却水温度上昇及び潤滑油圧力低下などの各警報装置が組み込まれた主機遠隔操縦装置を設けていた。 主機の船尾側上部に備えられた過給機は、石川島汎用機械工業株式会社製のVTR400H型と呼称する軸流排気タービン過給機で、その本体が排気入口ケーシング、タービン車室及びブロワ車室からなっており、主機の1、2及び3番シリンダを1群として伸縮継手を介して同ケーシング上側入口へ、同様に4、5及び6番シリンダを1群として伸縮継手を介して同ケーシング下側入口へ各シリンダの排気ガスを導き、そこから本体内のノズル及びタービン車室を経て煙突から同ガスを大気に放出し、排気通路となる同ケーシング及びタービン車室には、冷却水室が設けられていて、主機の冷却水が循環するようになっていた。 主機の冷却水系統は、電動の冷却海水ポンプにより船底の海水吸入弁からこし器を通って吸引加圧された海水が、潤滑油冷却器及び空気冷却器を順に径て冷却水入口主管に至り、同主管から各シリンダのシリンダジャケット、シリンダヘッド及び排気弁箱を冷却する系統、過給機を冷却する系統及び燃料噴射弁の冷却油冷却器を冷却する系統に分流し、各部を冷却して冷却水出口集合管で合流したのち、吐出弁から船外へ排出されるようになっており、同ヘッド、過給機の排気入口ケーシング及びタービン車室の各冷却水出口温度の調整が同集合管の出口側に設けられた温水戻し弁を介して同ポンプの吸入側へ温水を戻すことによって行われるようになっていて、各シリンダの同ヘッド冷却水出口管及び過給機の各冷却水出口管には温度計がそれぞれ備えられていた。 ところで、主機は、昭和49年9月に製造されたもので、A重油とC重油を4対6の割合で混合したブレンド油を燃料油として長期間運転するうち、冷却水による及び排気ガスから生じる酸性の生成吻などによる腐食作用の影響を受けてシリンダヘッドの排気通路壁が衰耗し、その肉厚が減少したり、疲労強度が低下するなどして亀(き)裂、破孔を生じて冷却水が排気側に度々漏洩(えい)するようになったので、毎年4月ないし5月に入渠した際に、同通路壁を点検のうえ衰耗している箇所の溶接修理などが行われていた。 一方、過給機は、平成6年12月に排気入口ケーシングに破孔が生じたことから、以前破孔して溶接修理された中古の同ケーシングと取り替えられたのち、毎年開放して同ケーシングの肉厚計測などが実施されていた。 A受審人は、翌7年2月から機関長として乗り組み、機関の運転と保守に従事していたもので、機関当直を自らと一等機関士の6時間交替制とし、当直中、主機、過給機及び発電機駆動用原動機の排気温度、冷却水温度、潤滑油の圧力などを定期的に計測するなどして機関の運転状態の監視にあたりながら年間約4,000時間主機を運転しており、同9年4月14日から開始した合入渠工事において、過給機を開放して排気入口ケーシングを工場に搬入し、工務監督も立ち会いのうえで同ケーシングの肉厚計測及び外観検査を実施し、いずれも異常を認めず、タービン損及びブロワ側の各玉軸受、潤滑油及び保護亜鉛を取替えて復旧し、同月22日すべての同工事を終えた。 ところが、過給機の排気入口ケーシングは、構造上、同ケーシングの肉厚を全般について計測することは困難で、一般に計測可能な範囲内の数箇所についてだけ計測されるので、腐食が進行して局部的に衰耗していた同ケーシング排気通路底部の箇所がたまたま計測されず、破孔の生じるおそれのある状態となっていた。 本船は、同年9月9日00時05分大分県津久見港を発し、神戸港に向け、主機を回転数毎分270の全速力前進にかけて航行中、かねてから肉厚が局部的に衰耗ていた過給機の排気入口ケーシングに小さな破孔が生じ、同月11日ごろから同ケーシングの冷却水出口温度が徐々に上昇し始めるとともに、冷却水力破孔部から排気側に漏洩するようになった。 翌12日16時55分A受審人は、神戸港への入港に先立って、船長から機関用意を指示されたので、主機の燃料油をA重油に切り替え、主機の回転数を減ずるにつれて排気ガスが変色したまま、17時55分入港を終えて機関の終了作業に取り掛かった。しかしながら、同人は、機関終了直後のエアランニングで異常がなかったので問題はあるまいと思い、速やかに過給機の排気入口ケーシングの破孔の有無についての調査を十分に行うことなく、冷却海水ポンプを停止して同作業を終えたので、同ケーシングに破孔を生じていることに気付かなかった。 こうして、本船は、A受審人ほか8人が乗り組み、空倉のまま、船首1.1メートル船尾3.4メートルの喫水をもって、同月13日16時05分神戸港を発し、津久見港に向け、主機の回転数を毎分270にかけて航行中、過給機の排気入口ケーシングの排気通路に生じた破孔が進展し、多量の冷却水が排気側に漏洩するようになり、翌14日03時50分由利島灯台から真方位142度1,600メートルの地点において、過給機が異音を発した。 当時、天候は曇で風力2の北東風が吹き、海上は平穏であった。 当直に就いていたA受審人は、過給機の異常に気付き、主機の排気温度が異常に上昇していることから事態を船長に報告したが、本船か伊予灘を西行中で直ちに主機を停止することができなかったので、しばらく低速力で航行したのち航路から離れ、同日05時45分山口県安下庄港南方沖合に投錨して主機を停止し、冷却海水ポンプを運転状態としたうえで主機各部を点検したところ、過給機の排気入口ケーシングから多量の冷却水が漏洩しているのを認めて運転不能と判断し、折から台風が九州南部に接近していたこともあって、船長が救助を要請した。 本船は、来援した引船により最寄りの株式会社新笠戸ドックに曳(えい)航され、同地において、過給機を精査した結果、過給機の排気入口ケーシングの排気通路底部に直径約10ミリメートルの破孔が生じ、ノズルがカーボンや塩で著しく閉塞(そく)していることが判明し、のち積込まれていた予備の同ケーシングと取替え修理が行われた。
(原因) 本件機関損傷は、主機過給機の排気入口ケーシングの冷却水出口温度が徐々に上昇し、排気ガスが変色するようになった際、同ケーシングの破孔の有無についての調査が不十分で、冷却水及び同ガスの腐食作用により同ケーシングが局部的に著しく衰耗し、破孔を生じたまま運転が続けられたことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、主機過給機の排気入口ケーシングの冷却水出口温度が徐々に上昇し、排気ガスが変色するようになった場合、同ケーシングに破孔を生じているおそれがあったから、速やかに同ケーシングの破孔の有無についての調査を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、機関終了直後のエアランニングで異常がなかったので問題はあるまいと思い、速やかに同ケーシングの破孔の有無についての調査を十分に行わなかった職務上の過失により、同ケーシングに破孔が生じていることに気付かないまま運転を続け、主機の運転を不能にさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |