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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成8年11月4日14時15分(日本標準時、以下同じ。) フィリピン諸島東方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船第五十七八興丸 総トン数 349トン 全長 63.24メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力
1,985キロワット 回転数 毎分630 3 事実の経過 第五十七八興丸は、平成3年7月に進水したまき網漁業に従事する鋼製漁船で、主機として株式会社新潟鉄工所が同年に製造した6MG32CLX型逆転減速機付ディーゼル機関を装備し、操舵室及び同室左舷ウイングにそれぞれ設けられた遠隔操縦装置により、主機及び逆転減速機の運転操作を行うようになっていた。 過給機は、最大許容回転数が毎分29,700のNR26/R型無冷却ラジアル式排気ガスタービン過給機で、本体はタービン囲い、軸受箱及びブロワ囲いで構成され、タービンホイールと一体形のロータ軸にブロワインペラがキー止めされ、同軸中央が軸受箱内の軸受装置によって支持されていて、軸受箱両側には排気ガス及び圧縮空気の流入と潤滑油の漏出を防ぐためにラビリンスリングがそれぞれ取り付けられていた。 また、同機の軸受装置は、ロータ軸の軸方向の移動を抑えるスラストリングとその両側にそれぞれ配置されたフローティングメタルと称する、メタルの内外面に油膜ができる浮動筒形の青銅製軸受メタルから成り、フローティングメタルがロータ軸より低い速度で回転し、その端面がスラスト面となってスラストリングと接触しており、その潤滑は強制注油式で、主機の潤滑油入口主管から分岐したシステム油がベアリングケースの上部から入って軸受類を潤滑したのち、同ケース下部出口管から排出されて主機サンプタンクに戻るようになっていた。 本船は、主としてミクロネシア海域を漁場に、1航海45日程度の操業を繰り返し、毎年11ごろには入渠(にゅうきょ)して船体及び機関の整備を行っており、漁場では、魚群を発見すると主機の回転数が毎分630の全速力に上げて接近し、魚群を包囲するように投網しながら360度回頭したのち、行き脚を止めて揚網する要領で1日に1回操業を行っていた。 ところで、主機は、投網中全速力で回頭することから、船体汚損や海象等によっては、設定回転数を維持しようとガバナが作用して燃料油が多量に投入され、回転数に相応した出力を超えるトルクリッチ運転となる傾向にあった。 A受審人は、本船の建造当初から艤装(ぎそう)に携わり、竣工後の平成3年10月から機関長として乗り組み、一等機関士以下6人の機関部を指揮するとともに機関の運転管理に当たり、主機は投網中の負荷が最も高く、ときに主機燃料噴射ポンプのラックがストッパー一杯まで入った状態になることを認めていたが、同ストッパーの範囲であれば過負荷運転になることはないと思って運転を繰り返していた。 本船は、A受審人ほか18人が乗り組み、平成8年10月14日10時00分鹿児島県山川港を発し、主機の回転数毎分600の常用速力でミクロネシア海域の漁場に向かい、同月18日から操業を開始して以来順調に漁獲高を上げていた。 このため、本船は、燃料油等の残量に加え、魚倉への積載量増加に伴って喫水が深くなり、船体の汚れも加わり投網中の主機がトルクリッチ領域でしばしば運転されるようになり、排気温度が上昇して過給機に過大な熱応力が作用し、タービン側フローティングメタルが摩耗し始め、翌11月1日の昼頃、同メタルの摩耗が進行したため、ラビリンスリングのシール先端がタービン囲いと接触してタービン入口囲いと軸受箱との間から白煙が噴出し、当直中の機関士がこれを認めた。 同機関士からの連絡を受けたA受審人は、過給機の周囲を点検し、夕一ビン囲いと軸受箱の間から排気ガス及び潤滑油がわずかに漏洩(ろうえい)し、内部が振動して異音を発していることを認め、主機を停止して過給機を開放したところ、ラビリンスリングが損傷していたことから、フローティングメタルが摩耗したものと判断し、同メタルを予備品と取り替えるため、ロータ軸からブロワインペラを外す作業に取りかかった。 その後、A受審人は、ロータ軸にウエスを巻き付けて固定し、ブロワインペラを木槌(きづち)で叩(たた)きながら抜き出そうとしたが外すことができず、主機メーカーに問い合わせたところ、ブロワインペラを加熱しないと外れないと教えられたものの、アルミ製の同インペラをどのように加熱すればよいのか分からなかった。しかし、同人は、再びメーカーの技師に加熱方法を問い合わせることもなく、主機の運転状態には異状がないのでこのまま運転を継続しても大丈夫と思い、同メタルの取替えを断念して復旧した。 こうして、本船は、主機の運転を再開したが、回転を上げると過給機が振動して黒煙を発することから、回転数を毎分475に下げて操業を続けたのち、ほぼ満船近く漁獲物が得られたため同月3日に操業を打ち切り、水揚げのため鹿児島県枕崎港に向かって北上を続けていた。ところが、排気ガスがベアリングケースに侵入して過給機のフローティングメタルが更に摩耗し、タービンホイールやブロワインペラが繰り返しケーシングに接触したため、ロータ軸に過大なねじり応力が加わり、翌4日14時15分、北緯15度19分東経135度35分の地点で、ロータ軸のタービン側フローティングメタル嵌合(かんごう)部に亀裂(きれつ)が発生して折損し轟音(ごうおん)を発した。 当時、天候は晴で、海上は多少うねりがあった。 自室で休息していたA受審人は、異音に気付いて機関室に急行したところ、当直者がすでに主機を停止しており、過給機のサイレンサーを取り外した段階でロータ軸が折損していることを認め、主機メーカーの指示を受けながら主機を無過給運転に切り換え、主機の運転を再開した。 本船は、折からの台風接近で自力航行が危険であると判断して本社に引船の派遣を依頼し、同月7日から引船に曳航(えいこう)され、越えて同11日11時00分枕崎港に入港したのち、修理業者が過給機を点険した結果、主要部品のほとんどが損傷していることが判明し、のちロータ軸完備品及びベアリングケース完備品などのほか損傷部品をすべて新替えして修理され。
(原因) 本件機関損傷は、過給機軸受メタルの損傷を認めた際の措置が不適切で、摩耗した同メタルが取り替えられないまま主機の運転が継続されたことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、機関の運転管理に当たり、主機過給機の軸受メタルが損傷していることを認めた場合、同メタルを引き続き使用して運転を続けると、過給機を損傷させるおそれがあったから、メーカー技師に過給機の開放要領を十分問い合わせるなどして、同メタルを取り替えるべき注意義務あった。ところが、同人は、同メタルを取り替えるために必要なブロワインペラの抜き出しができないまま、主機に異状がないのでこのまま継続使用しても大丈夫と思い、同メタルを取り替えなかっ職務上の過失により、同メタルの摩耗が進行するまま運転を続け、過給機のロータ軸折損のほか、主要部品のほとんどを損傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |