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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年3月13日05時30分 日本海西部 2 船舶の要目 船種船名
漁船第八栄寿丸 総トン数 127トン 全長 37.00メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力
735キロワット 回転数 毎分380 3 事実の経過 第八栄寿丸は、昭和48年6月に進水した、はえなわ漁業に従事する鋼製漁船で、主機とし株式会社赤阪鐵工所が製造したAH26型と称するディーゼル機関を装備し、軸系に可変ピッチプロペラを備え、操舵室に主機回転数及びプロペラ翼角の遠隔操縦装置を設けていた。 主機は、シリンダ径260ミリメートル行程440ミリメートルで、各シリンダが船首方から順番号で呼称され、特殊鋳鉄製のシリンダヘッド内部こは、その中央に燃料噴射弁孔、同噴射弁孔の船首側に排気弁孔2個、船尾側に吸気弁孔2個、始動空気弁孔、安全弁孔及び指圧器弁孔のほか、排気通路及び吸気通路などがそれぞれ設けられ、それらの周囲には複雑な形状の冷却水室も設けられていた。また、主機は、燃料油が同噴射弁から同ヘッド下面、シリンダライナ及びピストン頂面で構成する燃焼室内に噴射されて燃焼したのち、排気弁から排出された高温の排気ガスが排気通路、排気マニホルド及び過給機を経て煙突から大気に放出されるようになっていた。 主機の冷却水系統は、海水直接冷却方式で、船底の海水吸入弁からこし器を経て電動の渦巻き式冷却水ポンプにより吸引加圧された海水が、潤滑油冷却器及び空気冷却器を順に冷却して冷却水入口主管に至り、同主管で各シリンダのシリンダジャケット及びシリンダヘッドを冷却するものと、過給機の排気入口ケーシング及びタービンケーシングを冷却するものとに分かれ、名部を冷却したのち冷却水出口集合管で合流し、その一部は温水も戻し弁を介して同ポンプの吸入側に戻され、その他は船外に排出されるようになっていた。 ところで、主機のシリンダヘッドには、運転中、爆発力による応力、排気ガス及び海水などの温度差による熱応力が繰り返し作用するほか、同ガス及び海水の腐食作用により材料が衰耗して疲労強度が低下するうえ、冷却水室壁面にスケールが付着して冷却効果が低下し、局部過熱を生じるなどして排気弁孔及び燃料噴射弁孔などに亀(き)裂が生じることがあるので、機関メーカーでは、材料の熱疲労の点から同ヘッド出口排気温(以下「排気温度」という。)の上限を摂氏400度(以下、温度にっいては「摂氏」を省略する。)及び同ヘッド出口冷却海水温度の標準範囲を40ないし50度とそれぞれ定め、更に同ヘッドの保護亜鉛の点検及び取替えを定期的に行うとともに、少なくとも2年ごとに冷却水室を掃除するよう主機取扱説明書に記載していた。 本船は、鳥取県境港を基地とし、9月から翌年6月までの漁期間中、日本海の大和堆周辺の漁場で1航海が約10日間のかにかご漁を繰り返し操業し、毎年、休漁期の8月ごろ入渠して船体及び機関の整備を行って漁の解禁に備えていた。 A受審人は、平成5年3月から機関長として乗り組み、機関の整備と運転に従事していたもので、主機については、同4年入渠時に全シリンダのシリンダヘッドが取り替えられたのち、ピストン抜き整備を2年ごとに、吸気弁、排気弁、燃料噴射弁及び過給機の開放整備や同ヘット及び潤滑油冷却器などに取り付けられている保護亜鉛の取替えを1年ごとにそれぞれ修理業者に依頼して行っていたほか、航行中、排気温度が上昇し、煙突からの排気ガスが変色するなど燃焼不良となった際には、その都度同業者に依頼して同噴射弁の取替えなどを行いながら、温水戻し弁を全閉としたまま全速力前進時の主機回転数を毎分400プロペラ翼角を18度として、年間約5,500時間主機を運転していた。 同8年7月下旬に入渠したときA受審人は、主機の全シリンダのシリンダヘッド、ピストン及び過給機などの開放整備を終え、翌8月10日に行っだ海上試運転の際、主機回転数毎分380プロペラ翼角18度において、給気圧力0.75キログラム毎平方センチメートル給気温度40度で、排気温度が280ないし305度であることを確認したのち、同年9月上旬から操業を開始し、全速力前進時の主機回転数及びプロペラ翼角をそのままとして運転を続けているうち、排気温度が次第に上昇し、これが400度を超えて度々420度に達するようになった。しかしながら、同人は、急に大事に至ることはあるまいと思い、適宜主機回転数やプロペラ翼角を下げるなどして、主機の負荷を軽減する措置をとることなく、そのまま運転を続けていたので、同ヘッドの冷却水室壁面に付着したスケールによる冷却効果の低下も加わって、いつしか熱応力の増大により熱疲労した4番シリンダの同ヘッド触火面の排気弁孔と燃料噴射弁孔間に微細な亀裂が生じ、これが次第に進展して海水が燃焼室内に浸入するおそれのあることに気付いていなかった。 こうして、本船は、A受審人ほか9人が乗り組み、かにかご漁の目的で、同9年3月7田09時00分境港を発し、翌8日03時30分漁場に至って操業を繰り返し、予定していた漁獲量を獲たところから同月12日21時ごろ操業を終えて主機を回転数毎分400にかけ、プロペラ翼角を18度として境港に向け帰港中、かねてから4番シリンダのシリンダヘッドに生じていた亀裂が進展して多量の海水が燃焼室内に浸入し、同月13日05時30分北緯38度13分東経134度16分の地点において、主機の回転数が低下するとともに過給機が異音を発した。 当時、天候は曇で風力3の北東風が吹き、海上には少しうねりがあった。 食堂で休息していたA受審人は、主機の異常に気付いて急ぎ機関室に赴き、直ちに主機を停止したのち、すべてのクランク室ドアを開放して点検したところ、4番シリンダのシリンダヘッド辺りから海水が漏れ出ているのを認め、運転不能と判断して事態を船長に報告した。 本船は、救助を求め、来援した僚船により曳(えい)航されて翌14日07時00分境港に帰港し、同港において、主機各部を精査した結果、4シリンダのシリンダヘッドの排気孔弁と燃料噴射弁孔間に冷却水室に達する亀裂を生じていることが判明し、のち損傷部品及び油だめ内の潤滑油の取替えのほか、過給機の開放整備が行なわれた。
(原因) 本件機関損傷は、主機の負荷を軽減する措置が不十分で、排気温度が上昇するまま運転が続けられ、熱応力の増大によりシリンダヘッド触火面が熱疲労したことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、主機の運転管理に当たる場合、排気温度が著しく上昇していたのであるから、熱応力の増大によりシリンダヘッド触火面が熱疲労して亀裂を生じることのないよう、適宜主機回転数やプロペラ翼角を下げるなどして、主機の負荷を軽減する措置をとるべき注意義務あった。しかしながら、同人は、急に大事に至ることはあるまいと思い、主機の負荷を軽減するる措置をとらなかった職務上の過失により、同ヘッド触火面に熱疲労を招き、4番シリンダの同ヘッドの排気弁孔と燃料噴射弁孔間に亀裂を生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |