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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成8年10月18日15時55分 岩手県トドヶ埼南東方沖 2 船舶の要目 船種船名
漁船第五十八新生丸 総トン数 182トン 全長 39.68メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力
735キロワット 回転数 毎分680 3 事実の経過 第五十八新生丸(以下「新生丸」という。)は、昭和59年2月に進水した鋼製漁船で、主機として株式会社新潟鉄工所が製造した6MG25CXE型ディーゼル機関を備え、船橋に主機の遠隔操縦装置を装備していた。 主機は、燃料油をA重油とし、また、間接冷却方式で、組立型のピストンが径250ミリメートル、行程320ミリメートルの特殊鋳鉄製のシリンダライナに装着されていた。ピストンは、鍛鋼製のピストンクラウン及び鋳鉄製のピストンスカート等から成り、主機直結式の潤滑油ポンプから供給される潤滑油が主軸受及びクランクピン軸受の系統を経てピストンクラウン内壁に至り、同油により冷却されていた。 ところで、シリンダライナは、各シリンダが船首側を1番として6番までの順番号で呼称されており、クランク軸の跳ねかけ注油方式でピストンの摺(しゅう)動する内面か潤滑される構造になっていて、同面にはクロムめっき処理が施されていたものの、長期間の使用により摩耗することから、定期整備の標準として、その使用限度を同処理層のなくなるまでとすることが取扱説明書で指示されていた。 新生丸は、毎年5月中旬から7月下旬までさけます流し網漁業に、8月中旬から12月中旬までさんま棒受網漁業にそれぞれ従事し、翌年1月から4月までの間には係船され、その間に機関の整備が行われていて、平成8年4月下旬に定期検査の受検工事として業者による主機の全シリンダのピストン抜出し整備が実施された際、5番シリンダのシリンダライナに摩耗箇所を生じていたが、許容範囲の摩耗状態であったことから、そのままとして主機が復旧された。 A受審人は、同6年5月以降毎年新生丸のさけます流し網漁業及びさんま棒受網漁業の操業期間に機関長として雇入れされ、同8年5月10日に同船の機関長として乗り組み、例年のとおり出漁して主機の運転及び保守管理にあたった。 主機は、その後運転が続けられているうち、5番シリンダのシリンダライナの摩耗量が増加し、燃焼ガスがクランク室に少しずつ漏れ、同室のミスト管から甲板上に排出されるオイルミストが次第に増える状況となった。 しかし、A受審人は、越えて8月10日に主機の潤骨油の定期更油を行ったにもかかわらず、翌9月下旬には、同油の消費量が多くなり更にオイルミストの前示の排出状況を認めたが、排気温度が平素と比べで特に変化していなかったことから、主機の運転には差し支えないものと思い、シリンダライナを、点検しなかったので、5番シリンダのシリンダライナの摩耗量が増加しているのに気付かず、同シリンダライナの交換を行わなかった。 こうして、新生丸は、A受審人ほか16人が乗り組み、さんま棒受網漁業の目的で、翌10月18日09時30分宮城県女川港を発し、トドヶ埼南東方沖の漁場に向け、主機を回転数毎分680にかけて10.0ノットの対地速力で航行し、14時同漁場に至ったのち、主機を停止回転で運転しながら漂泊し、魚群探索の航行を開始するため、15時40分主機が遠隔操縦で回転数毎分650に増速されたところ、燃焼ガスが5番シリンダのシリンダライナからクランク室に吹き抜け、15時55分北緯39度22分東経142度07分の地点において、同シリンダのシリンダライナとピストンとが金属接触して焼き付き、ミスト管から白煙を噴出した。 当時、天候は晴で風はほとんどなく、海上は穏やかであった。 機関室で見回りを行っていたA受審人は、異状に気付いて主機を停止し、クランク室を点検して5番シリンダのシリンダライナとピストンとの焼付きを認めたものの、シリンダライナ等の予備が船内になかったことから、修理ができないまま運転を断念し、その旨を船長に報告した。 新生丸は、救助を求め、来援した漁船により岩手県大槌港に曳航され、主機を精査した結果、5番シリンダの連接棒の損傷及び6番シリンダのシリンダライナ等にも焼付きによる損傷が判明し、各損傷部品が取り替えられた。
(原因) 本件機関損傷は、主機シリンダライナの点検が不十分で、シリンダライナの摩耗量が増加したまま運転が続けられ、燃焼ガスが吹き抜けたことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、主機の潤滑油の消費量が多くなり更にクランク室のオイルミストが増える状況を認めた場合、シリンダライナの摩耗量が増加して燃焼ガスが同室に吹き抜けるおそれがあったから、シリンダライナを点検すべき注意義務があった。しかるに、同人は、排気温度が平素と比べて特に変化していなかったことから、主機の運転には差し支えないものと思い、シリンダライナを点検しなかった職務上の過失により、その摩耗量が増加したまま運転を続けて燃焼ガスの吹抜けを招き、シリンダフイナとピストンとの焼付き等の損傷を生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |