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1998年(平成10年)

平成9年横審第112号
    件名
油送船音羽山丸機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成10年12月17日

    審判庁区分
地方海難審判庁
横浜地方海難審判庁

河本和夫、半間俊士、勝又三郎
    理事官
相田尚武

    受審人
A 職名:音羽山丸機関長 海技免状:一級海技士(機関)
    指定海難関係人

    損害
排ガスエコノマイザ余熱部Bブロックにおいて8本の管が破口、Bブロック上部の中間支持金物及びマンホール1個に熱変形

    原因
排ガスエコノマイザ洗浄に際して水洗不十分

    主文
本件機関損傷は、排ガスエコノマイザ洗浄に際して水洗が不十分で、残留した煤が燃焼したことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年9月8日15時50分
千葉港
2 船舶の要目
船種船名 油送船音羽山丸
総トン数 132,867トン
全長 322.3メートル
機関の種類 過給機付2サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 17,828キロワット
回転数 毎分74
3 事実の経過
音羽山丸は、昭和61年7月に進水した、専らペルシャ湾から日本への原油輸送に従事する油送船で、主機として、三井造船株式会社製造の三井B&W6L90MCE型と称するディーゼル機関を、主機の排ガスエネルギー回収装置として、株式会社大阪ボイラ製作所が製造した排ガスエコノマイザをそれぞれ装備し、船橋に機関の監視及び制御装置が設置されていた。
排ガスエコノマイザは、高さ約9.8メートル、内側幅約4.2メートル、同奥行き約2.5メートルで、下方から上方に順に過熱部、蒸発部及び予熱部に分かれ、過熱部ではボイラで発生したゲージ圧力7ないし9キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)の飽和蒸気を摂氏約240度(以下、温度については「摂氏」を省略する。)に過熱し、蒸発部ではボイラ水を循環してボイラで前示の蒸気を発生させ、予熱部ではボイラヘの給水を約175度まで加熱するようになっていた。各部上端及び下端の左舷側船首尾方向に入口及び出口各ヘッダーが設置され、各ヘッダ間の垂直離は過熱部が約40センチメートル、蒸発部が約1.9メートル、予熱部が約5.3メートルで、各ヘッダ間を過熱部は11本蒸発部及び予熱部はそれぞれ25本の管が、船首尾方向ピッチ101.6ミリメートル(以下「ミリ」という。)、上下方向ピッチ92ミリで配列されて連絡していたが、予熱部では上端から約1メートルごとに高さ約600ミリの空間が計3箇所設けてあって、同空間を境として管群を上方から下方に順にA、B、C、Dブロックと呼んでいた。管は予熱部のA及びBブロックに住友金属工業株式会社の商品名CR-lAと称する耐硫酸露点腐食電気抵抗溶接鋼管(Conosion Resistant Steel Tube)が、過熱部、蒸発部、予熱部のC及びDブロックにボイラ用鋼管(KSTB35)が使用されており、各部ともに外径38.1ミリ、厚さ4ミリで、曲がり部を除いて厚さ3.2ミリ、縦89ミリ、横95ミリの方形のフィンがピッチ12.7ミリで溶接付けされていた。前示予熱部の3箇所のほか計6箇所の空間の船尾側ケーシングにマンホールが3個づつ計18個設置され、予熱部及び蒸発部の4箇所の空間には右舷側から3個づつ計12個のスートブロワが挿入されており、また、右舷側最上部には水洗用の定置式散水器3個が設置されていた。排ガス出口部には温度センサーが設置されてデータロガで記録され、同部温度が250度を超えると警報が作動するよう設定されていた。
本船は、主機燃料として硫黄を3パーセント程度含む動粘度380センチストークスのC重油が常時使用されており、通常航海中排ガスエコノマイザ入口の排ガス温度約250度、同出口温度約117度、予熱部の給水入口温度約100度で計画されていたところ、排ガス温度が過度に低下することによって排ガスエコノマイザ予熱部の管にウエットスートと呼ばれる硫酸を含んだ煤が付着し、性能低下や管の腐食が問題となったので、排ガス出口温度を約140度まで上昇させてウエットスート付着を減じる目的で、就航1年後、ボイラ給水を予熱部に再循環させる再循環ポンプ、循環量調節弁、同調節装置などが増設された。
排ガスエコノマイザは、主機運転の経過とともに管のフィンの間にカーボンなどの未燃焼分を含んだ煤が堆(たい)積するので、取扱説明書には、汚損状態に応じて1日当たり2ないし4回のスートブローを行い、なおかつ、入口及び出口の通風差圧(以下「通風損」という。)をマノメーターで計測して汚損状態を監視し、同計測値が常用負荷設定値である水柱121ミリ(以下、通風損失については「水柱」を省略する。)の2倍以上になると洗浄を実施するよう記載されていた。その際、洗浄水は強酸性となるので内部が耐腐食塗装された容量20立方メートル(以下「トン」という。)の洗浄水ドレンタンクに回収する必要があった。
排ガスエコノマイザ洗浄方法として取扱説明書には、以下のように記載されていた。
1 水洗は洗浄水ドレンタンク一杯まで実施する。
2 定置式の散水器1台当たり5ないし10分間散水する。
3 一旦散水を止め、予熱部及び蒸発部を下記要領で暖機する。
予熱部は蒸気吹き込みを実施する。30分程度。
蒸発部はボイラ水循環ポンプを運転する。30分程度。
湿った煤が暖機により乾燥すると、伝熱面より煤が浮き上がり、剥(はく)離しやすくなる。
4 蒸気吹き込み及びポンプを止め再度散水する。
5 予熱部、蒸発部についてはスートブロワを使用した水洗を実施する。
6 散水終了後、各マンホールを開け、煤が取れにくい箇所があればハンドホースなどにより補助洗浄を行う必要がある。
ところで、排ガスエコノマイザ水洗が不完全であると、発火点の低い未燃カーボンを露出させること、また、水洗後に残留する煤はその発火温度が下がることが確かめられており、洗浄後主機が停止中でも、また、始動後でも、残留した煤が燃焼する(以下、この現象を「スートファイア」という。)危険があり、排ガス出口部の温度警報が作動したときは直ちに散水するなどして消火しないとスートファイアの継続によって管が焼損し、運航不能となるおそれがあり、本船を管理しているA株式会社では、財団法人日本海事協会が作成した「排ガスエコノマイザのスートファイア防止指針」、スートファイアの実例などスートファイアに関する参考資料を平成5年4月各船に配布して注意を喚起していた。
本船は、排ガスエコノマイザの取り扱いとして、汚損状態にかかわらず、航海中1日当たり3回のスートブローを行い、洗浄を毎航海日本での揚荷役中に実施していた。洗浄は取扱説明書記載の要領で施行せず、通常早朝に着岸するので揚荷役準備が終了したのち、午後から水洗作業を開始、定置式散水器による水洗及びハンドホースによる補助洗浄を各1回後、ボイラ水循環ポンプを運転し、揚荷役でボイラ燃焼中のゲージ圧力約16キロ、温度約203度となっているボイラ水を蒸発部に循環して乾燥開始、翌日午後から洗浄水ドレンタンクに落ちずにホッパー下部にたまった媒を排出して洗浄終了としていた。この作業中水洗で使用する清水は、定置式散水器1個につき約5トンで計約15トン、ハンドホースによる補助洗浄で約1トン、総計で約16トン、また、ホッパー下部にたまる煤の量は18リットル缶で8杯程度であった。そして、ホッパー下部のマンホールを開けたとき煙突効果で大量の空気が流れるが、このとき、排ガス出口部の温度警報が作動するほどの温度上昇はない小規模のスートファイアが何度か発生しており、火の粉が落ちて来ることがある旨引継ぎされていた。
A受審人は、過去他船に乗船中、航海中排ガスエコノマイザに小規模のスートファイアが生じて煙突から火の粉が排出されるのを何度か経験したが、いずれも放置しているうちすぐにおさまり、管が焼損した経験はなかった。また、各船にスートファイアに関する参考資料が配布されたときは休暇下船中で、その後の乗船中も同参考資料を見ておらず、スートファイアが停泊中にも生じることや、その危険性、防止対策などについて熟知していなかった。平成8年2月本船に機関長として乗船後も同参考資料を見ないまま、前任者からの引継ぎに従って排ガスエコノマイザを取り扱った。
本船は、同年4月千葉港からペルシャ湾向け航海中、再循環ポンプのモーターが焼損し、以後同ポンプを運転できなかったので、排ガスエコノマイザ予熱部にウエットスートが付着しやすい状況となった。そして、同年6月中間検査で入渠したとき、再循環ポンプを修理したものの出渠後すぐに再度焼損、また、同入渠中主機6シリンダ中4シリンダのシリンダライナを新替し、シリンダ注油量を30パーセント程度増量したことも加わって排ガスエコノマイザがさらに汚損していた。
A受審人は、排ガスエコノマイザ洗浄後の通風損失が通常であれば120ミリ程度で、洗浄前には150ミリ程度まで増加するところ、出渠後最初の洗浄日である同年8月3日前には245ないし270ミリまで増加するほど汚損が進行したが、次回の洗浄時期を早めるなどの対策をとらなかった。
本船は、A受審人ほか15人が乗り組み、ペルシャ湾で原油約23万重量トンを積載し、日本着前排ガスエコノマイザ通風損失が275ないし285ミリとなった状態で、翌9月7日13時10分平均喫水19.08メートルで揚荷のため千葉県京葉シーバースに着桟した。
A受審人は、同日16時30分から排ガスエコノマイザの洗浄作業を始めるに当たり、通風損失の増加から通常よりウエットスートの付着が多いのを認めていたので、一等機関士に対し十分に水洗するよう指示したものの、通常約16トン使用している清水を20トン一杯まで使用することや、通常散水は1回であったのを、付着した煤が剥離しやすいように散水と乾燥を繰り返すなど、十分に水洗するための具体的な洗浄方法を指示せず、船橋の監視盤前で現場の一等機関士から作業の進捗(ちょく)状況の報告を受け、ときには現場を確認しながら指揮に当たった。
本船は、排ガスエコノマイザの洗浄作業が通常どおり進められ、同日21時清水使用量約16トンで水洗を終えたが、余熱部にかなりの煤が残留した。同日22時からボイラ水循環ポンプの運転を開始したところ、残留した煤が乾燥するとともに、煤中の未燃カーボンの酸化反応が徐々に始まり、通常乾燥後の排ガス出口部温度は140ないし150度であるが、翌8日12時には186度を記録しており、一部で発火点を超えてスートファイアが生じていた。そして、同日14時15分ホッパー下部にたまった煤を排出するため同部のマンホールを開けたとき、煙突効果で大量の空気が流れ、一気にスートファイアが促進された。
A受審人は、マンホールを開けるとの連絡を受けた数分後、大量の火の粉が降っているとの連絡を受けたが、火の粉が降ることがある旨の引き継ぎを受けていたことや、ホッパー下部にたまった煤の量がいつもとほぼ同量であったので、水洗が十分行われたものと思ったことなどから、放置しておけばそのうちおさまると判断し、火の粉で内部に入れないのでハンドホースで洗浄水ドレンタンクに流す方法で煤の排出作業を続行させた。同日15時15分排ガス出口部の警報が作動したので、煤の排出作業を中断してマンホールを閉め、空気の流入を止めたが、ボイラ水を通しているので管が焼損することはないと思って散水による消火をせず、放置して自然消火を待った。
こうして、本船は、排ガスエコノマイザのスートファイアが継続中、同日15時50分京葉シーバース灯から真方位195度150メートルの着桟地点において、排ガスエコノマイザ余熱部Bブロックにおいて8本の管が破口を、Bブロック上部の中間支持金物及びマンホール1個に熱変形をそれぞれ生じた。
当時、天候は晴で風力4の東南東風が吹いていた。
A受審人は、自然消火を待つうち、同日16時00分洗浄水ドレンタンクがあふれているとの連絡を受け、排ガスエコノマイザ管の焼損と判断し、破口管を確認するためボイラ水循環ポンプを停止して冷却を待った。16時の排ガス出口部温度は259度を記録し、その後まもなくスートファイアがおさまっで警報が解除し、23時00分水圧テストを行って前示の損傷を認めた。
損傷の結果、本船は、揚荷役終了後沖出し錨泊し、破口管を入口及び出口ヘッダー接続部で切断して盲(めくら)栓を施行するなどの修理が行われたのち、通常運航に復帰した。

(原因)
本件機関損傷は、排ガスエコノマイザ洗浄に際して水洗が不十分で、予熱部において残留した煤がスートファイアを生じ、管が過熱されたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
A受審人は、排ガスエコノマイザを洗浄する場合、再循環ポンプの故障などから予熱部にウエットスートが付着しやすい状況であること、通風損失の増加からウエットスートのたい積が通常より多くなっていたことを認めており、水洗が不完全であると、スートファイアを生じて管が焼損するおそれがあったから、煤が残留しないよう、十分に水洗すべき注意義務があった。しかるに、同人は、一等機関士に対して十分に水洗するようとのみ指示すればよいものと思い、通常約16トン使用している清水を20トン一杯まで使用することや、通常散水は1回であったのを、付着した煤が剥離しやすいように散水と乾燥を繰り返すなど、十分に水洗するための具体的な洗浄方法を指示せず、通常とおりの方法で行われている洗浄作業を指揮監督したのみで、十分に水洗しなかった職務上の過失により、排ガスエコノマイザにおいてスートファイアを生じさせ、予熱部管を焼損させ、中間支持金物及びマンホールを熱変形させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。






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